Vol.13
「ねえねえ未散ちゃん、今日って何かあるの?」
はいどうぞ、とお茶とお饅頭を出しながら衣ママは未散に聞く。
「今日はですね……『優太が衣の未来のお婿さん候補になるかもしれない日』なんですよ」
未散はいただきますと手を合わせ湯のみ茶碗を持ち、ふーふーとお茶に息を吹きかけながらしれっと答えた。
「おばさん、優太が衣の彼氏だったらどうです?反対ですか?」
未散は衣ママに質問しながら一口お茶を飲んだ。
「まぁまぁ!そんなことになったら素敵ねぇ!」
衣ママはすでに浮かれている。
――血は争えないってまさにこのこと?
未散は衣ママにはわからないように苦笑する。
――少しはなんか喋ってるのかな、まさか2人で固まってたりしてないよね……?
未散はお饅頭の包みを開けながらなんとなく衣の部屋がある方へ顔を上げた。
下ではそんな会話をたしなんでいる間若い2人はというと。
「…………」
「…………」
未散の不安は的中していた。
衣は優太を直視できず俯いていて、優太も未散に正座させられたのはさすがに崩したがそれ以上は動けず固まっていた。
お互いに何を言ったらいいのかわからず沈黙ばかりが続く。
「……さっき」
先に口を開いたのは優太だった。
衣は声につられて顔を上げる。
「びっくりさせちゃったかもしんないけど、あれは冗談で言ってるつもりないから」
だから、と優太は続ける。
「だから、真面目に答えて。……俺は衣がすっげー好きだよ。衣は俺のこと好き……?」
優太はそう言って衣に微笑んだ。
――大丈夫。さっきおばさんは『衣は優太くんのこと大好き』って言ってたんだから。
優太は衣に言いながら必死で自分にも言い聞かせる。
だが……衣は困ったように目を伏せると下を向いてしまった。
そして黙ったまま何も答えない。
――衣頼む、『好き』って言って。いや『うん』って言ってくれるだけでいい。いやいや首を縦に振ってくれるだけでもいいよ。頼むから肯定してくれよ……。
落ち着き払って言っているつもりだが、実際の優太は必死で「お願いします、神様仏様衣様っ!」と心の中で手を合わせていた。
――言わなきゃ言わなきゃ、言えってばっ!
衣は衣で優太の「すっげー好き」の言葉と笑顔に顔がかーっとなり恥ずかしくなってしまっていた。
それでも返事はしなきゃと思ってはいるのだがどうしても口が開かない。
優太は『衣に嫌われた』って思っているからね。
かわいく泣たって優太にはわかんわよ。あいつニブいんだから――。
未散の手厳しい言葉が衣の頭の中でさっきから何度も繰り返されていた。
――どうしよう言わなきゃ……けどやっぱり言えない……恥ずかしいよ……。
だったら首を縦に振ればいいのになぜかこのときの衣にはそれが思い浮かばなかったらしい。
そのため衣は1人で「言わなきゃ」「言えないどうしよう」と赤くなったり青くなったりしていた。
――返事ないよ……どうしよう……。
だんだん優太には衣が自分の告白に困ってしまっているだけにしか見えなくなっていた。
自信も少しずつなくなっていく。
――衣の話はおばさんの勘違いなのかな……。
そう思った途端優太の顔にわずかにあった微笑が消えていた。
――そうだよ、もとはと言えば衣に謝りに来たんだよな……ただそれだけだったんだよな……『あたしに謝ってもしょうがないでしょ』って未散にムリヤリ連れて来られただけなんだよな……。
今更気がついて悲しくなった。
優太は力なく立ち上がると衣に背を向けた。
――え?どこに行っちゃうの?
服のこすれる音がして衣は顔を上げると、そこにあったのは優太が衣の部屋をを出て行こうとドアのノブに手を掛けようとしている姿だった。
「……衣」
優太はドアのノブを回しながら衣の顔を見ようともしないで話しかけた。
「……もういいよ、わかった。今日ごめんな、迷惑だったよな」
優太は努めて明るい声で謝る。
「今日俺が衣に言ったこともしたことも、全部忘れて?」
寂しそうに衣にそう言って優太はドアのノブを引いた――。