8話:昔話②
前回のあらすじ。
ウィリアムは本当に昔は屈強な大男だった。
ある日の晩。
店を閉めたウィリアムの前にはテーブルに置かれた珍妙な箱があった。
大柄なウィリアムの片手にすっぽり収まってしまいそうなサイズで外観は飾り気のない黒色で正立方体だ。
奇妙な点としては鍵穴すらなく、開閉する為の蝶番や切れ込みも存在しない。
これはこの日、金を持たずに飲食した不届き者が置いていった物だった。
「古代遺跡から発見された珍しい魔道具とか言っていたな」
元の持ち主は再三に渡り土下座を繰り返し、明日には必ず金を持ってくると言い、ウィリアムは質代わりに預かっている。
「まぁ、来ねぇだろうな」
その客は最初、酩酊状態故の強気な態度だったがウィリアムの怒気を感じ取ってからは手のひらを返して命乞いまで始める始末だ。
彼はその客を締め上げるつもりだったが他の常連が仲裁に入り、どうにか唯一の持ち物の魔道具を質代わりにすることで話がついたのだった。
「うちの常連が誰も顔を知らないってなると流れ者だろうし、二度とうちにはちかづかねぇだろう。実質、この珍妙な箱で手打ちってことか。ったく」
現代の技術では再現できないだろう。
素材は見たことのない金属であり、表面には傷1つない。
滑らかな光沢により店内の光が反射してウィリアムの顔を写している。つなぎ目がなく、どのような方法で中に物を収容したかも不明だ。到底、技術屋でもないウィリアムが理解するには及ばなかった。
箱に指を這わせると木でも鉄でもない不思議な感触が伝わってくる。
「不思議な手触りだな。町の工房に持っていけばどうにか開けられるか?」
『やめて頂戴』
「ん?」
女性の声が聞こえた。
店内にはウィリアム1人。
視線を彷徨わせるが、自分以外の姿形は目に入らない。
「と、言うことは……」
ウィリアムは視線を自身が持つ箱へ移動させる。
『その汚い手を離しなさい』
予想通り箱から女性の声がする。
ウィリアムが唖然としていると箱の表面に幾つものひびが入る。とても規則正しい間隔で線が浮かんでいた。
「な……!」
正確にはひびの様に見えたのは切れ目であった。
箱に切れ目が浮き上がり、ゆっくりと形を変え始めた。
外装が広がり箱の中心からは光が溢れウィリアムは目を細め、ただその光景を眺めることしかできない。
「な、何が起こった?」
光が収まり周囲を見渡すが異変はない様に思えたが、実際には2つの異変が起きていた。
「……箱がなくなった」
テーブルの上に置いてあった箱は光の収束と共に姿を消し、次に自身の異変に気が付く。
視線が異様に低い。
普段ならテーブルを上から見下ろすところが、今は立っている状態で普段座っている時ほどの視線の高さなのだ。
「どうなってんだ……?」
ウィリアムの店に姿見などという洒落た物は存在しない。代わりに窓を使って自分の姿を確認する。
「女……!?」
夜闇で暗くなった窓は店内の明かりによって鏡のようにウィリアムの姿が映す。
小さく可憐な華奢な体躯に虫も殺さなそうな愛らしい顔が驚いていた。
ウェーブのかかった栗毛は肩まで届き、アーモンド形の瞳にさくらんぼ色の小さな唇。
長くしなやかな四肢は白磁のように透明感のある肌で覆われている。
2人といないであろう見目麗しい少女の姿があった。
「これ……俺か?」
様々な死闘死線をくぐり抜けてきたウィリアムだったが、これほどの奇怪な出来事は初めてだった。
事態を把握する前にさらなる混乱がウィリアムに襲いかかる。
『こんにちは。人間』
背後から声。箱から聞こえてきていた女の声だった。
振り返れば黒衣のドレスを身に纏った女性が浮遊していた。
「こいつは驚いたぜ。まさか箱から女が出てきて、そんでもって自分も女になるとはな」
その姿は現世のものとは思えなかった。
薄く発光し、確かにそこに存在するはずなのに存在感というものがなかったのだ。
『私はヴァルプルギス。よろしくね』
「冒険者の使う人工精霊ってやつか?」
『あら、私は名を明かしたのにあなたは名前を教えてくれないのかしら?』
「生憎、それどころじゃないんでね。それとも、お前がこの奇怪な状況を説明できるってなら話は別だがな」
というかお前が元凶だろ、とウィリアムは内心決めつていた。
『なに、簡単なことよ。貴方の姿が変わってしまった原因は私。ただ、それだけのこと』
「……」
犬歯を剥き出しにしたウィリアムがヴァルプルギスをにらみつけた。
『あら、怖い。でも、落ち着いて』
気にした様子もなくヴァルプルギスは揚々と受け流した。
今にも飛びかかりそうなウィリアムは僅かに残った理性で踏みとどまっている。
「……早く戻せ」
『残念ながら、私にもどうしようもないの。
私の意思とは関係なしに箱を開けた者の姿を変えてしまう仕掛けがあったようね』
ウィリアムの表情が変わる。言っている意味のすべてはわからないが、原因が目の前にいるというのは理解できた。
『でも、解決方法はあるの』
「……聞こう」
『私はアップデートができるの。今はまだ不可能なことでも機能のインストールを行うことであなたは元の姿へ戻れるようになるはずよ』
「細かい話はいい。それを実現するにはどうすればいいのか教えろ」
『私を作った時代の技術がある場所に行くことね。見た感じ私がこの箱に封印されてから随分と時間が経ってしまっているようだけど、貴方は検討つくかしら?』
彼女の言葉によってウィリアムが纏っていた静かな激情が薄れてなくなった。
次に彼を襲ったのは途方もない脱力感だった。
立っていることも億劫になり、ウィリアムは手近な椅子に腰を落として天を仰いだ。
『どうしたの?』
「……お前が発見されたのは古代遺跡って言うこの国でも指折りの難関ダンジョンで誰でも自由に出入りできるような場所じゃねぇんだよ」
『ふぅん?』
ヴァルプルギスはあまり事の重大さがわからない様子だ。




