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Monster  作者: 如月 望深
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囚われの身の上 2

 使者が帰り、城の中は張り詰めていた緊張の糸が緩められ、平穏が戻っていた。ルーイ様に部屋に呼ばれて行くと、封筒を差し出された。

「お前に手紙だ」

「え?」

 使者が帰ったこのタイミングで渡されるということは、これはエーリッヒ殿下の使者が持ってきたということだろう。エーリッヒ殿下に手紙をもらうような覚えはない。もっとちゃんと監視しろとか、そんなお叱りでも受けるのだろうか、とビクビクして受け取った。

 封筒の表には「親愛なるリーゼへ」と書かれている。エーリッヒ殿下にそんなことを書かれるわけもなく、しかもその字は女性のものだ。見覚えがある。私はルーイ様の前だということも忘れて手紙を開けた。

「ヴェロニカ…!」

 思わず手紙の送り主の名前を呟く。

「あの使者がバイルシュミット侯爵令嬢から預かってきたそうだ」

 エーリッヒ殿下の使者が持ってきてくれたという話に、もしかしたらあの人いい人かも、あんな扱いして悪かったな、なんてことまで考えてしまう。我ながらゲンキンだ。

 ヴェロニカ・フォン・バイルシュミットは、私の友人だ。私が身分を隠して貴族の邸宅で侍女として働いていた時、身分がバレても私を庇おうとしてくれた唯一の人だ。結局、侯爵家の意向もあって私は侍女を辞めたのだけど、「リーゼは私の友人よ」と言って憚らないヴェロニカとは、その後もずっと友人として付き合ってきた。

「…あの、ルーイ様、ヴェロニカから、お茶会に誘われたのですが…」

 日付と時間を伝えて「行ってもいいでしょうか」とお伺いを立てると、ルーイ様は意外なほどあっさりと「ああ」と頷いた。

「丁度俺も王宮へ呼ばれているから、送って行ってやる」

「えっ!?」

 王子殿下に送ってもらうなど畏れ多いと慌てる私に、「その代わり、少し付き合え」とルーイ様は付け加えた。もしかして、王宮滞在中に侍女として私を連れて行ったほうが都合がいいのかも、と勝手に解釈して、「かしこまりました」と答えた。



 ルーイ様と一緒に馬車に揺られ、王宮に着いた。私にとっては二度目の王宮だ。華やかで威厳ある佇まいに緊張しつつ、先を歩くルーイ様に続く。

 当然のことながら、ルーイ様は王宮に慣れている。生まれ育った家なのだから、ここでアタフタされたほうがびっくりするのだけれど。広くて、私にとっては迷路のような王宮の、これまた廊下とは思えないほど広く、そして見事に磨き上げられた大理石の上を、何のためらいも迷いもなく歩くルーイ様は、やはり王子様なのだと改めて思ったりする。

 それなのに、その王子様が王宮に着いたというのに、誰も出迎えに来ないというのは、どうしたことだろう。ルーイ様の話から察するに、王宮に呼び出したのはエーリッヒ殿下だ。とすれば、ルーイ様はお忍びで帰ってきたわけではない。

 正式に王宮を訪れた第二王子への扱いにしては、ずいぶんじゃないだろうか。

 それに気になるのは、廊下ですれ違う使用人たちの態度だ。ある者は慌てて頭を下げ、ある者は壁の陰に隠れ、ある者は不自然に方向転換をする。彼らに共通するのは、誰も皆、ルーイ様と目を合わせようとしないことだ。

 なにそれ。メドゥーサかっての。目が合っても石になったりしないわよ!

 怒鳴りつけてやりたかったけれど、王宮の使用人たちともめごとを起こしてもいいことなんて一つもない。ルーイ様の立場が悪くなるだけだ。

 それに、前を歩くルーイ様は、表情一つ変えない。

 ルーイ様が足を止めてドアを開けた。促されて中に入る。おそらくはルーイ様の居室だ。メインルームの前に小部屋があり、通常はそこに部屋付きメイドが詰めるのだが、今は誰もいなかった。

「どうした?」

 人の目がなくなったことで、私は抑えていた感情を顔に出し、それに気付いたルーイ様が顔を覗き込んだ。

「…何なんですかっ、あの人たちは。失礼にも程があります」

 私が何に憤慨しているのかわかったらしく、ルーイ様は「ああ…」と小さく呟いた。

「あんなもの、いちいち気にするな。もう慣れている」

 “慣れている”と、この人に言わせてしまうあの仕打ちは、やはり許せないものに思えた。母君の愛情を十分に享受できなかった幼いルーイ様にとって、使用人たちのよそよそしさは、どれほど幼い傷を抉ったことだろう。

「寂しさに、慣れるなんて、できません」

 この人は、こんな空気の中、一人でずっと耐えてきたのだろうか。こんなに広い王宮で、味方もなく、一人ぼっちで。

「私は、お側にいますから」

 ルーイ様の手を両手で握って宣言した私に、少し面食らったようにルーイ様は瞠目した。それから、私が捕まえていないほうの手を私の手に重ねる。

 僅かに顔が近付いて、キスでもされるのかと一瞬身構えたけれど、すぐに顔も手も離れて、ルーイ様はメインルームのドアへと向かった。

「ヘルガ」

 メインルームのドアを開けてルーイ様が声を掛けると、中から一人のメイドが姿を見せた。優しい母親のような笑みをたたえた中年の女性だ。

「お帰りなさいませ、ルートヴィッヒ殿下。用意は出来てございます」

「ああ。リーゼ、来い」

 ルーイ様に従いメインルームに入ると、ヘルガは顔を輝かせて私の両手を掴んだ。

「まあ、なんて可愛らしいご令嬢でしょう。お噂はかねがね兄から伺っておりますわ」

「え、あの…?」

「ヘルガはロゲールの妹だ」

 戸惑う私にルーイ様が教えてくれた。

「あ、こちらこそ、お兄様にはお世話になっております」

 頭を下げると、「まあ、何と心根の美しいお嬢さんでしょう!」と何故か感激された。

「ヘルガ、早速頼む」

「はい。かしこまりました」

 と、ヘルガは私の腕を掴んだ。


「ああ、それも似合うな」

 椅子に座って私を見上げ、ルーイ様がドレスを吟味する。ヘルガに着せ替え人形よろしく何枚もドレスを着せられてはルーイ様の前に出され、ちょっと疲労困憊気味だ。

「あの…このドレスは一体…?」

「明日のお茶会用だ」

「えっ!?」

 驚く私に、ルーイ様は呆れたような視線を向ける。

「じゃあお前、何を着て行くつもりだったんだ?」

「…えっと、前に、作ったのか…それか、母のを仕立て直して…」

 お茶会に浮かれてドレスのことまで頭が回っていなかった。

「バイルシュミット侯爵家のお茶会に流行遅れのドレスなんて着て行ってみろ、いい笑い者だぞ」

 ルーイ様は盛大に溜息をついた。

 うぅ、確かにバイルシュミット家は格式高い家柄だし、社交界の花と謳われるヴェロニカのお茶会には、名門貴族の子息令嬢がこぞって集まるだろう。そんなところに貧乏丸出しの格好で出て行けば、招いてくれたヴェロニカにも迷惑が掛かる。

「お前のことだ、給金は家のことに使ってばかりで、自分のドレスなど用意できないだろ」

「それは、そうですけど…、でも、ドレスまでルーイ様にお願いするなんて…」

 ルーイ様が王宮に来るついでとはいえ、個人的なお茶会のために、王都まで一緒の馬車で送ってもらっただけでも申し訳ないというのに。

「俺の侍女が笑い者になったのでは、俺の沽券に関わる。お前はおとなしくそのドレスを着て行け」

「…はい、申し訳ありません」

 この人は王子様で、私はただの侍女なのに、その優しさに甘えてしまうことを情けなく思う。

「謝らなくていい。その分、仕事をしてもらうからな」

「はい、頑張ります!」

 力いっぱい答えた私に、ルーイ様は、少し複雑な表情を含んだ笑顔を返した。

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