第12話 総務課の効率化
「もうすぐ、お前がいなくても大丈夫な状態にできる。あと少しなんだ!」
総務課長はそう言った。
課長によれば、最も大変だった書類の処理が、様々な工夫によって効率化していた。
それにより、仕事の分量が減り、振太の仕事を他の3人が分担しても、何とかなる状態になったらしい。
あと3ヶ月の猶予があれば、同じ方法を駆使して、他の書類の処理も効率化することができるそうだ。
ここで、課長は管理職失格であることが確定した。
つまり、新たな社員を育てる能力を向上させるつもりは無く、本来やるべき育成は放棄して、先輩社員やベテラン事務員を酷使し、3人だけで仕事を処理するということだ。
確かに、大変だった業務を効率化して、絶対量を減らしたことは凄い。
振太には、とてもそんなことは出来ないのである。
課長は、伊達に「グレー企業」で出世したわけではなかったのだ。
だが、先輩社員とベテラン事務員の早出残業は毎日1時間に達しており、2人は、本来ならば1時間の昼休みも、30分程度しか取っていない。
毎日1時間の残業を加えれば、実質的な残業時間は月50時間以上に達しているだろう。
部下をそれほど酷使している課長は、「自分は100時間残業しているから偉い!」と思っているのだから、完全にセンスが狂っている。
そもそも、先輩社員やベテラン事務員が、寿退社しない保証がどこにある?
課長だって、病気にならないと、どうして断言できるのか?
今、3人いれば仕事が可能だからといって、それで良いわけではないのである。
さらに言えば、総務課が3人で足りるようになったのは、課長による効率化だけが理由ではない。
売り上げの減少や、他の部署で退職者が相次いだことも、大きく影響している。
もしも売り上げが回復したり、他の部署が採用を増やして人が多くなれば、総務課も人を増やさない限り、行き詰まることは明らかなのだ。
そして、仮に総務課が何人か採用しても、課長には、その新たな部下を育てる能力が無い。
振太は、課長を見捨てることにした。
追加で3ヶ月も駄目上司に付き合うなんて、冗談ではない。
申し出を断られて、課長は逆ギレしたが、振太は取り合わなかった。
だが、今度は、社長が振太の説得に乗り出した。
「二戸、ここで総務課長を見捨てるのは可哀想だろう? 課長は、今までお前がミスをしても、必死にフォローしてきたんだぞ? その恩を返してから辞めるのが筋じゃないのか?」
そう言われて、振太は、既に3ヶ月も退職を待ったことを主張した。
すると、社長は驚いた様子で言った。
「何? そんなことは聞いてないぞ?」
社長は、すぐに総務課長を呼んで、事実を確認した。
そして、振太に退職を待たせていることを、自分に報告しなかったことについて叱責した。
課長は、社長に叱られたくないので、部下が辞めたがっていることを、いつも期限ギリギリまで報告しないのだ。
だが、社長は、振太の説得を続けた。
「確かに、課長は期限を守れなかった。だが、自分で考えた効率化を達成して、総務課は3人で大丈夫な状態になった。もう少しだけ助けてやってくれないか?」
社長に頼まれて、振太は断りきれなかった。
課長に、仕事の効率化という実績があることは事実なのだ。
灰色建設のような会社とっては、結果を出すことが重要なのである。
その能力を見せられると、「課長が苦労しているのは、能力の無い振太が原因である」という空気になってしまうのだ。
さらに3ヶ月も転職が遅れると聞いて、パソコンスクールの校長は、非常に心配そうな顔をした。
このまま、振太が何年も会社を辞められないのではないかと懸念したのである。
だが、さすがに、そんな心配は現実にならなかった。
社長が「あと3ヶ月だけ」と約束したからだ。
「強制労働の禁止」は憲法に規定されており、これに反した時には、重い罰則が定められている。
退職が自由であることは、国としても、重視していることなのだ。
ブラック企業は平然と無視するようだが、「グレー企業」の社長は、そこまで馬鹿ではない。
3ヶ月が経過して、振太は退職した。
退職する少し前に、新しい総務課の後輩が入社したが、その後どうなったのかは分からない。
だが、課長があの調子では、やはり短期間で退職したのではないだろうか……?
振太には、そう思えて仕方がなかった。
6ヶ月も引き留められて、嫌な気分を味わったが、良かったこともあった。
例えば、ある程度、お金が溜まったことだ。
転職活動中は無職であり、交通費等がかかるので、お金は減る一方である。
預貯金が増えると、助かることは確かだった。
そして、ExcelとWordの授業が終わり、知識が増えたことは嬉しかった。
校長の「今すぐ辞めるべき」という意見には反していたが、定職があるうちに、転職のために使える知識が増えたことは自信につながった。
幸いにも、振太が退職した時の日本は、まだ人手不足だと言われていた。
そのおかげで、振太は良い環境で、転職活動を始めることができたのである。
もしも、灰色建設に3年残り、転職活動が長引いていたら……。
いや、3年残ってから退職を申し出て、さらに6ヶ月も引き留められていたら……。
転職のタイミングは、逸していたかもしれない。
そう考えると、必死に転職を後押ししてくれたパソコンスクールの校長には、感謝してもしきれない思いだった。




