14話:ぽちの涙
前回のあらすじ。
トラップによりパーティは分断された上にぽちも命令を聞かなかったのでウィリアムがおこ。
「ぽち」
努めて冷静に、感情的にならないようにしたつもりだったが、その配慮が仇となった。押さえた声は低音となり、むしろ怒りの内包を強調させてしまう。
名前を呼ばれたぽちは肩を思わずすくめた。
ウィリアムは彼女の怯えた姿を見て自分が怒気を放っていることを自覚した。
「ぽち」
「……はい」
改めて彼女の名を呼ぶと今度は返事が返ってきた。
「俺はさっき何て指示を出した?」
「……前の人を優先しろ、と言っていました」
「なら何で後ろにいた俺の方に来た!」
「……あぅ」
抑えきれなくなった感情が怒声となって表れてしまった。
その大声にぽちは目をつむり、怯える。
雷を怖がる子供のように涙を目尻に浮かべ、ウィリアムの足元に視線を逃していた。
「ご、ごめんなさい……」
「俺は理由を聞いている」
「ぽちは……ぽちはご主人様をお守りしたくて」
「個人の感情で行動したのか」
魔物の首を何の躊躇いもなく切り裂いていた勇ましい姿はなく、怒られて意気消沈した少女がそこにいた。
「前にも言っただろう。集団での行動は個よりも群を優先しろ、と。もしも、俺が死んで他の全員が生き延びるならそうするのが正解だ」
「……ご主人様が死んだらぽちの生きる意味はありません」
「俺に買われた時に言った言葉は嘘なのか?」
「うぅ……」
痛いところを突かれ、獣の耳がぺたりと垂れる。尻尾も元気をなくしていた。
「お前は『ウェアウルフにとって主の言葉は命よりも重い』と言っていたな?」
「……はい」
「あの時、お前は他にも言っていた。何て言った?」
「ウェアウルフは誇り高く、自ら認めた者以外は主と認めません。だから、主と認めた者の命令は自分の命よりも大切なものになるのです……です」
「今のお前はその言葉通りにできているのか?」
「…………」
「俺は小さくても種族の矜持を全うしようとしたお前を気に入って買ったんだぞ」
自身の認めぬ者に使役されるのなら死んだ方がましだ、というウェアウルフは自ら剣奴へ堕ちることを望む者が多かった。
堕ちたら最後、すべての敵を倒さなければ自身が命を落とすことになるのが剣奴だ。
彼ら、ウェアウルフという種族とはそういうもの達の集まりなのだ。
「お前は、自分の命よりも尊いものを一時の感情で投げ捨てるのか?」
「…………う」
ウィリアムの言葉を黙って聞いていたぽちだったが、ついに感情の防波堤が決壊した。
「うわぁぁぁぁああああ!」
静寂に包まれていた古代遺跡に大音響の泣き声がこだました。
「あああ、ああ、あああああああああああああああああん!」
一向に収まる気配のないぽちの大泣きにウィリアムはどうしたものか、と頭を掻いた。
剣奴として半生を過ごし、解放された後は酒場を開いて飲んだくれどもの相手をしてきた彼は子供の接し方というものをまるで知らなかった。
目の前で耳を塞いでも脳みそにガンガン響く鳴き声を上げる子供のなだめ方がわからず、思わず天を仰ぐ。
「何やってるんだか俺は……」
頭ごなしに怒った自身の失敗を嘆く。
そして、頭を切り替える。
街角で見る親子の光景などを思い出しながら子供のあやし方を考える。
「よしよし」
ぽちの体を抱きしめ、自分の胸で泣く彼女の頭をやさしく撫でることにした。
不器用ながらも、ぽちにその安心を与えようと考えたのがこの方法だった。
「ぅう……ひっく……うぅ……」
どうにか泣声がおさまり、嗚咽が時折聞こえるくらいには落ち着いた。
「ガキが泣いたくらいで冷静な思考ができなくなるなんて俺もまだまだってことか……」
柔らかい髪の感触を手に感じながら、自分の未熟さを憂うウィリアムであった。
「……ご主人様、もう、大丈夫です。それとごめんなさい」
顔をくしゃくしゃに泣き崩しながら、ぽちは落ち着きを取り戻した。
「お互い、反省はこれまでだ」
「はい」
最後に、ぽちの頭にぽん、と手を載せ2人は元の冒険者の表情に戻った。
「距離は最大でパトリシアと10メートルほど離れていたな」
「直線では、そこまで遠くないですね」
「ああ、だが……」
階下での距離を考えると大した距離ではないが、古代遺跡は各階で構造が変わることがよくあり、まっすぐに目的の場所に行けるとは限らない。
「とりあえず、部屋を出るぞ。俺が扉を開ける。扉の前に敵がいると思え」
「はい」
子供の泣き声はいわば警鐘。周囲の人間に自身の危険や異常事態を周知するために耳に残りやすいような構造となっている。
つまり、今の2人は敵に気付かれている可能性が大きい、ということだった。
「いくぞ……」
古代遺跡の扉の開閉はただ扉の前に立つだけでよい。
鍵がかかった部屋もあるが、2人の前の扉は解錠状態を示す緑色の印が発光していた。
「3、2、1……!」
ウィリアムが扉の前に立つと同時に扉が横にスライドした。
彼は腰を落とし、できるだけ体を屈めた。
ぽちはウィリアムの肩を足場にして、まだ開ききっていない扉から小さな体躯を滑り込ませ外へ出た。
「ふっ!」
扉の先は通路になっており、3体のハイ・オーガが殺気立った形相で徘徊していた。
ぽちの泣き声を聞きつけ、外敵の排除のために古代遺跡内を探し回っていたのだ。
「さよならです」
ハイ・オーガがぽち、ウィリアムを視認する時には既に彼女の持つ短剣が奴らの首を通り過ぎた後だった。
「ご主人様、通路は安全です」
断末魔を叫ぶことも許されなかったハイ・オーガは巨体を床に横たわらせた。




