10話:昔話④
前回のあらすじ。
絡んできたチンピラに焼きを入れたら今度は冒険者と決闘になった。
ギルドの前は大通りで様々な店が立ち並ぶ。
店以外にも楽器を弾きおひねりを受け取る者、箱に紐を通し首から掛けて菓子を売る者、見世物小屋の人間が派手な格好で宣伝していたりする。
町一番賑わいがあるところと言っても過言ではないだろう。
「新入りに50!」「パトリシアに200!」「どっちでもいいけどポロリを頼むぞ!」「あまり虐めるなよパトリシア」「その女に勝ったら奢ってやるぞ新入りィ」
ギルドの前には大勢の冒険者や野次馬が円状に集まり、円の中心ではウィリアムとパトリシアがお互いに闘志を滾らせ向き合っている。
「最後の確認だ。
君が勝てば金輪際君へちょっかいをかけるのをギルド内で禁止事項とする。
私が勝てば君が殴った冒険者に謝罪し、Cランクに上がるまで私が教導者として側につく。その間、私の指示は絶対だ。破った場合、冒険者の資格を剥奪することもありうる。資格剥奪者は何があろうとも冒険者に戻ることはできない」
「ああ、良いぜ」
この決闘、実際のところウィリアムは圧倒的に不利だ。
負ければ当然、肩身は狭くなり、冒険者としての活動がやりにくくなることは明白だ。古代都市を攻略するための仲間は集まらず、順風な冒険者生活を送ることすら危ぶまれる。
そして、勝った場合でも実力を示す、という曖昧な目標をクリアしなければ負けた時同様に周囲からは一歩遠巻きに見られてしまい古代遺跡へ挑戦する機会が遠ざかるだろう。
彼はこの決闘で高ランカーのパトリシア相手に善戦以上が求められているのだ。
「この感じ久々だ」
ウィリアムは自分にしか聞こえないように言葉を口にする。
自分の置かれている立場を忘れさせる戦いの場。
剣奴に身をやつしていた時もそうだった。
戦うときは余計なことを忘れた。
「互いに実力を見せ合う前のピリピリとしたこの感じ、現役を引退して以来だな」
自分の顔より見慣れた光景だ。
目の前にいる敵を倒す。
それだけだった。
「勝敗の付け方は先ほど言った通りギブアップか戦闘が続行できない状態に陥るかのどちらか。相手を死に貶める行為、周囲の人間に危害を加える行為は禁止する」
意識を戦いに没入させたウィリアムは何も言わなかった。
しかし、合意するように一歩前へ出たのだった。
「ああ、どうしてこんな大事に……」
ギルドの受付嬢は泣きそうな声と顔で審判として2人の間に立っていた。
「あ、あの、で、では、ギルドの規定にそ、沿って、けけ決闘を取り仕切りまっす……うう、帰りたい」
職務を気丈にも勤め上げるため、受付嬢は右手を挙げる。
「それでは……始め!」
合図とともに両者が同時に動いた。
パトリシアは身の丈ほどもある重厚な盾を正面のウィリアムに向けて構えた。
一方、ウィリアムは腰を落とし、鞭のようにしならせた腕を上から振り下ろす。地面に彼の手刀が当たるとともに土が抉れ、砂埃が盛大に立った。
「目くらましか!」
ギャラリーの誰かが声をあげた。
指摘の通り、ウィリアムの初手は目くらましだ。砂が柱となり、彼とパトリシアは直線上の視界は封じられた。
パトリシアは冷静に砂が舞っていない左右を確認する。
「ギルドで見た歩き方、今の目くらましの動作から利き腕は右。私から見て左を防御警戒、右から来た場合は迎え撃つ!」
土煙が微かに動いた。ウィリアムが攻撃に出たのだ。
「正面!?」
またもやギャラリーが驚きの声をあげた。
完全に理外行動、不意打ちにしては無謀な選択だった。
「作戦か? それともただの馬鹿か!」
「いくぞォ! オラァ!」
ウィリアムは握った拳を正面からパトリシアの構える盾のど真ん中へ迷わず叩き込んだ。
「ぐっ!?」
思わず声を漏らすパトリシア。
予想を遥かに上回る鉄拳の威力は盾に吸い込まれてもなお、パトリシアへと伝わった。
「と、飛んだ!?」
パトリシアは足の踏ん張りが効かず、相当な重量を誇る盾と鎧を装備した状態で後ろに吹き飛ばされた。
「こ、のぉおお!」
驚異の筋力と体幹によって空中で体勢を保ち、足から着地するが地面を抉りながらしばらく後退した。
ウィリアムの拳の威力がギャラリーの目と地面に刻まれることになる。
「目くらましは私を防御に誘い込む罠! 私の行動を限定的にして奴の望んだ戦況に誘導されたのか!」
盾を持っていた左腕は痺れ、無理な空中での体勢の維持と転倒を防ぐために踏ん張った足腰が反動で硬直している。
ウィリアムは攻撃の手を緩めることはしない。
「オォォォォオ!」
彼は力強くさらに一歩踏み込むと地面がひび割れた。
パトリシアは右手で持っていた迎撃用の武器から手を離し、盾を両手で持ち次なる衝撃に備えた。防御へと専念せざる負えなくなったのだ。
「ラァァァアアアア!」
獣を彷彿させる雄叫びを撒き散らしながら、ウィリアムは盾へ攻撃を繰り出す。
怒涛の連打。
とめどなく鈍い音が鳴り響き、絶え間なく攻撃が行われていることが遠くにるギャラリーにも手に取るようにわかった。
パトリシアは奥歯を噛み砕きそうになるほど噛みしめ、ウィリアムの猛攻を正面から受け続けた。傍から見た時間はほんの少しの時間だが、彼女にとっては気の遠くなるような時間。
ウィリアムが規格外の攻撃力を有していても呼吸はしている。猛攻による無呼吸状態がいつまでも続くわけはなかった。
そして、一瞬の空白がやってきた。
それは本当にささやかで、刹那的で、呼吸1つ分の短い時間だったが、パトリシアの体感からしたら時間が止まっているような瞬間だった。
「随分待ったぞ! 『ミラージュ・ムーブ』!」
それはたった1歩分移動する技。
歩くよりも滑らかに、見ている者が幻覚を見たように動くことからその名がついた技である。
「ん?」
ウィリアムの拳が虚空を突いた。
パトリシアの姿が揺らぐと、残像を伴いながら彼のほぼ真横に移動した。
「受け取れ!」
パトリシアは右手に握った銃、人の腕ほどもある銃口をウィリアムに向け引き金を絞ると内部の機構が信管を叩いた。火薬が爆ぜ、一瞬の閃光の後に弾丸が射出された。
弾丸の種類は榴弾、爆発により弾丸の破片が周囲に飛散して対象を殺傷するものだ。
至近距離で命中しウィリアムはキリモミ回転しながら地面を転がった。
残ったのは静寂。
ウィリアムの猛攻からパトリシアのカウンターまでの間、ギャラリーは息をするのも忘れて彼らの戦いに見入っていった。
「「「うぉおおおおおおおおおおおおおお!」」」
ギャラリーから地鳴りのような歓声が上がった。
強者同士の接戦に当初の目的も忘れて熱を帯びた。
「すげぇ!」
「あのチビ信じられねえ!」
「ベヒモスの突進もトロールの蹴りも耐えたパトリシアを浮かせたぞ!」
「榴弾もろに入ったぁあああ!」
「死んだか!?」




