第2話 灰色建設株式会社
※物語の都合上、建設会社のことを悪く表現していますが、これはあくまでもフィクションです。さすがに、ここまで酷い企業は実在しません。しませんよね……?
ブラック企業と呼ばれている企業がある。
例えば、「サービス残業が毎月100時間」「30連勤は当たり前」「よく分からない理由で給料の多くを天引きされる」「殴られ、蹴られ、頭を丸めることを強要される」といった企業だ。
ただし、最近は、ここまで酷い企業は減ってきているかもしれない。
それは、日本を騒がせた過労自殺事件などの影響で、企業に対する世間の目が厳しくなってきたからだ。
一部の転職サイトでは、大きな問題のある企業は掲載しない規制を設けているらしい。
遅ればせながら、残業時間に上限を設ける法律や、パワハラを防止するための法律も制定されることになった。
しかし、ブラック企業には、ブラックである理由があるはずだ。
すなわち、「サービス残業がなければ倒産する」「社内の常識としてパワハラが容認されている」といった理由である。
一度ブラック企業になると、人が逃げ出す、人が減ったことによって残業時間が延びる、パワハラを許容する人の割合が高まりエスカレートしていく、そして人が逃げ出す……という負のループに陥る。
最後には、民事訴訟を起こされたり、労働基準監督所が登場したり、倒産したりすることになる。
あまりにも悪質である場合には、刑事事件化することもあるようだ。
そこで、経営者が考えることは、ホワイト化だろう。
この過程で発生するのが「グレー企業」である。
ここでいう「グレー」は、ホワイトに限りなく近いグレーのことではない。
ブラックに限りなく近いグレーである。
「グレー企業」は、司法や行政の介入を阻止するために、ブラック企業の目立つ特徴を潰してはいるが、実態としてはブラック企業の要素を色濃く残している。
法規制等に対応して、表向きは違法行為をしていないが、遵法精神が伴っていないため、表面的なのだ。
深夜残業が減って、代わりに早出残業が増える、というのが代表例だろう。
早出残業は、実質的には残業なので、残業代を支払う必要がある。
だが、訴訟にならない限り、それが残業だと認められることはほとんどないのだ。
振太が就職したのは、「グレー企業」の1つである、灰色建設株式会社だった。
名前の通り、建設会社である。
労働問題に関心のある人の多くが、建設会社に対して、悪いイメージを抱いているのではないだろうか?
振太も、成り行きで面接を受けたものの、灰色建設からの内定通知を受け取った際には、かなりの不安を覚えた。
「建設会社は、業界がブラックだからな……」
振太自身もそう思ったし、家族にも心配された。
しかし、灰色建設だって、建設会社が警戒されていることは認識していた。
だからこそ、ブラック企業でないように装う。そして「グレー企業」と化す。
灰色建設は、求職者に対して、2つのことをアピールしていた。
1つは、独自の工法を用いた、競争力のある技術である。
もう1つは、残業時間を大幅に削減していることである。
彼らは言った。
我々には、他社に負けない技術力がある。だから利益が上げられるのだと。
そして、労働環境の改善に取り組み、毎日、夜遅くに帰るような文化を無くしたのだと。
だが、灰色建設の主張は、客観的に見ると、大きく間違っていたのである。
振太が勤め始めると、すぐに灰色建設の実態が見えてきた。
無駄に大きい挨拶の強要。
飛び交う怒鳴り声。
人間性を否定するような暴言の数々。
夜の残業を減らした代わりに、毎朝、本来より1時間以上も早く出社する社員達。
週1日の休みで、毎日遅くまで残業している管理職。
その管理職に対する、お茶汲みが仕事になっている事務員。
無駄に繰り返される長時間の会議。
あらゆる書類に求められる、数多くのハンコ。
競争力が低く、年々下がっていく売り上げ。
過剰なノルマを押し付ける社長と、戦意を喪失している営業マン達。
その酷さは、大半の人間が、入社して数ヶ月で辞めてしまうほどだった。
振太は、多くの人が辞めていくのを見送った。
そして、自身も、1年6ヶ月で退職した。
数字だけを見れば、これでも長く生き残った方だろう。
だが、これは、振太が凄かったわけではない。
本来であれば、これほど長く在籍するはずではなかった男が、諸事情によって残ってしまったのである。
そもそも、振太は、灰色建設に入社できるような人間ではなかった。
彼は「サラリーマン失格の男」であり、数十社から不採用通知を受けていて、普通の企業なら雇わない人材だからだ。
完全なブラック企業であれば、面接すると、大抵の人間は雇ってもらえるだろう。
だが、灰色建設は、「どんなに使えない人材でも歓迎します!」といった採用方針ではなかった。
むしろ、面接に訪れた者の4分の1か、5分の1程度しか採用されていない会社なのである。
ならば何故、フリーターだった振太が採用されたのか?
それは、社長が、振太のことを面白がったからである。