Vol.11
――出てきた出てきた。
男子バスケ部のドアをずっと開くのを待っていた未散はやっと優太を見つける。
「下痢は止まったの?」
未散はいたずらっぽく笑うと壁に寄りかかっていた背中を起こした。
「……さっき、ごめんな」
優太はバツが悪そうにして未散に謝る。
「さて、あたしに八つ当たりした理由をお聞かせ願いましょうか」
「……はい、すみません……」
ただでさえ小さいのにもっともっと小さくなって優太は歩き出した。
「わかればよろしい、行くよ」
未散はかばんで優太の背中をバシッ、と叩いた。
八つ当たりしたお詫びということで奢ってもらったソフトクリームを片手に未散はコトの一部始終について優太の口を割らせた。
――なるほどねぇ。衣じゃなかったらおとなしく優太のされるがままだっただろうけど、衣じゃそうなるよねぇ……。
思わずニヤニヤしてしまいながらも、
「そんなことしたら衣だったら逃げちゃうよ、馬鹿だなぁ」
人を選んでやんなさいよ、と笑わないように頑張って未散は優太に睨み顔を作る。
「だってさぁ」
「だって、なによ?」
――だって衣かわいかったんだもん、だからつい……なんていったらまた未散にどやされるよなぁ……。
「……いえ、なんでもありません。ごめんなさい、ハイ」
優太の方は事情を報告してからは言い訳をしようと思っても未散が上から目線で「なによ?」と睨みをきかせるので、それがおっかなくて「ごめんなさい」しか言えないままトボトボ歩く。
「だからあたしに謝ってもしょうがないでしょ……ほら行くよ」
未散は優太の腕を掴みつかつか歩き始めた。
「な、なにすんだよ、どこ行くんだよっ?!」
「決まってるでしょ、衣んち」
「ややや、ちょ、ちょっとたんま!俺心の準備できてない」
衣の家に連れて行かれるなんてたまったものではない。
優太は足に力を入れて未散を止める。
「そんなもん衣んち着くまでにしなさいよ!」
未散のほうも負けじと「歩けー!」と優太を引っ張る。
そうやって、
「たんま!」
「うるさい、歩け!」
を二人で喚き合う。
「未散、頼むから今日だけは勘弁して?」
「何言ってんの、そんなこと言ったってどうせ優太は明日になったってやんないでしょ?!」
「いやいやいや明日やる、明日やるから今日はもう帰らせてくれよ!」
「ここまで来てなに往生際悪いこと言ってんの!いい加減腹くくれ、歯を食い縛れ!」
「そんなぁ」
……ここは衣の家の前。
傍目からすると謝りに来た弟とその姉が、謝る相手の家の前でギャーギャー喧嘩しているようにしか見えない。
「頼むから今日はもう帰ろ、ね?」
優太は未散の袖を掴んで上目遣いで目をうるうるさせて訴える。
「そんな顔したって他の人には通用しても残念ながらあたしには通用しませんから」
「うわ、や、やめろぉ!」
未散は優太の両手を片手で払いながら衣の家のインターホンを押した。
「もう無理っ、もうやだっ、俺帰るっ!」
この期に及んでまだジタバタする優太の首根っこを掴んで、
「おばさーん!未散でーすっ!」
未散はドアが開くのを待った。
ほどなくして「はいはい」と中から声がしてガチャとドアが開いた。
「……なぁに?どうしたの?」
優太の情けない姿を見てつい噴出しながら、衣ママは2人を中へ通した。
お茶をすすり遠慮がちに饅頭を食べながら、優太はリビングのソファーに小さくなって座っていた。
「優太はここにいて。おばさんすみません、あたし衣の部屋に行きます」
未散はそうぴしゃりと言い残し衣の部屋に行ってしまったので、今優太は衣ママと2人きり。 ――未散のヤツぅ。
優太はチッ、と舌打ちした。
「でもあの優太くんがこんなに大きくなって、こんなにカッコよくなっちゃってねぇ」
確か最初に来たのは小学生1年か2年の時よねぇ、と夕食の準備をしながら何も知らない衣ママはウキウキと優太に声を掛ける。
「あの時は衣を送りに来てくれたのよね。あのコったら泣いてばっかりでお礼もできなかったのに、優太くんは『衣ちゃんが男の子にいじめられて泣いちゃったんで連れてきました』って学校からずーっとあのコの手を繋いでココまで歩いていてくれて。もうなんてエライの!って私感激しちゃったのよね」
――そ、そうなの?俺覚えてないや……。
衣ママには「あぁ、ハイ」と答えながらも優太はちょっと困惑する。
「その後来てくれたのはもう中学生になってからかしら?もうびっくりしたわ、衣に聞いて『え?!あの優太くん?!』って。当たり前だけど、あんなにかわいらしかったのに背も大きくなって顔も男の子になって」
「あぁ、ハイ、おかげさまで……」
こんな受け答えでいいのだろうかと思いながら、優太は衣ママに相槌を打つ。
「衣から優太くんの話はいっぱい聞いてたのよ。小学生のときは『今日も助けてくれた』とか『3年と4年はクラスがばらばらになっちゃった』とか『5年生と6年生はまた優太くんと同じクラスになった』『背が小さいのにバスケ部入って大丈夫なのかな』『優太くんが活躍して球技大会は優勝した』とか。中学生になってからは『優太くんと話せるようになった』とか『優太くんとはもう高校は同じところには行けない、バスケで私立の高校に行っちゃうんだって』『私立の高校行くの辞めてあたしと同じ高校目指して勉強頑張ってるんだよ』とか……」
もうきりがないわ、と衣ママはフフフと笑った。
「あ、優太くん、今の私の話聞かなかったことにしてね?衣は小さいときから優太くんが大好きだから優太くんに知られちゃったなんてわかったら私怒られちゃう」
衣ママはウインクして人差し指を唇に当てた。
「……そういえば今日ってどうしたの?未散ちゃんも優太くん置いて上に行っちゃうし?」
衣ママはニンジンを洗いながら優太に今更の質問をした。
「おばさん、ちょっとすんません!」
優太はちびちび飲んでいたお茶を一気に飲み干すと、すくっと立ち上がり階段を駆け上がった。
――おばさんの言ってることが本当なら、俺、明日死んじゃってもいい。
「衣っ!」
ノックもせず優太は勢いよく衣の部屋のドアをバーン!と開けた。
するとそこには、唖然として優太を見ている未散と泣きはらして顔がパンパンになっている衣がいた。