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Vol.16

 それは、付き合い出して3日目のことだった。

――痛っ……。

 上履きを取ろうとしたら、ぷすっ、と何かが衣の人差し指に刺さった。

 見てみると、人差し指には画びょうが刺さっている。

 どうやら上履きに入っていたらしい。

 だが、どう考えても「たまたま入ってた」わけではない。

「衣、おはよー」

 未散が後ろから声を掛けてきた。

 とっさに衣は指から画びょうを抜き取り左手に隠した。

「おはよー」

 そして衣はいつものように未散に挨拶した。

――まさか、優太のファンのコたち……?でも、未散以外は誰も知らないはずだし……。

 どういうことだろうと昇降口を後にしながら衣は画びょうを手のひらでころころ転がした。


 衣の「未散以外は誰も知らないはず」というのが実は大間違いだった。

 衣が言わなかったとしても、未散が黙っていたとしても、残りの1人はもう話したくて話したくべらべらと喋ってしまっていたのだ。

 ……そう。

 バカがつくほど正直者の優太は、もう嬉しくて嬉しくて友達という友達に話していた。

 そのため優太のファンのコたちの耳に入るのは時間の問題だったのだ。

 

「吉岡、ちょっと」

 バスケ部副部長の福原理ふくはらおさむが、にっ、と笑って帰ろうとする未散を呼び止める。

「……はい」

 何の用だろうと思いながら未散は理に返事する。

「お前どうせ暇だろ?ちょっと付き合え」

 理はそう言って未散の腕を取って歩き出した。

「え、あ、ちょ、ちょっと待っください!」

 有無を言わせない理に未散は足をもつれさせながらついていった。


「あのぉ……」

 なんだかわからないけれど上機嫌の理の隣で未散はぼそっと声を掛ける。

 理と学校の近くにあるコーヒーショップに入った未散は、一緒にオーダーの順番を待っていた。

 しかし生きた心地がしない。

 というのも、理は「バスケ部副部長」という肩書きのほかに「生徒会長」という看板まで背負っている有名人。

 そのため制服を着た客、つまり、同じ高校のみんなは自動ドアを開けるのと同時にびっくりして未散たちを見て振り返る。

 理由は未散が隣にいるからに他ならない。

 並んでいる間にも5人くらいから、

「彼女か?」

 と理の友達らしき人に言われると理は、

「そ。綺麗なコだろ?」

 と返して、かなり強引に未散の肩を組もうとする。

「ち、違いますっ!」

 未散はぶるぶる首を振って否定するのだが、

「1年生?いいね、初々しくて」

 と、わけのわからないコメントを残して「理、またな」と去っていった。

「理先輩、いいんですか?」

「なにが?」

「だってあたし、ただの部活の後輩じゃないですか。それなのに彼女だなんて……」

 未散はまたぼそぼそ理につぶやく。

「大丈夫、誰も本気にしちゃいないから」

「……そうですか」

「それとも何?そのほうがいい?」

 理はにっこり笑う。

「いや、け、けっこうですっ!」

 未散はまたぶるぶると首を振る。

「当たり前だバーカ!俺よりデカい上にこんなジャジャ馬なんか彼女にできるか!」

 理は未散のおでこを、ピンっ、とはじいた。

「いったーい!何するんですかっ?!」

 おでこをさすりながら未散は理を涙で睨みつける。

「吉岡さぁもう少しおとなしくなれよ、せっかく綺麗なのにもったいない。そしたら並木レベルで男にモテるのにさぁ」

 そう言いながら「はいはいごめんなさいね」と理は未散のおでこを撫でた。

「……いや、あそこまでモテるのも考えものじゃありません?」

 未散がそう言うと、店員が「大変お待たせいたしました、ご注文どうぞ」と声を掛けてきたのでメニューを見る。

「まぁいつでもいるさ、ああいう存在の男は。並木が入ってくるまでは佳佑がそうだったし」

 すみませんコレを、と理は指をさして店員に注文する。

「……佳佑先輩が?」

 メニューを見ながら未散は理に尋ねる。

「そ、我がバスケ部部長小田佳佑くんは、ああ見えてモテモテなんです」

「佳佑先輩いいですよね、癒し系で」

 じゃコレください、と未散も注文しながら理に言葉を返す。

「……『癒し系』ねえ。俺からしてみたら『ぬーぼー系』だけどな」

 あんなのただボケッとしてるだけだろ、と理は鋭く突っ込む。

「ぬ、ぬーぼーって……」

 未散も負けずに突っ込み返した。

「……ま、あれはあれでいいんだけどね、佳佑だから」

 会計を済ませた理は2人分のコーヒーカップを持って「ほら座れ」と未散を見ながら空いていた席をあごで指した。

「多分言わないと吉岡が納得しないだろうから話すけど、コレはもう学校側としては忘れたい話だから他言無用で聞いて」

 座り始めた途端、理はいつになく真面目な顔で未散を見ながらコーヒーをブラックのままで一口飲んだ。

「これはもう俺達3年生しか知らない話なんだけど……2年前、ある男子生徒の彼女がほんとにひどい目に遭ったんだよ。……そのせいで男の方は今でもその時のトラウマというかがあって、恋愛することをやめちゃったんだよね」

「……それってもしかして、佳佑先輩のことですか?」

 恐る恐る口にしながら未散はカップに砂糖を入れた。

「……なんでわかった?」

 理は驚いた顔で未散を見る。

「いや、話の流れでなんとなくそうなのかなって……」

 違ってたらすみません、と謝りながら未散はカフェオレが入ったカップにスプーンを入れてクルクル回した。

「……わかっちゃったんだったらそれそれでしょうがないからいいけどさ。……でな、俺が恐れているのは、その時の悪夢がまた蘇るんじゃないかってことなんだよね」

「……というと?」

 次に何の話が出てくるのかどきどきしながら未散はカップを口につける。

「……並木さ、彼女できただろ」

「……ごほっ……!」

 本当なら誰も知らないはずの情報を口にする理に、未散は驚いてカフェオレを飲み込んでしまいむせる。

「もう大変だよ、女子なんか大騒ぎ。俺のクラスの女子なんか俺にこう言うわけよ、『彼女の名前聞いてきて』って。『なんで?』って俺が聞いたらそいつなんて答えたと思う?『ワラ人形で呪い殺してやる』だって」

 おっそろしいだろ?と理。

「理先輩、情報源はどこですか?」

 未散はまだ少し痛む胸をさする。

「どこ、って並木本人に決まってるだろ。一昨日かな、ノックもしないであのヤロウ、ばーん!ってドア開けて俺の手を取って言うわけよ、『理先輩、聞いてくださいっ、俺彼女できたんですっ。5年間ずっと好きだったコの、彼氏になれたんですっ!』……ってまぁ喜んじゃってて。『そうかそうかよかったな』って俺は言ってやったけど……多分あの調子であっちこっちに言いふらしてんじゃないかと俺は思うんだよね」

 そこまで言うと理はいったんテーブルに置いたコーヒーの入ったカップを手にした。

――あのバカ、ナニ考えてんのよっ。

 未散は心の中で優太に文句をつける。

「吉岡、顔が怖いぞ」

 ぶっ、と理は噴出すと「しかしさぁ」と背もたれに寄りかかる。

「並木ってそういうところもバカだよな、自分の立場わかってないっていうか。あれじゃ彼女が嫌がらせに遭っちゃうよ……てよりすでに遭ってるかもしれないけど」

 俺さ、と理は姿勢を戻してコーヒーを飲んで話を続けた。

「もうあんなの2度とゴメンなんだよ、今でもあの時の佳佑のこと思い出すともう言葉じゃ言えないくらい切ないっていうか悲しすぎるっていうか」

 でな、と理はカップをテーブルに置くと未散を見た。

「吉岡に頼みがあって……もし、並木の彼女の衣ちゃんが、怖いお姉さまたちにいじめられているのを見かけたり証拠があったら俺に教えて欲しいんだよ」

「いいですけど、どうするんですか?」

 なにかするんですか?と未散はカップを持った。

「俺の政治力で未然に大悲劇を防ぐ。せめて並木だけでも助けてやらないと。……だからいいか、コレは徒会長命令だ、心して引き受けろ」

 理は大真面目な顔でそう言うとビシッ、と未散を指した。

「……かしこりました」

 未散は素直に頭を下げた。 

「……いいねえその仕草、吉岡かわいいじゃん。いつもやれよそれ」

 理は未散の頭をわしわしと撫でた。

「理先輩の前ではもう絶対やりませんっ!」

 やめてくださいっ!と理の手をペチペチ叩きながら未散は悲鳴を上げた。

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