5話:リベンジチェーン
前回のあらすじ。
戦闘中、エポックが「やったか!?」をやってしまう。
「お前、こういう時のそのセリフは厳禁だぞ」
「はい?」
視界の悪い前方から2つの影が浮かび上がる。
「!」
ウィリアムがそれはノーフェイスの腕だと気がついたのは攻撃が回避できない距離になってからだった。
「ふんっ!」
驚異的な反応速度で1つ目の腕は払い落としたが、続くもう片方の腕は彼の腕をがっちりと掴んだ。
ノーフェイスの腕は肘から切り離され、縄のようなものが粉塵の向こうへと続いている。
「ウィリアムさん!」
「視界が悪い時は無闇に動くな! ぐお!?」
体が引っ張られる。抵抗をするも力比べでは分が悪く、ウィリアムは為す術なくノーフェイスの腕に攫われた。
「パワーはこの俺よりも上か!」
『捕獲完了』
ようやく止まったと追えば息のかかりそうな距離にノーフェイスが佇む。
「放しな」
掴まれていない右腕でノーフェイスの顔面を殴るも微動だにせず、逆にウィリアムの拳からは血が噴き出す。
「チッ」
『最終警告。武装を解除せよ。武装を解除せよ。抵抗は無意味です。あなたはすでに捕獲されています。繰り返します。武装を――』
攻撃の好機にも関わらずノーフェイスは再び彼の理解できない言葉を放つ。
完全にナメられている、そう感じたウィリアムのこめかみには青筋が浮かんだ。
「この木偶の坊が…………これで捕まえてるつもりか?」
『解除せよ。武装を解除せよ。抵抗は無意味で』
ウィリアムは音が出ているノーフェイスの顔を鷲掴みにする。
「ほら、俺も捕まえたぞ!」
『武装の解除が確認できませんでした。強制退去レベル2を実行します。なお、生命の保証ができかねます』
エポックの人工精霊が出した炎を消した時のようにノーフェイスの胴体が割れ、今度はワイヤーが放出される。
至近距離のウィリアムの体にワイヤーが巻き付き、身体へと食い込む。
『高圧電流の放電を開始します』
「ぐおっ…………!?」
ノーフェイスから眩い光が溢れ、ワイヤーを通じてウィリアムの全身を駆け抜けた。
身体中の血管に熱湯を注がれたような激痛。頭のてっぺんからつま先まで、痛みによって筋肉が強張り瞬き1つすることができない。
「ウィリアムさん!」
エポックは、ウィリアムとノーフェイスの距離が近すぎて身動きが取れない。
「っか……」
放電が終わり体から煙を上げたウィリアムが後方へゆっくりと仰け反る。
ノーフェイスは即座にワイヤーを巻き取り胴体へと収納する。
『無効化完りょ――』
ウィリアムの体が傾き、後方へ倒れそうになるが、途中で踏み止まる。
高圧電流を受けている最中もウィリアムはノーフェイスの顔を掴み続けていた手に再び力を込めた。
ノーフェイスの顔面が軋む音が少し離れた場所にいるエポックにも聞こえた。
「…………お次は俺の番だな」
掴んだ腕で上体をノーフェイスの方に引きよせる。
『高圧電流の――』
「遅ぇ」
一瞬のうちに鎖をノーフェイスへと巻きつけ、
「跪け。『幽閉鎖牢』」
鎖に魔力を込めるとノーフェイスはその場で膝をつき床が陥没した。絡まった鎖がノースフェイスの身動きを封じたのだ。
「お返しだ。ノシ付けてくれてやる」
ノーフェイスを束縛している鉛色の鎖は熱を帯びたように赤く変色する。中でも先端の錐は何者でも塗りつぶしてしまいそうなほどの緋色の発光を見せる。
それは圧倒的な破壊の兆しだ。
「『その腕の鎖は叛逆の御旗となる(リベンジ・チェーン)』!」
受けたダメージを増幅し、与えた者へ返す。
光が溢れ出し、音が遅れてやってくるほどの威力。人間の反応速度をはるかに超えた光速の高エネルギーが放射された。
エポックは開いた口を閉じられなかった。ノースフェイスごと、古代遺跡の壁や床がなくなってしまったからだ。
「あーやっちまったぁ」
「た、建物ごと消し飛んだんッスか?」
後頭部をボリボリかきながらウィリアムはバツの悪そうな顔をしていた。
「頭に血が上っちまった、いかんいかん」
崩壊した壁の大穴からは、高層建造物が並び、視界を遮っていた。これらすべてが古代遺跡と呼ばれる建物群であり、ここら一帯は古代都市と称される。
しかし、そんな時間も一瞬だ。
崩壊した壁や床が独りでに再生し始めた。
昔の文化が滅び長い時間が経った今でもこれほどの大型建造物が現存している理由、それは古代遺跡が1つの生物のように自己修復を繰り返しているからだ。
中には、事故修復の機能が停止して倒壊している古代遺跡も存在するが。
古代遺跡の修復が完了し、通路にはウィリアムとエポックだけが残った。
「おい背後霊、とっとと服を戻せ」
『え、なぜ?』
何もない空間からヴァルプルギスが眉をひそめて現れた。
「本当に理解できないって顔やめろ」
『本当に理解できないわ! その服は某国の逸話を基にした由緒正しいものなのよ?
王政転覆のクーデーターが起きて投獄され、鎖に繋がれつつも旧王政のシンパから協力を得て、自ら戦線に立ち悪政を強いていた旧臣たちと戦うという姫をモデルにした衣装! 彼女の素晴らしい活躍の姿は能力にも現れていたでしょ?』
説明通りウィリアムの服は王族や高貴な身分の者が身につけるような装飾が施され、幽閉された逸話に沿って両手首には枷に繋ぐための無骨な鎖が垂れる。
ヴァルプルギスは対象者の服装を自在に変更でき、着用する衣装に由来した特殊能力を付与することができる。
ウィリアムが着ている服は『幽閉鎖牢』と『その腕の鎖は叛逆の御旗となる』の2つの固有能力を有していた。
「ダメージ前提の能力をダンジョンで使うのはナンセンスだろうが!」
『追いつめられて強くなる、これこそダンジョンという環境で必要とされる能力よ!』
「低階層なんだぞ、いきなり消耗してどうする!」
『そんな弱腰でどうするのよ。まだ冒険者始まったばかりじゃない!』
「だから、始まったばかりだから消耗してどうするって話をしてるんだよ!」
ヴァルプルギスと口論をしていると、階上から足音が聞こえてくる。
「戻った。すごい音が響いたが戦闘か?」
パトリシアが階段を降りてきた。盾を構えた逆の手には武器が握られていた。
「もう終わった。問題ない」
「そうか、上の階は階段付近の索敵は完了している。行こう、ぽちが待っている」
「ああ」
3人は階段を登る。
「ん? ウィリアム、服が変わっているな。冒険に不向きな服のようだが」
パトリシアの問いかけに、ウィリアムは辟易したようだ。
「それについて触れるな……もう疲れた」
「?」
かくしてウィリアム一行は記念すべき初の階層踏破となり、次の階へ進むのであった。




