ライオット・オブ・ゲノム 戦闘舞踏~コンバットダンス~
「おい、起きろ」
「うん、……サミュエル?」
重たい瞼をゆっくり開けようとしてまどろみに沈みかける意識。サミュエルと呼ばれた影色の長髪をした青年によって揺すられ、渋々起きるユーリ。
「これから模擬戦をする。来い」
仏頂面で夜闇の中を歩くサミュエル。追いかけようと上体を起こそうとして、初めてその隣にシエラがいることに気付く。満足そうに眠るシエラを、そっとを起こさないよう横にして腰を上げた。
「まだ夜だよ」
「もうじき夜明けだ。早く来い、時間が惜しい」
はて何だろう。小屋の奥側へ回っていった背中を追いかける。
見えるのは、薄暗闇の奥で木々の群れが鬱蒼と突っ立っている光景と、周辺に置いてある日用品。
サミュエルは何かを持ってこちらに歩んで来て、不意にそれを投げ出した。
「おっと! これ……」
「見ての通り竹刀だ」
ブンッ、と空気の擦れる音。サミュエルが手にした竹刀を上から下へ振った音だった。
そして、その剣先を、キョロっとしているユーリへと向けている。
「え!? なんだよ急に」
「言ったはずだ、模擬戦をすると」
困惑するユーリを置いて、続けてサミュエルが口を開く。
「これから俺は純粋な力の攻撃をする。魔法は使わない。お前は俺の攻撃を防ぎながら一撃入れろ」
「む、無茶苦茶だよ」
「俺の技が避けれないようじゃ、明日、盗賊との戦闘など底が知れる。だからこうして俺が指南役を買ってでているんだ。さあ、構えろ」
「そもそも、サミュエルが手伝ってくれれば良いんじゃ……」
「何か言ったか?」
「いや! なにも」
ふん、と興味無さそうに鼻を鳴らすサミュエルは、竹刀を頭の横まで持っていき、剣先をそっと左手の親指と人差し指の合間に置いた。
何がどうしてサミュエルと戦うことになったのか、頭で考えても分からなかった。
目の前の男は、いまいち気持ちを読むことが難しい。
それはこの小屋に初めて訪れたあの日からそうで、一度は追い払われたのに、シエラが盗賊に食べられそうになった途端に助けに入ったりと、本当に行動が読めない。
ユーリは深くため息を吐き、そっと剣の柄を固く握った。
(少なくとも、この人が強いのは確かだ。この戦いで少しでも強くならなくちゃ!)
腰を落とし、前後に足を配置する。両手で握った竹刀の先端を体全体で隠すように自分の後ろへ向ける。
(純粋な力の攻撃って言ってた。なら、咄嗟の攻撃に対応しなきゃな)
綿中蔵針。トワに教えてもらった拳法の基本。
体全体が力んでしまえば、隙があちこちに出てしまう。
綿のように柔らかく筋肉を保ち、攻撃の時は針の様に一点を突く。
はぁーと息を吐くユーリの肩が徐々に沈む。怪訝そうにその仕草を眺めるサミュエルは、《《不意の攻撃》》に竹刀の弦にあたる部分で凌いでみせた。
「くっ!」
「甘いっ!」
「え? いてッ!」
ユーリは稲妻のような素早さで一気に間合いを詰め、振りかぶった竹刀の一撃を真上から浴びせにかかった。
だが、ユーリの行動が分かっていたのか、サミュエルは瞬時に竹刀を左下に突き出すようにしてユーリの攻撃を迎えた。
「今のは」
「受け流しだ」
脇腹を半泣きで押さえるユーリに、風のようにサラッと答えるサミュエル。
サミュエルは、食らった攻撃の衝撃を竹刀で受け止め分散し、素早く弾いてすれ違いざまにユーリの胴体に打ち込んだのだ。
だが、受けた当人は状況の理解に頭が追い付かず、ただ目を白黒させていて一連の動作に気付けないでいた。
「純粋な力の攻撃って言ってなかった?」
「ああ、攻撃はな。隙があれば叩く」
サミュエルの厳しい指導方針にでかかっていた涙が引っ込むユーリ。
(やっぱり強い……)
追っての盗賊三人を一人で一掃しただけあり、下手に踏み込めば返り討ちにあうだけだ。
そう思ったユーリは立ち上がるやいなや後方に跳び、サミュエルの出方を伺いはじめた。
「様子見か、時間がないんだ、こちらから行くぞ」
外套が翻り、上段に構えていた剣を肩の位置まで落として疾走してくる。
ユーリは、今度は受け止める、という具合にその場で奥歯を噛み締めながら迎える準備をしていた。
「防いでみろ!」
サミュエルの短い唸りを聴いて、ユーリが動く。
竹刀の先端が槍の様に迫る。それを弦と鍔の中間で受けとめるも、その衝撃は竹刀を通じてユーリの手の感覚をことこどく狂わせる。
二度、三度と、紐を小さい穴に通す様な正確な突きを小さな体で受けきる。
しかし、
「お前の弱点はこれだ!」
「えっ? ぐおっ!?」
突然、突きの連撃を止め、上段からの大振りへと姿勢を変えるサミュエルは、竹刀を持つ右手に加えて左手を添え、目にも止まらぬ早さで振り下ろした。
咄嗟に竹刀を水平にして受け止めたユーリだが、先の突きの衝撃で思うように手に力が入らなかった。
拮抗する二人。しかし、それもほんの束の間、長身で重量の乗ったサミュエルの重い一撃は、小柄で手の感覚が麻痺したユーリの防御をあっさり通過して、その先端を喉元に突きつけるのに時間はかからなかった。
「くっ……」
「いくらライオットの丈夫さがあるとはいえ、小柄なお前じゃ重量が加わった大柄な敵の一撃には敵わない。回避を怠って全て受け止めようとすればこうなる」
風がどこからか吹いて影色の長髪を悪戯に撫でる。
数本の髪が束となって逆立ち、青年のギラリと光る隻眼も相まってか、この世の負の感情で象られた魔物のように写る。
緊張の糸で心臓を何重にも巻いたような胸の苦しさだけが、唯一ユーリの意識引き留めている。
数秒後、ハァ、というため息と共にサミュエルが突き付けていた竹刀を引っ込ませ、ユーリに背中を見せる。
「すまなかった。小屋に入れ、これ以上は明日に障るだろ」
外套の内側にベルトでも巻いてるのか、差した竹刀が腰の位置で留まっている。
歩き出したサミュエルの背中を見て、ユーリは、不思議とその背中が沈んで見えていた。
痛めつけられたのも、疲れたのも、全て自分なのに。
自分よりも、悔しがってるみたいだった。
「サミュエル!」
「……」
首を少しこちらに向けたのを見て、ユーリはすかさず、いつぞやの時と同じく頭を下げた。今度はシエラに合わせてではなく、自分のために。
「お願いします! もう一度戦って下さい」
「……、フン、次は付き合わないぞ」
「はぁ! ありがとうサミュエル!」
ユーリのお願いに応えてくれたサミュエルは、竹刀を腰から抜くと、最初の時と同じく、頭の位置で竹刀を持ち、その先端を左手で添えて支えている。
対するユーリは、両手で柄を握りしめ、腰を落とし、竹刀の先端をサミュエルの喉元に向けて姿勢を保っている。
(攻撃されればさっきと同じになる。サミュエルに一撃を入れるには俺から攻撃しないと)
しかし、それにはサミュエルの受け流しを攻略する必要があって、また、軌道を読まれない必要があった。
(どうすれば……、あっ)
脳裏に血の繋がらない妹の顔が過った。
考えなしで突っ込んでいき、いつも心配ばかりかける大切な家族。
「何か思い付いたか」
「今から見せるよ。はあっ!」
上半身を前に倒し、倒れるすんでで足を前に出す。
一気にサミュエルへと迫り、竹刀を横に振った。
浮かない顔以外は予想通りで、攻撃の当たる瞬間、竹刀を垂直に構えだす。受け流しだ。
「……」
横からの振りがユーリから見て一直線になる瞬間、サミュエルの竹刀が軌道に割り込みユーリの竹刀と当たる。力が伝わりにくい物打ち部分を外へと弾かれ、サミュエルの攻撃が眼前へと迫った。
「てっぽう、だまッッ!」
「!?」
弾かれた竹刀を意地で持ち直し、サミュエルの足元に踏み込んだ左足を主軸に右足を崩して懐に入り込む。低くなる視線の最中、頭上に竹刀の先端が通過。
「はあッ!」
バチンッ。乾いた音が夜空へと消えていく。
ユーリは、無茶な体制からの攻撃で受け身が取れずに地べたへ投げ飛ばされ、ゴロゴロと回って横になった。
サミュエルは空を切った竹刀を持って、立ちすくんでいる。
何が起きたか分からない、そんな風に目を大きく開かせ、当たった左足を擦っている。
しかし、その顔は穏やかそのもので、嬉しそうだった。
「ふん、よくやったユーリ。ユーリ?」
サミュエルがユーリの元へ駆け寄る。
ユーリは土埃にまみれた姿で、静かに寝息をたてていた。
それをサミュエルが腰に手を当てて眺めている。数秒後、ユーリはサミュエルに運ばれて小屋の床に寝かされた。
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「……ふん」
散らかっていた道具を片付け終えた青年は、どこか誇らしげにそれを木にくくりつけていた。
「これのどこが城なんだか……」
鳥の羽ばたく音が城の中で止まった。
戦闘舞踏 完。