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わるだくみ

「どうしたのクロマツさん?」

「ヒルガオとノイチゴちゃんが、熊に追いかけられてピンチなんじゃ!」

「ええっ!?」


 スズラン達は現場へ急行した。


「たすけてー、スズねえ!」

「スズねえ~!」

 森の中、十五年前の地震の際にできた十ヒフ(メートル)ほどの断崖の中腹にヒルガオとノイチゴがしがみついて助けを求めている。

 その下では熊が二人に狙いを定め、崖をよじ登ろうと手足をかけていた。

「ヒルガオ!? どどど、どうしようスズちゃん!?」

「大丈夫」

 珍しく慌てたアサガオの前で、そのままとことこ近付いていくスズラン。気付いた熊は彼女の方へ振り返ったが、途端に頭を下げて服従の意を示した。

「よしよし良い子ですわ。あまり人里に近付いてはなりませんよ、ここは村に近すぎます。それぞれの領分を守った方が互いのためなのです」

 頭を撫でてやると、今度は踵を返し森の奥へ去って行く。ホッとした表情でアサガオとクロマツも駆け寄る。

「さ、流石は神子じゃん……」

「大したもんじゃ」

「二人とも、もう大丈夫だよ。ゆっくり降りといで。落ちても僕が受け止めるから」

 同じく崖下へ立ったモモハルが妹とヒルガオに呼びかける。ところが二人は互いの顔を見つめ、困ったような表情で固まってしまった。

「え、ええと……こわくておりられな~い」

「ま、まいったなあ。こんなとき、空が飛べたらなあ」

 ああ、なるほど、そういうことか。スズランとアサガオは二人同時に察する。

「ヒルガオ! ノイチゴも、下手な芝居やめてさっさと降りろ!」

「クルクマ、隠れてるわね? 出てらっしゃい」

「バレたか」

 指摘された途端、すぐ近くの木陰からクルクマが姿を現す。全く気が付いていなかったアサガオとクロマツはギョッとした。モモハルまで、

「いたの!?」

 そう驚く。眼神の神子まで欺くとは。

「貴女、さらに腕を上げましたね」

 ちょっと前までこの親友は、世界最高の暗殺者だったのだ。

「いやあ、いっぺんモモ君を驚かせてみたくてさ」

 答えた彼女は全身葉っぱだらけで顔や手足にも泥を塗ってある。隠形魔法に頼らず自然の産物だけを使って姿を隠し気配を絶っていたのだ。これなら眼神の目も欺けると考えたらしい。

 実際、全く気付けなかったモモハルは感心する。

「よく考えるなあ……」

「君は普段、魔法で隠れている相手にばかり気を配ってるからね。これからはもっと注意深く周りを観察するといい」

 そしたらどんなに巧妙に潜伏されていようと見逃すことなど無いはずだ。彼は眼神アルトラインの神子なのだから。

「ところで、こりゃいったいどういうことなんじゃ?」

 首を傾げたクロマツに、孫のアサガオが教える。

「どういうもこういうもアイツらまだ諦めてなかったんでしょ! 魔法使いは無理だって言われたってえのに!」


 ──決戦直後のことだ。ノイチゴとヒルガオの二人はスズランに対し「魔法使いになりたい!」と願い出た。戦場で何も出来ず、傍観するだけの立場だったことが理由である。

 しかしスズランも、次に相談を持ちかけられたロウバイも無理だと結論付けた。魔力を持たない人間はいないが、二人のそれは魔女となるには弱すぎるのだと。


「でも、再びピンチを演出したら気が変わるかもしれない。そう頼まれてついつい手伝いを引き受けてしまいました。ハハハ」

 葉っぱを脱ぎ捨て、肌についた泥を落としつつ笑うクルクマ。さっきの熊は彼女が異能で操っていたのだ。

「何を報酬に引き受けたの?」

「それは秘密」

「まったく……」

 想像はつくので深く追求せずに嘆くスズラン。それから魔力の糸を伸ばし崖の上の二人を絡め取った。

「わっ!? うわっ!」

「何かに掴まれた!」

「スズちゃんがやってんの?」

「そう」

 アサガオの問いに頷き返し、地面に足を降ろさせた二人の頭を軽く小突く。

「魔法を使いたい気持ちはわかるけど、だからって危ないことしちゃ駄目でしょ!」

「ご、ごめんなさい……」

「すいません……」

「アタシからも」

 アサガオはゴツンとゲンコツを落とした。

「ぎゃあ!?」

「痛い!?」

「スズちゃんぬるすぎ。お仕置きはこのくらいやんないと。こういうガキどもはね、痛くなきゃ覚えないんだよ」

「い、痛いのは可哀想で……」

 とはいえ、たしかに我ながら甘すぎた。反省するスズラン。クロマツは孫をまあまあと宥め、モモハルは微笑みつつスズランの肩を叩く。

「スズが叱られるのって珍しいよね」

「なんで嬉しそうなのよ」

 一方、まだ気の収まらないアサガオはさらに妹と妹分を叱った。

「いいかげん諦めな! わがまま言ったって、使えないもんは使えないんだよ!」

「やだあ! 魔女になりたい!」

「スズねえみたいに空を飛んだりしたい!」

 二人は大声で泣き出してしまった。

「そりゃアタシだってなれるもんならなってみたいけど、無理なもんは無理なの!」

「そうじゃよ二人とも。魔法を使うには生まれつきの才能が必要でな」


「いや、なんとかなるかもしれませんよ?」


「え?」

 突然の発言に振り返る一同。言ったのはクルクマだ。ただ一人、冷静な表情でノイチゴとヒルガオを見つめるスズランに対し、彼女は提案する。

「いいんじゃないかな、スズちゃん。この二人に使わせてあげても」

「貴女、最初からそういう方向に話を持ってくつもりでしたわね?」

「ま、それが一番現実的な解決策かと思ってさ」

 言うなり、ポケットから何かを取り出すクルクマ。それを順番にヒルガオとノイチゴの手首に嵌めてやる。

「なにこれ?」

「ブレスレット?」

「違うわ」

 クルクマに代わりスズランが答えた。

「魔素吸収変換装置よ。ロウバイ先生が使っているのと同じタイプ」


 ──魔素とは千年ほど前に起きた戦争が原因で世界中に拡散してしまった物質のことだ。接触した生物の記憶を保存し電気刺激によって再現する。その現象を記憶災害や魔素災害と呼ぶ。

 だが、魔素を吸収する魔法使いの森の木々やビーナスベリー工房が開発したこの装置が工房製魔道具の動力源として世界中に普及したことにより、現在の記憶災害発生率は滅多に起こらないレベルまで引き下げられている。


「スイッチがあるでしょ? それを切り替えて稼働状態にしている間なら二人にも魔法が使えるよ。装置の大きさの問題で、魔法使いとしては最低限のレベルの出力だけどね」

「ほんと!?」

「すごっ」

 スズランとクルクマの説明を受け、手首に装着したそれを見つめる二人。

 早速、両手を前に突き出して念じてみる。

「魔法、出ろ!」

「出ろ!」

 もちろんいきなり使えるはずがない。でも装置が稼働して何かが体内に流れ込んでくる感覚はたしかにあった。

「こ、これ……もしかして魔力ってやつ?」

「けど、なんにも出ない……」

「いきなりは無理だよ。魔法の使い方は、これからスズちゃんやロウバイ先生に教わって。あーしも村に来た時には教えたげる。それでいいよね、スズちゃん?」

 二人の肩を押してスズランの前に並ばせるクルクマ。スズランは何事か言おうとしたが、妹同然の二人に期待と不安の入り混じった眼差しで見上げられ、言葉を飲み込み、やがて別の回答を返す。

「二人とも、ご両親から許可を貰うこと。それができたら教えてあげる。アサガオちゃん、クロマツさん、モモハルも、それでいい?」

「……ったく、しかたないな」

「ワシゃそれでええよ」

「僕も」

 三人が同意した途端、ヒルガオとノイチゴは村へ向かって走り出した。

「やった!」

「お母さーん!」

「こら、走るんじゃない! 怪我するぞ!」

「やれやれ……」

 追いかけるクロマツと頭を振って後に続くアサガオ、モモハル。

 スズランとクルクマだけは何故かその場に残り、これは見抜かれてるなと思った後者が苦笑いを浮かべる。

「で……ナスベリさん? 三つ子さん?」

「そりゃもちろん三つ子ちゃん達だよ。ナスベリさんはしばらく社長業と子育ての両立で忙しいっしょ」

「だと思ったわ」

 スズランもまた首を横に振り、ため息をついた。

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