7話:昔話①
前回のあらすじ。
昔話が始まりましたとさ。
約1年前。
ウィリアムは首都で酒場を営んでいた。
店がある場所は首都の西側。そこは歓楽通りになっており、様々な酒場、遊郭、モーテルが並び、近くにはスラムがある。
夜になれば良くも悪くも活気に満ちあふれていた。
「おーい、揚げ魚ってどこのテーブルだ?」
屈強な男が手に皿を抱え、酒を楽しむ客達の隙間を縫うように歩む。
丸太のように太く、岩のように屈強な体つきは客たちよりも立派なものだった。
「こっちだー」
一人の客が赤い顔をしながら手を振る。
その中年の客は常連らしく皿を持つ男に向かって親しそうに笑みを浮かべている。
「ウィリアム、こっちだー」
「ああ? こっちが先だったろーがよ!」
別の席から声が上がる。呂律が回っていないあたり、だいぶ酔っていることが伺える。
酔った客はまだ若い血気盛んな印象を受ける冒険者然とした者だった。
椅子を蹴飛ばしながら立ったと手を振る客へ鋭い視線を送る。
「勝負すっか? あ? おっさんよ?」
「小僧、自分が言った言葉の意味分かってんのか?」
中年の男は今にも飛びかかってきそうな若い冒険者に対し静かに聞き返す。
「ったりめーだ! こちとら泣く子も黙る冒け、んしゃ……」
若い冒険者は威勢よくテーブルに足をかけ、啖呵を切ろうとしたところで、客が一斉に立ち上がり言葉を失った。
屈強な冒険者や傭兵たちが剣呑な雰囲気を纏い自分を取り囲むようにしている光景に呆気にとられ、あっという間に酔っていた赤い顔を青くした。
「兄ちゃんよォ……」
対峙している中年の男は座ったまま口を開く。
「ここは喧嘩御法度なんだよ。破れば何されても文句は言えねぇ。先輩として忠告しておいてやるよ。悪いこと言わねえからそのまま座って料理が熱いうちに食いな」
そして、次に視線を若い冒険者の後ろへと移動させる。
「だから、ウィリアム。許してやってくれ」
若い冒険者はそこでようやく気が付いた。
店員の男が音もなく自分を後ろから見下ろしていることに。
「……うわっ!」
自分が蹴飛ばした椅子がいつの間にか足下に戻ってきていることにも気が付かずに、腰を抜かし、そのまま椅子に座る。
ウィリアムと呼ばれた屈強な店員は無表情のままだ。
居るだけで押しつぶされてしまいそうな圧力を感じ若い冒険者は振るえてしまう。
ただ手を前に差し出しているだけの姿勢にも関わらず、彼はオーガに睨まれたウサギのように動けなくなってしまった。
ウィリアムは手をおろす。
「ひぃっ!」
反射的に若い冒険者は短い悲鳴を上げた。
大勢の人間がいるのにも関わらず、その悲鳴だけが店内に良く響いた。
若い冒険者を笑う者は誰もいなかった。
「ほら」
ウィリアムは手に持った皿を若い冒険者のテーブルに置き、周囲の客に良く聞こえるように声を張る。
「座れ座れ。そんな大人数で止めようとしなくても別に何もしねぇよ」
その言葉を皮切りに立っていた客たちは気を取り直し再び酒と料理を胃に運ぶ。
「た、助かった……?」
「かっかっか、命拾いしたな若造」
隣に座っていた初老の冒険者が若い冒険者に話しかけた。
「覚えて置け、この酒場には客たちが作った暗黙のルールが2つ存在する。
1つ、店内での喧嘩は禁止。
1つ、店内での酒と料理の文句は禁止」
「なんで、そんなルールが?」
若い冒険者は乾ききった喉にぬるくなったビールを流し込み、気を紛らわせた。
「簡単だ。店主のウィリアムがキレたら誰も止められないからな。俺たちが束になっても無理」
「何者なんだよ……あの店主、タダものじゃねぇオーラハンパなかったんだけど」
「元剣奴さ」
剣奴とは、魔物や人間と観衆の前で戦う奴隷のことである。
奴隷の中で最も過酷であり、基本的に主人の所有物・財産とされ、衣食住を保障されている奴隷とは一線を画す。
「死刑にされた方がマシっていわれているあの……?」
一度剣奴となった者は戦い続けなければならない。
体調を崩そうが、怪我をしようが、自分の意思とは関係なく戦いを強いられる。
自由になるには、幾千もの戦いの果てに自分自身を買い取るしか方法がない。
並大抵の人間なら、そこに至るまでには皆死んでしまう。魔物や同じ境遇の剣奴に大衆の面前で無残に殺され、ゴミのように捨てられてしまうのだ。
「そう、あの剣奴」
そのため、常日頃から戦いを身近なものとしている職業の者たちからは尊敬と畏怖を抱かれ、英雄視される。
「だから、後ろに立たれただけで勝手に体が震えて止まらなかったのか……」
「人死にが出て店がなくなっちまったら堪ったもんじゃねぇからな。安くて上手い酒と飯がなくなるのは冒険者でも傭兵でも死活問題だろ?」
「ああ、そうだな……」
冗談めいて笑う初老の冒険者に対し、あと一歩でその人死にになるところだった若い冒険者は笑うことはできなかった。




