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1話:俺は男だ!

 冒険者、己の欲望を叶えるために平然と命を天秤に載せる者。

 ダンジョン、冒険者が命を賭して足を踏み入れる未踏の地。



 そんなダンジョンの通路で冒険者たちが翡翠色の鱗を持った蜥蜴型の魔物、リザードマンの群れと戦っていた。

 リザードマンは二足歩行が可能であり、立ち上がった状態では人間と視線の高さが同等になる中型の魔物だ。

 知能も高く、魔物には珍しく武器を用いて戦闘を行う。

 常に集団で行動し、執念深い性質であるために冒険者たちからは酷く嫌われている。

 リザードマンを見かけたら近くに仲間がいると思え、というのは冒険者の中では有名な教訓である。

 冒険の最中にリザードマンの大群と戦うのは自殺行為だ。

 しかし、その常識を知ったことか、と言うようにリザードマンの群れの中心で大暴れしている冒険者がいる。



「オラァ!」



 野獣のような咆哮は魔物ではなく人間のものだ。

 素手でリザードマンの首をへし折り、リザードマンの持っていた蛮刀を奪うと別のリザードマンへと投げ、額を割った。



「うじゃうじゃと鬱陶しい!」



 その冒険者は次から次へと襲いかかってくるリザードマンを返り討ちにしていく。

 リザードマン側も1対1では分が悪いことを理解し複数で襲いかかる。



「ウィリアム!」



 身の丈ほどもある盾と重厚な鎧を身にまとったアーマーナイトと呼ばれる盾職の冒険者がリザードマンと暴れまわる冒険者の間に割り込んだ。

 盾でリザードマンの攻撃を防ぎ、超人的な膂力で成人男性大もあるリザードマン2体を押し返した。



「出過ぎだ、ウィリアム!」

「なに、ただの囮役を買って出ただけだ」



 盾を持った冒険者が叱責するとウィリアムと呼ばれた暴れる冒険者は口角を上げた。



「ほうら!」



 ウィリアムはリザードマンを片手で振り回し、即興の武器として扱う。



「相変わらず無茶苦茶な戦いだ」



 アーマーナイトはこれまで敵を武器にして振り回す人間を見たことがない。

 だが強い。

たった1つの事実が滅茶苦茶な戦闘方法を成り立たせていることに小さく笑いながら、ウィリアムの死角を補うように盾を構えるのだった。



「さあ、あたしの可愛い精霊ちゃん力を貸してくださいッス!」



 後方では、ローブを目深に被った小柄な冒険者が手に持った杖を指揮棒のようにかざすと、ビスクドールがリザードマンの群れを縫うように宙を踊る。

 これは人工精霊と呼ばれる魔術を行使するための精霊だ。



「『イフリート・ソウル』!」



 ローブの冒険者が詠唱することでビスクドール型人工聖霊の人差し指に蝋燭の火のように小さな炎が現れ揺らいだ。

 すると周囲のリザードマンたちが内側から火を吐き、炎に包まれた。焦げた臭いと断末魔が広がっていく。

 その光景を見て、ローブの冒険者は歓喜に打ちひしがれる。



「やったッス! 昨日組み込んだ新必殺技、大成功ッス! ……あれ?」



 人工精霊の魔術が止まった直後、大勢のリザードマンがなだれ込んできた。目を血走らせ、仲間の仇を取るため怨敵へ命を投げ出した特攻を決断させてしまったのだ。

 人工精霊は大きな魔術を行使した結果、術後硬直によって次の動作を行うまでにタイムラグが生じ窮地に陥った。

 ローブで隠れた顔を青くし、手に持った杖を構えるが、頼りになるものではなかった。



「あわわわわ、やば、やばいッス……!」

「下がってください」



 ローブの冒険者の前に小さな影が踊り出た。文字通り、踊るような流麗な動きでリザードマンたちの間をすり抜ける。



「半分です」



 影とすれ違ったリザードマンたちは自分がいつ攻撃されたのかも理解できないまま絶命する。

 床に伏せった死体には一様に首、胴の急所を最小限の一撃で屠られていた。



「遅いのです」



 影は縦横無尽に通路を舞う。床を、壁を、天井を足場に立体的な軌道でリザードマンたちを気づかぬうちに殺していく。

 破天荒に暴れる前衛、中衛は無音の暗殺者、後衛の魔術。

 リザードマンは瞬く間に数を減らしていった。



「おっしゃあ、これで最後だ!」



 ウィリアムがリザードマンの頭を鷲掴みにし、壁に叩きつけた。完熟した果物のように盛大に爆ぜる。



「ウィリアム、残念だがそいつは最後ではなさそうだ」

「あ?」



 パトリシアが通路の奥を指差した。



「あいつがリーダーだろう」



 通路の奥から今まで戦っていたリザードマンよりも一回り大きなリザードマンが現れた。

 顔には大きな傷があり、身体には人間から奪ったであろう革製の鎧。悠々と巨大なサーベルを担いでいる。



「よし、お前ら邪魔するなよ。タイマンだ」



 ウィリアムがパーティメンバーに指示を出すと異を唱える者はいなかった。

 単身、ウィリアムがリザードマンのボスの元まで歩を進めると遥か頭上にある2つの縦に割れた瞳孔が見下ろしていた。



「来いよ」



 指でのジェスチャーも加えながらリザードマンへ挑発を行う。

 言葉が通じなくとも意図を理解したリザードマンのリーダーは肩に置いていたサーベルをウィリアムの額へ降ろした。

 驚異的な速度で迫る刃は額に触れる前に止まる。



『ぎゃ!?』



 刹那の差でウィリアムの小さな拳が先にリザードマンの胴体へ吸い込まれていたのだ。

 胴を貫いた拳が背中から顔を出している。



『あが……ぎゃ…………あ』



 短い断末魔を残し、



「よっと」



 ウィリアムが拳を引き抜くと、支えを失ったリザードマンは地に伏せ動かなくなった。

 手についたリザードマンの体液を払いながら、ウィリアムはパーティメンバーへと振り返った。



「おう、全員無事か?」



 ウィリアムがパーティメンバーに声をかけた。



「パトリシア、問題ない」



 アーマーナイトが兜のフェイスマスクを上げる。中には整った顔立ちの女性が現れた。



「エポックも平気ッス」



 フードを下ろすとまだ幼さの残る顔を出した。そばかすの付いた頬と癖っ毛が特徴的な少女だった。



「ぽちです。大丈夫です」



 いつのまにかウィリアムの背後にしがみ付いた小さな影、エポックよりも幼い獣人の少女は小声で述べた。



「よし」



 全員の無事を確認し頷くウィリアム。

 可憐な見た目とは裏腹に唯一素手によってリザードマンを撃退したパーティのリーダーだ。

 最近女性冒険者の間で流行しているプリーツスカートを翻しながら、リザードマンの死体が散乱している通路を通り、離れたところで戦闘をしていた別の冒険者パーティの元まで歩んだ。



「お前らも大丈夫か?」



 別パーティの1人が頷いた。



「ああ、アンタら強いんだな。助太刀感謝する。お陰で助かった。まさか他に冒険者がいたとはな。俺たちは幸運だ」



 リーダーらしき中年の男がリザードマンの脅威が去ったことに安堵しウィリアムたちへ頭を下げた。



「それにしても……」



 中年の男は改めてウィリアムパーティを見て感嘆の声を漏らす。



「……アレだけ強くて全員若い娘とは驚いた」



 素直に敬意を表す中年の冒険者だがウィリアムは顔に影を落とした。



「今度、酒場で一杯奢らせてくれ……って酒が飲めなさそうな年齢だな。いや、スマン。

 いつもむさ苦しい男の冒険者としかいないから若いお嬢さんへの気の使い方がわからなくてな」



 ははは、と笑う中年冒険者だがウィリアムの様子に気づいた素振りはない。



「――――だ」

「うん?」



 ウィリアムは顔をあげ、中年冒険者の胸ぐらを掴む。ふた回り以上は背丈の違う相手を悠々と片手で持ち上げた。



「俺は男だ!」

「ええええ!?」



 ウィリアムの怒号と中年冒険者の驚愕した声が古代遺跡に木霊した。

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