最終話 転職の成功
振太は転職活動を始めた。
そして、3ヶ月もかからないうちに、元々目指していた業界の事務所から、内定を受けることができた。
そう……たったの3ヶ月である。
転職先は快適だった。
横暴な上司がいない職場であり、「サラリーマンの常識」からも解放されて、振太は、ようやく正常な世界に来られたと思った。
もっとも、転職活動は、決して順調なものではなかった。
むしろ、かなり難航しそうな始まり方をしていた。
案の定、面接に臨んだ振太は、面接官から酷評されたのである。
面接を担当した、とある事務所の「先生」は言った。
「君の生き方は、行き当たりばったりすぎるよ。まるで、10代の少年じゃないか。いい年をした大人なら、きちんと計画を練って生きるものでしょ? こういうのは、社会で通用する生き方だとは思えないね」
また、他の事務所で面接を担当した、事務所から委託を受けているコンサルタントは言った。
「君は勤め人に向いてないよ。起業すれば?」
このコンサルタントは、振太の面接を担当した者達の中で、特に厳しかった。
「1年6ヶ月……2年近くも会社に勤めていたら、普通は、それなりに重要な仕事を任されるはずだよ? ほとんど雑用に近いことしか任されないなんて、相当使えない人間だと思われていた証拠だよ。それに、君と話をしていると、ビジネスマンとして話す能力とか、そういう根本的なものが足りないように思えるね。今の君の状態で、転職しようと思った理由が理解できないな……。今からでも、元の会社に謝って、戻してもらったら? もっと、ちゃんとした仕事を教えてもらって、まともなビジネスマンにならないと、転職なんて成功するはずがないよ」
そのコンサルタントは、自身も大学卒業後にニートを何年も経験した、と言っていた。
ある意味では、振太の「人生の先輩」のような存在である。
その「人生の先輩」から見て、振太はあり得ない人物だったらしい。
痛烈なダメ出しを受けて、振太は激しく落ち込んだ。
だが、とある事務所で面接を受けると、振太はその事務所の「先生」に気に入られた。
ExcelとWordの能力を身に付けていることや、履歴書の字を丁寧に書いていることを評価されたことが大きかったが、振太が雑学として覚えていた知識が、仕事に関係のあるものだったことも影響した。
そういう知識を、業務とは関係無く身に付けているような人間であれば、使えそうだと評価されたのである。
面接は「運」だ。
そのように言われることもあるが、振太は、そのことを証明するような存在だった。
振太の転職活動は、結果的に、短期間で終わった。
だが、これは、雇用環境が良かったための、偶然の成功である。
チャンスが来たら、決して逃してはならない。振太はそう思った。
転職できない事情がある場合には、次に訪れるチャンスのために、転職先に喜ばれる知識やスキルを身に付けておいた方が良いのだと思う。
転職しようとすれば、誰かからは非難されるだろう。
それは身内かもしれない。面接官かもしれない。
特に、実態を知らない部外者からは、ダメ人間の烙印を押される場合もあるに違いない。
面接の際に振太のことを最も酷評したのは、サラリーマン側の人間であるコンサルタントだった。
逆に、振太のような「サラリーマンではない人間」から見れば、サラリーマンが非常識としか思えない言動をしているのである。
つまり、言動の基礎となる常識が根本的に異なる場合、互いのことを、全く理解できないかもしれないということだ。
おそらく、サラリーマンの世界には、まだ昭和の文化が残っている。
それは、セクハラやパワハラ、24時間365日死ぬまで働くことの美化……といった文化だ。
灰色建設の社長や総務課長は極端だったとしても、サラリーマンとして出世した人が、自分が教わった文化を全否定できるかは疑わしい。
昭和の時代にはサラリーマンでなかった者にまで受け継がれた、昭和の文化。
そういうものに拒否感がある人は、少なくともサラリーマンは目指さない方が良いように思える。
「サラリーマン失格の男」である振太は極端な例なので、参考程度に考えていただきたいが……。
そんな振太だが、最近になって、非常に懸念していることがあった。
そう……新型コロナウイルス感染症による失業者である。
ウイルスを原因とする解雇や倒産によって、能力の高い人間が、サラリーマンの世界における「多少のこと」は我慢しなければならない環境で、転職市場に現れる。
これは、「グレー企業」にとって、非常に喜ばしいことであるはずだ。
人手不足で虫の息だった状況から、「転職者ガチャ」を回すことで、良い人材を獲得できるからである。
無論、「俺は灰色建設のような会社には入らない! もし入ってしまったら、どれだけ転職が難しくても、3日以内に退職する!」という人だっているだろう。
だが、灰色建設よりも、少しだけマシという会社だったら、どうするべきか?
少しで駄目だったら、さらにもう少しマシだったら?
この判断は、確実に厳しいものになるはずだ。
ブラック企業は存在すべきではない。
だが、違法性を糾弾することが難しい「グレー企業」は、簡単には潰すことができない。
路頭に迷いかけて、背に腹は代えられない状況に陥った時に、どの水準までは我慢できるのか……一度は考えておいていただきたい。
1人ではどうしようもない状況に陥った場合には、公的機関や支援組織を頼り、自分を助けてくれる人を探してほしい。
多くの人を頼れば、その分だけ、落ち度を指摘してくる人間も増えるだろう。
だが、そういう人間は、住む世界の異なる人間である。
道を誤れば、うつ病や自殺という結論に至ってしまうかもしれない。
必要の無い存在は、頭の中から抹殺して構わない。
この機会に、害悪と化した企業が消えて無くなることを願い、この話を終わる。
最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました!




