カラス
九月中旬のある日。時刻は夕方の五時。巣へ帰るための一時休憩をしていた。
電柱柱の上で一休みをする。
カァ―、カァー、仲間との位置確認の連絡だ。
今日もいつものように、ここから人間どもを見下ろす。
糞を落とされるのではないかと警戒した人間はおれの真下を避けて通る。
いい気味だ。この時ばかりは、俺たちカラスの方が優位だ。
おっと、俺が上にいると気付かずに、俺の真下を通ろうとする馬鹿な人間がいる。
生意気な人間と出会ったものだ。糞を落としていやろう。
――おらっ。
おっと、外れた。……何だコイツ。
自転車をこぐスピードが遅すぎる。
そのせいで外してしまった。歩いたほうが早いのではないか。
そう思ってしまうぐらい鈍い。制服を着ている。高校生か?
それにしても、コイツは下を向きながら自転車を漕いでいるから、俺に狙われていたことも気付いていない。
……腹が立つ。
俺は、俺たちカラスを軽蔑の目で見る人間も大嫌いだが、無視する人間も大嫌いだ。無視されると、腹が立つ。無視されると、まるで自分が存在すらしていないように感じて悲しくなる。
このとき、急に腹が立ち、その青年に向かって大きな声で「カアー」と叫んでやった。
すると、その青年は、立ち止まり、こちらを向いた。
死んだような眼をしている。
俺に軽蔑の目を向けるわけでもなく、俺を無視することもない。
ただ、不安で絶望している二重瞼でこちらを見つめる。
俺は、急に見つめられたものだから、そっぽを向いた。
その後、気が付くと青年はまたゆっくりと自転車を漕ぎ始めた。
俺は、この青年のことが気になった。
人間に興味を持つなんて、初めてのことだ。
だが、この青年の目があまりに悲しすぎた。
どうして、そんなに悲しい目をするのか。気になったのだ。
その後、俺は青年の後を付けてこの青年の家に到着した。