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Vol.18

 一方の優太は。

 ……奈落の底に突き落とされていた。

 優太、ごめん。あたしと別れて――。

 衣に言われたその一言が優太の頭の中でずっと自動で繰返される。

「なんでだよ……なんで……?」

 部室のドアを閉めて優太はその場に頭を抱えへたり込む。

 別に優太が直接なにか衣にやらかしたわけでないから何が原因で衣がそんなことを言ったのかわかるはずもない。 

 そして周囲の想像通り、衣にはここの所ずっと不幸の手紙ならぬ脅迫状が送りつけられていることなど優太は知る由もない。

 まさに不意打ちにあった状態なのだ。

――未散はなんか聞いてるのかな。

 ふとそんなことを思いつき、優太は自分のロッカーを開けバッグから携帯電話を取り出した。

 未散の番号を発信する。

――はい?もしもし?

 未散はいつもと変わらない口調で電話に出た。

 それに安心したのか、優太は嗚咽をこみ上げる。

「未散、助けてくれよ……」

 それを言うのが精一杯だった。

 ちょっと、どうしたの、なんか言いなさいよっ?!優太っ?!と未散のいつものちょっと怒った声が聞こえてくるが、優太にはもう返事をする気力はなかった。


「ちょっと、優太っ、聞いてんのっ?!」

 ぐすぐす言っているだけで何も返ってこない優太に未散はとにかく何か喋らせようと話し続ける。

「吉岡、学校に戻るぞ」

 理はカップに残っていたコーヒーを飲み干して席を立つ。

「優太、今どこにいんの?!部室?!」

 未散も理に釣られて立ち上がった。

 かろうじて「うん」と呟く優太の声が聞こえた。

「からそっちに行くから、そこにいてね?!いったん切るよ」

 未散も電話を切りながら荷物を持ちカップに入っていたカフェオレを一気に喉に押し込んだ。。

「思ったより攻撃は早かったか……」

 眉間にしわを寄せながら理は片づけを済ませ店を出る。

 そして、未散が店を出るのを待たずに学校へと走り始めた。

 未散も理の後を追った。


 校門を出て少し歩いた頃だった。

――理と、吉岡……?

 ひとり歩いていた佳佑は、意外な組合せがこっちに向かって走ってくるのを見て立ち止まる。

「なぁ」

 お疲れ、とだけ言って横を通り過ぎようとする理を佳佑は理が持っていたカバンを引っ張って引き止めた。

「別に明日でもいいかなと思ったけど、会ったついでに。コレ」

「何だよ一体?!」

 段取りを狂わされてイライラしながら理は佳佑に差し出された封筒を乱暴に取る。

「……佳佑……おまえ、どうやってこれ……」

 中を見るのと同時に理は佳佑を見上げる。

「さっき自ら身を引き裂く思いで並木に別れを告げた小橋さんから預かった」

 だってほっとけないだろ、と佳佑は理にちょっと笑った。

「おまえにだけは知られたくなかったのに……こういうときに限ってこれだもんなぁ……」

 理は手紙に目を戻してふっ、と笑った。

「今さっき、こういう類のものの回収を吉岡に頼んでたんだよ。きっと……衣ちゃんも『あの時』と同じ目に遭うだろうって思ってたから」

 しかしすごいなこりゃ、と手紙を読んで理は苦笑する。

「ほんとはおまえのことも何とかしてやりたかったけど、あの時の俺にはそんな力はなかった……けど、今は違う。せめて並木たちだけでもなんとかしてやりたくてさ」

 理は出していた手紙を元に戻した。

「あ、ちょうどよかった。佳佑、どうせ暇だろ。ちょっと付き合え」

「はいはい。……で、俺は何をすればいいの?」

 佳佑は理に手紙を戻されながら理からの依頼を聞いてみる。

「今から並木に説教たれる予定だからさ。もしも俺と吉岡、特に吉岡はヒートアップすると思うから、収拾つかせて」

「え、あたしは大丈夫ですよ」

 理の言葉に「失礼な」と未散は頬を膨らます。

「いや、それはありえない」

 並んで歩き始めた佳佑と理は後ろをついてくる未散に振り返り声をそろえて言い返す。

「吉岡は友達思いだから、ついつい熱が入っちゃうんだよなぁ」

 佳佑は未散を見て笑った。

「まあ世話焼きすぎ、という見方もあるけどな」

 理もつられて言い、噴出した。

「もー先輩たちひどいっ!」

 未散はついムキになって年上2人相手に本気で背中を叩いた。

「まあそんなに怒るなって」

「そうそう。美人が台無しだぞ」

 先に佳佑、次に理が少し顔をしかめながらもまた未散に言葉を返した。


 そんなことを繰り返しているうちに優太がいると思われる現場に着いた。

「並木ぃ、入るぞ……うわあっ!」

 先頭を切って部室に入った理はまるで幽霊のように生気なく座っている優太を見つけどっと身を引いた。

「優太、大丈夫?!」

 しっかりして、と未散は優太の目の前に手をかざして振ってみる。

「……なあ未散、俺なんかしたのか……?」

「……優太は心当たりないの?」

「……ないよ、そんなの」

――ダメだこいつ、なんにもわかってない。なーんにも。

 ついさっきまでは可哀想にと同情していたが、今の一言で本気でわかっていない優太に未散は無性に腹が立ってくる。

「……この、あんぽんたんっ!!」

 未散は急に優太に当り散らし始めた。

「み、未散?!」

 優太は般若のような未散の顔に顔を引きつらせた。

「優太は自分が女のコたちにどんなふうに見えているのわかってなさすぎなのよ!あんたに彼女ができるってことは人気がある芸能人に彼女ができたのと同じなの!そういうのわかってないでしょ?!」

「いや、俺芸能人じゃないし」

 未散の話に全くピンとこない優太はとんちんかんな事を言い出す。

「だーかーらー!優太はココでは芸能人と同じなの、アイドルみたいなもんなの、わかる?!じゃなかったらたかが練習試合であんなに人が来るわけないでしょ、みんな優太を見に来たんじゃない、なんでわからないのよっ?!」

 なんでこんなところで1人カッカしてるんだろうさらに腹を立てながら未散は優太にずけずけ言い放った。

「……吉岡、もういいだろ、な?」

 はいはい未散ちゃん落ち着きましょうね、と理は未散を椅子に座らせた。

「並木、衣ちゃんがおまえに別れを告げた理由はコレだ」

 佳佑出して、と理は佳佑に声を掛け、佳佑は机の上に手紙の束を置いた。

「……なんですか、これ」

 優太はきょとんとし、理を見上げた。

「まあ、モテる男と付き合った代償ってヤツ?」

 見ればわかるほれ、と理は中身を優太に差し出した。

 優太は理から受け取り読み始める。

「…………」

 静かに読んではいるが、優太の手はかすかに震えていた。

 手が震えているときの優太はすでにブチ切れする一歩手前なのを知っている未散はいつナニが飛んでくるかと冷や冷やしながら優太を見ていた。

「ちっくしょう、許さねえっ!」

 優太は突然立ち上がり、読んでいた手紙をびりびりと破いた。

 そして破いたその手紙を床に叩きつけぐしぐしと踏みつけると、キッと別の手紙を睨みつけて手を出そうとした。

「並木、やめろ」

 理が冷静に優太を制するように腕を掴んだ。

「なにするんですかっ、放して下さいっ!!」

 優太は理の手を振り払おうとする。

 しかし、理は負けなかった。

 ぐっと優太の腕を握り締め「並木」と理は優太を見る。

「悔しいのはわかる、すっごいよくわかる。けど、我慢してくれ。証拠がなくなる」

「……理先輩……」

 頼む、これ以上は我慢してくれ――。

 きつくきつく優太の腕を捕らえた理の手がそう言いたげに震えていた。

 それを目にした優太には、もう理に抵抗する気はなくなっていた。

「来週生徒総会がある。そのときにこれを証拠に俺は『いじめ撲滅』っていう建前を使っておまえ達のことみんなに認めてもらう。そのためにはこの手紙をたくさん集めなきゃいけない。数が多ければ多いほど訴えに説得力が増すからな」

 だからさ、と理は優太に続ける。

「辛いだろうけど、衣ちゃんには申し訳ないんだけど、おまえ達はこのまままだ付き合っていることにしておいてくれないか。並木が何も言わなければ周りはおまえ達はまだ別れてないって思うはずだから」

 やってくれるか?と理は優太に優しく微笑んだ。

「……はい、すんません……」

 自分達のために一肌脱いでくれようとしている理に優太は鼻をすすり上げて返事した。

「おいおい泣くなよ、俺がいじめたみたいじゃんか」

 もう泣くなよぉ、と理は優太の頭をぐしぐし撫でた。

――今回は俺は何も喋らなくてよさそうだな……。

 始終黙って後ろで見守っていた佳佑は、少しほっとしながら微笑み腕を組んだ。

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