20話:人間対人間
前回のあらすじ。
トーマスは悪い奴だった。
一晩経ちウィリアムたちが閉じ込められてから丸1日。
トーマス一行は昇降用の小部屋にパーティメンバー全員で入っていた。
「そろそろだ。準備しとけよ」
「おう」
トーマスの合図でタンクのジーニーが松明に火をつけた。
煙が小部屋に充満する前に扉が開かれ、先んじて松明を扉の外へ投げ込んだ。
「よう」
「っ!」
小部屋から出てきたトーマス一行に横から声をかけるのはウィリアムだった。
トーマスの顔色が変わる。
「なっ、生きていやがったか!」
トーマスたちは、それぞれ武器を構える。
ウィリアムの下には骸骨の蜘蛛が横たわり、彼はその上で胡坐をかいていた。
ここ、最上階は周囲360度を透明なガラスに覆われ辺りを一望できる展望室となっていた。展望室のあちこちには激しい戦闘の痕跡が刻まれている。
「ご主人様、あの松明からは変なにおいがします」
「ほう、つまりその松明の煙でコイツを避けていたわけか。
標的が死んでいたら懐を漁る。中々どうして、ウジ虫のような根性してるな?」
「強がるなよ。消耗して立っているものやっとなんだろ?」
そう言ってトーマスは短剣を構えた。
ウィリアムは短刀の刃を見て眉をひそめる。
「その形……毒か」
「へぇ、よくわかるな」
「なら、遠慮は無用だな」
バキリ、と骨を鳴らし、ウィリアムが拳を作った。
冒険者で毒を多用する者は少ない。様々な魔物が蔓延るこの世界で、すべての生物に一様に効き目のある毒というものが存在ないからだ。
故に毒を用いるということは昔から人を殺める時に使われることが多かった。
「悪いが死んでもらうぜ」
「三文芝居の悪役でも、もっとマシな口上を述べるだろ」
トーマスの後ろに控えていた弓兵ロロウェイがウィリアムへ矢を3本放つ。その腕前は高く、ほぼ同時に射られたと錯覚するほどであった。
が、しかし、ぽちが叩き落す。
「気をつけろよ。矢にも毒あるぞ」
「大丈夫です。ぽちより遅い矢にはあたりません」
ぽちは影を置き去りにできそうな速度で向かっていく。
近づくこと咎めるようにロロウェイは即座に次の矢をぽちの眉間に射るが、眉間を狙ったはずの矢はガラスの壁に弾かれる。
ぽちは壁を踏み、床と平行になりながらも直進を続けた。
「は?」
人間を超えた動きに弓兵の脳は理解が追い付かなかった。
壁を走る人間に対し、どう対処すればいいか、培われた経験や蓄積した知識からは導き出せなかった。
時間にして数秒、ぽちがロロウェイの懐に入り腕の筋を切断すると、悲鳴を上げるよりも早く弓が床に落ちることになった。
「こ、この! 氷漬けにしてやる!」
トーマスの後ろで魔術師ウェルザが人工聖霊に命令を下す。
道化師型の人工聖霊から冷気があふれ出る。
「その人工聖霊ちゃん、かわいいッスね!」
ぽちを庇うようにエポックが従えるビスクドール型の人工聖霊は炎の壁を作り出す。
火炎と氷塊のぶつかり合いは、火炎に軍配が上がった。
「うあああああ!?」
大量の蒸気を生み出し、さらに勢いを増す炎は道化師型の人工聖霊を飲み込み、ウェルザの横を通り過ぎていく。
肌を焦がし、肺を焼かれ、ウェルザは地面へと転がる。
「ぬおおおおおおおおおおおお!」
全身を分厚いプレートアーマーに包んだ偉丈夫、タンクのジーニーがパトリシアと真っ向からのぶつかり合い挑んだ。
「正面か! その意気やよし!」
彼女の方も負けじと盾を構え、大男から生み出される渾身の一撃を受けとめた。
「どうだ、小娘ぇ!」
「はっ! ウィリアムの足元にも及ばん!」
パトリシアは片手に持った盾を強く押した。
「んなにぃいいいいいいいいい!?」
重装備の偉丈夫が地から足を離して後方に吹き飛ばされる。
「ピクシーズ、攻撃形状へ変形せよ」
彼女の声に意思に従い48体の人工精霊が姿を現す。
盾が48枚の鉄板となり、形状を組み替えると巨大な銃身となった。
パトリシアは愛銃を銃身に差し込み、引き金を引き、銃身が文字通り火を噴いた。
「侮るなよぉおおおお!」
放たれた銃弾は実に通常の20倍の大きさを誇る。弾丸というよりも砲弾と呼ぶべき鉄の塊はジーニーの手の中に収まる。
受け止めてもなお勢いが緩まない弾丸は巨体のジーニーを後退させる。地面には彼の足が描いた2本のレールが残る。
ガラス際まで後退を強いられたジーニーだったが、ついには背中をつけることなく弾丸を受け取って見せた。
「ぐはは! 受け止め・・・・・・かはっ」
瞬間、ジーニーの見つけた鎧が木っ端微塵に砕け、彼自身も白目を向いて頭から倒れた。
「ウィリアムを一撃で倒せるような威力にしたつもりだがまだまだのようだな」
トーマスは自分の仲間が全員敗北したことにも気がつかず、一向に攻撃が当たらないことに苛立ちを募らせていた。
対するウィリアムは涼しい顔で絶え間なく迫りくる凶刃を前にして、しっかりと刃の軌道を見極める。
「くそが!」
「もうやめとけ、俺らが生きていた時点で負けだ」
ウィリアムは首に食い込もうとした短剣を指2本でた易く止めた。
素早くトーマスの腕を掴み、レモンでも絞るように指に力を入れると、あっけなく男の悲鳴が上がった。
「ああ……!?」
トーマスは手首が無くなってないことを確かめながら、後ろに一歩、また一歩後退する。
ウィリアムは奪った短剣の刃に鼻を当てる。
「弛緩系だな。動けなくなったところを虐めてたのか?」
憎々しげにトーマスが犬歯を表す。
周囲を見渡せば倒れた仲間、無傷のウィリアムのパーティが彼を囲んでいる。
「くそ、使えねぇ! 時間も稼げねぇ役立たず共も! 不甲斐無い骨の化け物も! くそ、くそ、くそっ!」
「詰めが甘いというか、なんと言うか……心に贅肉が付いているからこうなる。毒に頼っていたのがその証拠だ。
お前みたいな人間は自分以外の者まで巻き込んで破綻する迷惑な存在だ」
トーマスはウィリアムの言葉を聞いて激昂する。顔を真っ赤にし、奥歯を砕いてしまいそうなほど噛みしめ、怨嗟の声を絞り出す。
「くそっ! カマ野郎が、誰に講釈タレてんだよ!」
トーマスは腕を振るう。
「無駄だ、やめろ」
ウィリアムは飛んできたナイフをいとも簡単に掴んでしまう。
ナイフは艶消しが施され光にくく加工され、耐久性を犠牲に刃には小さな溝がいくつもあり、ここに毒が仕込まれていることが分かった。
「また搦め手か」
「ち、っくしょ……ぐあ!?」
ウィリアムが軽く殴るだけでトーマスは宙を舞った。
背中から地面に落ち、肺の中の空気がすべて口から漏れた。激痛により悶えていると鳩尾を踏まれ立ち上がることができなくなる。
「くそぉ……」
抵抗が無意味だとわかり、トーマスの身体から力が抜ける。
「……殺せよ」
「はっ」
ウィリアムが鼻で笑った。
「だから、三文芝居の悪役でももう少しましなこと言うぞ」




