3話:招かれざる客
前回のあらすじ。
目の前に階段が現れた。
上る?
下る?
彼らが現在足を踏み入れているダンジョン、古代遺跡。ウィリアムたちの文明よりも発達した技術を持ちながらも滅んでしまった古代人たちの遺産が眠る土地だ。
現在の技術では建築不可能な構想建造物が広がり、今なお機能し続ける過去の遺産。
ウィリアムたちは1本道の突き当たりに到達し、目の前には上と下の階段があった。
「上だ」
ウィリアムは迷うことなく上層階へ向かう階段を示す。
「理由を聞こうか」
「バカとお宝は高い場所が好きって相場が決まってんだよ」
ウィリアムは歯を見せて笑う。
「まぁ、冗談はさておき、ここには倒壊した隣の建物のせいで入り口が塞がっていた。
瓦礫や横倒れになった建物を足場にして、この階から無理やり進入したわけだが、下の階を探索するメリットは何かあるか? という話だ。
外から見た限りでは、下層はそこまで多くない。仮に地中まで階が存在した場合、最下層まで何層あるのかがわからない。持ち込んだ食料や装備でどこまで進めるのか不明だ。
逆に上層に向かえば、敵が現れた場合、頭上を取られる不都合が出てくるわけだが、そこはぽちの斥候とパトリシアのタンクで慎重に進めば対処できるだろう。
下の階に向かうのは敵がいた場合、戦闘は楽になる。物を落とせばそれだけで攻撃になるしな。だが、もしも出入り口がなく最下層が地下だったら、もう一度ここに上がってこなければならねぇ。
往路よりも復路の方が消耗していることを考えると危険を冒すのは往路だな。よって、上層に向かう」
「うむ。私も同様の意見だ」
ウィリアムの意見にパトリシアも同調した。ほかの2人も特に異論はないため、上層へ向かうことが決まった。
「頼もしいリーダーだな。1年前が嘘のようだ」
「そいつはどうも」
パトリシアが彼に初めて会った時の印象は『理性的な野獣』だった。
戦闘において素手で敵の武器やその場にある物を使い臨機応変、悪く言ってしまえば行き当たりばったりの行為である。並外れた戦闘能力がなければ実現しない戦法だ。
そんな野性味に溢れる戦闘方法をとっているのに、考え方はあくまで合理的。
そして結果的にたった1年でベテラン冒険者たちと肩を並べている。
故に彼の判断を信じ、盾を構えならが階段を登れるのだった。
「では、まず私とぽちで行ってくるよ」
パトリシアは身の丈ほどもある愛用の盾を持ち上げた。
「ぽち、斥候だ。無理はするな」
「わかりました」
ぽちは斥候として高い能力を有している。
獣人の特性であるしなやかな肉体は重力を感じさせない動きで罠をかいくぐり、人間を超えた聴覚と嗅覚は敵勢を感知する。
合わせて高い戦闘能力。無音にして必殺による攻撃は芸術的もと言える技量にまで達していた。
「エポックは俺とここで見張りだ」
「見張りの間、ヴァルプルギス様を出して欲しいッス!」
鼻息荒くエポックがウィリアムへ懇願する。
エポックは生粋の人工精霊マニアであり、町でもその手の愛好者に名が知られている。
「おい、ヴァルプルギス。こいつの相手をしろ」
拒否すると色々とめんどくさいと感じたウィリアムは彼女の要望通り人工聖霊ヴァルプルギスを呼び出した。
『あらあら、さっきは話の途中で引っ込めたのに』
ゆらり、と空間が歪みヴァルプルギスが現れる。
黒いドレスに身を包んだ貴婦人のような姿であり、他の人工精霊にある人工物然とした雰囲気はなく神秘的な精霊そのものだった。
「ああ、しゅごいッス……ヴァルプルギスしゃま……」
愉悦の極みを表した表情だ。
呂律も回らないほど感極まっている。
『あらあら、エポックちゃんは相変わらず気持ち悪いわね』
「えへへへ」
「褒められてねぇぞ」
ウィリアムは適当に落ちている瓦礫を手にする。彼にとって瓦礫や石は優秀な『武器』であった。
叩いたり投げたりするだけで攻撃となり、何よりも容易に入手しやすい。
『もう、ウィリアムったらまた石ころなんて拾って。ポケットに入れると服が汚れるっていつも言っているじゃない』
ヴァルプルギスは眉を寄せた。実に人間らしい仕草であり、知らない者は生きている人間だと言われれば信じかねないほどである。
『武器なら私が出してあげるわ。ほら』
ウィリアムの纏う服が魔力により発光すると瞬く間に違う衣服へと換装された。
今まで着用していたブラウスとスカート、ハーフプレート、レザーのブーツや肘当てがレースを多用したドレスに変わる。もっとも目を引くのが大胆にも開いた背中だろう。
まるで社交界で煌びやかに着飾っている貴族の子女である。
唯一、違和感があるとしたら手首に繋がれた鎖とその先端に繋がる錘だ。
「ダンジョンでこんな見っともない格好させるんじゃねぇよ」
『見っともないだなんて失礼ね。どこに出しても問題ない最高の服装よ』
「そういう話じゃねぇ」
「ウィリアムさん、ヴァルプルギス様のご厚意になんてこと言うんスか! あと、その服ちょっと見せてくださいッス!」
鼻息荒く近寄る彼女に不快感を隠さずに顔に表すウィリアム。
「お前、人工精霊のことになると元気になるよな……」
服を触り、時には生地を引っ張るエポックに辟易する。
「むしろウィリアムさんが不思議でならないッス。
これだけ高位の人工精霊をお持ちでありながら興味の一つも湧かないんスか?」
「俺は人生のほとんどを剣奴として生きて来たからな。人工精霊に縁なんてなかったし、剣奴を抜けられた今はほとんど余生の隠居生活、のはずなんだけどなぁ……」
なぜか冒険者をしている今の自分。人生とはままならないものであることがウィリアムの声色で察せるのであった。
「では、これを機会に人工精霊について学ぶといいッスよ! あたしが教えてあげまス!」
「いらん。別に興味ねぇし」
「人工精霊とは魔術を行使する上で必要不可欠なものッスね。昔は長々しい呪文を唱えたり、魔方陣を書いたり、星の位置が揃うのを待ったりと、魔術を行使するのにあたり手続きが非常に多く、術者の負担も比例して大きかったんスよ。しかし、古代遺跡から発掘された魔道具をヒントにあらかじめ魔術の構築式を内蔵させた術式支援の魔道具が作られてから魔術の歴史は急速に進みましたッス。初めは剣や杖、鎧に術式を付与していましたが、制作コストが大きい上に道具本来の機能が低下してしまい実用性はとても低かったんでス。でも、研究者たちは諦めまんせんでした! 研究と試行錯誤を重ね、体外式魔力媒体、つまり人工精霊が生み出されたわけッス。 これは世紀の大発明と言っても過言ではありません! 身体に身につける発想を捨て、独立して使役するという逆転の発想から、それまで生じていた問題を解決できました。 あらかじめ術式を人工精霊にインプットする準備や決められた術式以外のものを使えないというデメリットが生じましたがそんなの些細なことッス! いや、むしろそれこそが人工精霊を扱う人間にとっては腕の見せ所ッス! 知恵を絞るところなんッスよ! しかも、人工精霊のキャパシティ内なら組み込む魔術を自由に変えられる拡張性があるので持っていない冒険者はいったい何を考えているのか逆に教えてほしいくらいでスよ!
そして、何より見てくださいッス、この完全無欠なお姿を!」
エポックがヴァルプルギスを指差す。
「まるで人間のようなこの姿こそ、すべての人工精霊の最終目標といっても過言ではないッス! あたしも自分の人工精霊をここまで昇華するべく日々研鑽していますが、未だこの領域に達することも、いつたどり着けるかの見当もつかないッス!
あ、でも、あたしの人工精霊ちゃんも決して可愛くないわけじゃないんスよ? 評価基準の方向性が違うだけで。この愛らしさを出すために結構苦労したんッスよ。それは――」
エポックはブレない。確固たる自分を持ち、目標を定め、ただそれに向かって邁進している。例え変わり者と言われ、仲間に恵まれなかったとしてもだ。
彼女は冒険者だというのに、ウィリアムたちと組むまでは1人で活動していた。
加入後にウィリアムが聞いた話では最初の頃は何度かパーティを組んだらしいが長続きしなかったという。
なぜなら彼女の人工精霊中心の考えに誰もついてこれないからだ。報酬はすべて人工精霊のためだけに使い、依頼は人工精霊のパーツになりそうな素材が手に入るものばかりを選び、日常の会話はすべて人工精霊、というブレのなさだ。
偶然、ウィリアムがエポックの前でヴァルプルギスを呼び出さなければ、こうしてパーティを組むことはなかっただろう。
ウィリアムは何か1つを突き詰めるエポックの生き方は真似できないと感じる。そんな生き方はとても不自由に思え、自由を求めて剣奴を抜けた彼には受け入れられない。
しかし、同時に羨ましくも思うのだ。
「奇妙なもんだな」
つい、独り言を漏らした。
性別から思想まで、何もかもが違う者たちとパーティを組んで冒険している。
剣奴時代では想像もできなかった状況だ。
時折そんなことを考えると言い表せない気持ちになるのだった。
「悪くねえ、だなんて死んでも他の奴に言えねえけどな」
「何ぶつぶつ言ってるんスか、ウィリアムさん。あたしの話聞いてるんスか!?」
「んなことより、お前気づいているか?」
感慨に耽っているウィリアムは思考を中断させた。
「へ?」
「あっちだ」
ウィリアムは薄暗い通路の先を見据えた。
招かれざる客だ。遠くからゆっくりと近づいてくるそれは彼らを視界に捕捉しても歩む速度を変えない。




