19話:トーマス
前回のあらすじ。
トーマスはウィリアムたちをボス部屋に置いてけぼりにした。
トーマスという男は冒険者になって20年経つベテランだ。
両親との折り合いが非常に悪く、成人と認められる年齢になると村を飛び出した。
夢であった冒険者になり、初めての仕事は荷物持ちだった。
実力のあるパーティに運よく入れてもらい、雑用をしながら経験を積んでいた。
1つの仕事を覚えれば、次の仕事を教わり、1年経つ頃には陽動や雑魚の対応などを任され、曲がりなりにもパーティの中で戦力に数えられるようになった。
そんなトーマスに転機が訪れた。
ある魔物の群れを討伐する依頼。彼は魔物の接近をパーティに知らせる斥候を担っていた。事前に知らされていた魔物の出現ポイントに身を潜め標的が姿を見せるのを待った。
冒険者の生活に慣れ、仕事を任されるようになった、順風な時期を送っていた時に生まれた心の弛緩。人間、慣れた頃が一番油断を生みやすい。それがトーマスにもそんな瞬間が訪れてしまったのである。
睡魔に襲われたトーマスは一瞬だけ瞼を閉じたつもりだった。しかし、次に目を開けた時に見えたものは標的としていた魔物が目の前を通過する瞬間だった。
その時、トーマスは自身の失態に気付き、心臓の脈打つ音が早まり、体温は高く、脂汗が全身を伝った。
眼と鼻の先にいる魔物たちはトーマスに気付いていない。
ギリギリ残っていた理性が喉から出ようとしていた悲鳴を押し込んだ。
初めての死の恐怖。震えが止まらない半面、思考は次第に冷静になっていった。
このままでは後ろで待ち構えているパーティが危ない。
作戦としては斥候の自分が標的である魔物の動向をパーティへ連絡し、随時パーティは魔物の状況により最適な行動を選択するはずだった。
トーマスからの連絡を受けていないパーティは魔物がまだ近づいていないと思っている。
ここで自分が声を上げて情報を伝達しなければ仲間が危ない。だが、目の前にいる魔物に間違いなく気付かれるだろう。
その場合、彼は間違いなく命を落とす。
二者択一の状況に置かれ、トーマスが選んだのは息を殺して身を隠すことだった。
魔物の足音が早く去ってくれと願い、自分に気づかないでくれと神に祈った。
幾ばくかの時間が経ち、魔物の気配が消えていた。
トーマスは周囲を警戒しながら仲間の元へ向かった。そこに広がっていた光景は凄惨なものだった。
仲間は全員食い殺されていた。惨状から一方的な蹂躙だということが分かった。
彼はギルドに不慮の事故より依頼を失敗したと報告し、仲間の財産を受け取った。新米のトーマスからすれば目のくらむ大金だった。
彼のパーティメンバーは決して弱くない。
個人としてならパーティのランクよりも2ランク上の評価を受けていたリーダー。リーダーと古くからの付き合いで参謀として重宝されていたサブリーダー。その2人にスカウトされた長年ソロ活動をしていたベテラン。期待の新人と冒険者たちの中でも話題になりトーマスを可愛がってくれた先輩。
トーマスは彼らが努力を怠ることなく日々切磋琢磨していることを知っていた。彼らに倣って自分も立派な冒険者になるために頑張っていた。
きっと上に行ける。そう信じて疑わなかった。
そんな彼らがあっさりと死に、労せずトーマスの懐には大金が舞い込んできた。
希望が打ち砕かれ努力が否定された日、トーマスは悟る。
「バカバカしい」
夢、希望、努力、仲間、すべてがどうでもよくなった。
それから彼は努力を放棄した。
情報換金を専門にして得た情報を集め、自分に都合のよいように虚実を織り交ぜ、利がでかければ平気で同業者を陥れた。
情報を扱っていることが更にこの状況に拍車をかけ、闇に葬られた冒険者の数は指の数では足りなくなっている。
トーマスは昇降用の小部屋が1つ下の階に到着するとウィリアムたちの前では1度もしていない歪んだ笑みを浮かべた。
「まあ、持って1日だな」
彼を出迎えたパーティメンバーもひどく彼に似た醜悪な笑みを浮かべている。
同じ穴の狢とも出会い、トーマスの冒険者としての生活は順風満帆であった。
これまでしてきたことに罪悪感も後悔もない。
「ちょっと早いが祝賀会と行くか」
「おう」
トーマスの仲間たちは荷物を広げ始めた。
タンク役の男が背負っていたリュックから出てきたのは冒険に似つかわしくない酒瓶や日持ちのしない豪勢な食事だった。
「行には食事を持ち、帰りにはお宝を詰めて帰る。無駄が一切ないねぇリーダー」
「ふふ、リーダーも悪人ね」
「知恵が回ると言ってくれ」
今では冒険者は自分の天職だと実感している。




