囚われの身の上 1
それは、ルーイ様の何気なさを装った一言から始まった。
「今日、兄上の使者が来るからな」
城の庭の一角にあるハーブ園で、今日のお茶はどんなフレーバーにしようかと考えているところだった私は、一瞬反応が遅れた。
「はい。…え?」
つい反射で答えておきながら、訊き返す。
「午後、兄上の使者がこの城へ来るそうだ。お茶を用意してやれ」
ルーイ様は私の隣にしゃがんで、私が理解できるようにと気遣ったのだろう、ゆっくりと告げた。
ルーイ様の兄上といえば、私にルーイ様の監視を命じたエーリッヒ殿下だ。王宮とは疎遠になっているルーイ様にエーリッヒ殿下から使者が遣わされるなんて、何だか意外だ。
「心配するな、正式な使者が急に斬りかかってくることなどない」
私はよほど不安な顔をしていたのだろうか、ルーイ様は安心させるように微笑んだ。
「お茶は、ただの紅茶でいいからな」
「え?」
「フレーバーとか、手の込んだことをしなくていい」
立ち上がったルーイ様に合わせて私も立ち上がる。
「あれは、俺の特権だ」
さっさと背を向けて歩いて行ってしまうルーイ様が、きっと照れているんだろうなと思って、つい笑みが漏れる。
一緒に北の塔に行った日以降も、私たちの関係は変わっていない。城主とその侍女のままだ。ただ、時折見せるルーイ様のこういう一面が、今までと違って見えて嬉しい。
その日の午後、エーリッヒ殿下の使者がやってきた。騎士の称号を持つ貴族であるらしい。ロゲールに案内されて応接間にやってきた男をルーイ様が迎える。
身分からすれば、王子であるルーイ様は謁見の間で一段高いところから男をひざまずかせて対応してもいいところだけれど、男はエーリッヒ殿下の使者。上座にはルーイ様がつくけれど、応接テーブルの椅子を男に勧めた。使者は挨拶をしてから、勧められた椅子に腰を下ろした。
私はそこへ紅茶の乗ったワゴンを運んでいく。ルーイ様に言われたとおりにフレーバーのない紅茶を用意した。これだって上等なもので、そのままで十分に美味しいのだ。ワゴンの上で紅茶を淹れて、カップをルーイ様と使者の前に置く。
「本日お伺いしましたのは、エーリッヒ殿下からの書状をお届けするためでして」
使者はそう言って懐に手を入れた。
「その前に、それを、お預けくださいますか」
思わず使者の話を遮った。通常、侍女が主とその客人である使者との会話に口を挟むことなどないので、使者は驚いたように私を見た。けれど、私は引き下がったりしない。
だって、見えたのだ。お茶を出した時に、男の懐にそれがあるのを。
「王族に謁見する際には、帯剣は許されないはずですわね」
騎士である使者は腰に剣を差していたが、それは城に入った時点でロゲールに預けている。だが、もちろん許されないのは、腰の剣だけではない。
有無を言わさず手を差し出した私に、苦笑するようにして使者は懐剣を取り出した。
「これは、申し訳ない。幽霊城と噂されるゆえ、恐怖のあまりお守り代わりに持っていただけなのです」
使者の弁明を私は信用するつもりはなかったが、最初からルーイ様に危害を与えるつもりがあったのではないだろうとも思っている。
彼の言うとおり、“お守り”なのだろう。この城で不意に襲われた時に対抗できるようにと。だが、こちらに彼を襲うつもりなどない。それならば、剣など不要だ。ルーイ様に失礼なだけだ。王族である彼の前でそんなものを持っているなんて。
「お帰りの際にお返しいたします」
使者から剣を受け取って、私はルーイ様と使者に一礼して応接間を離れた。本当は、近くで使者を見張っていたい気分だったが、さすがに侍女がそこまでしゃしゃり出るわけにはいかない。
退室したあと、ロゲールに報告に行くと、ロゲールは「今のお二人の状況なら、仕方のないことかもしれませぬなあ」と呟いた。
「ルーイ様とエーリッヒ殿下は、そんなに仲が悪いの?」
確かに、二人の仲がいいなんて聞いたことはない。ルーイ様が王宮を出たのはエーリッヒ殿下の勧めということになっているけれど、もしかしたら、エーリッヒ殿下に追い出されたのかもしれない、なんて邪推もあるくらいだ。
「仲が悪いというわけではありませんが…」
ロゲールは言葉を濁す。
エーリッヒ殿下がルーイ様を遠ざける理由は、実は私にはよくわからない。ルーイ様は母君から好かれていないということは聞いているけれど、それだけの理由でエーリッヒ殿下までルーイ様を疎むことはないはずだ。
だって、第一王子であるエーリッヒ殿下のほうが、母君に嫌われる第二王子のルーイ様よりもずっと優位にいる。エーリッヒ殿下とルーイ様が王位継承権を争っているとかいうならともかく、そんなことはないのだ。時期王座は、王位継承権第一位のエーリッヒ殿下のものとほぼ確定している。エーリッヒ殿下に余程のことがない限り、継承権第二位のルーイ様がそれを上回ることはない。エーリッヒ殿下には、ルーイ様に同情する事情はあれ、彼を嫌う理由はないはずだ。
「ルーイ様は、王宮から疎まれているでしょう。だから、謀反を起こす可能性が高いと思われても、仕方のないことなのですよ」
「そんなこと、ルーイ様はなさらないわ!」
「ええ、もちろんですとも」
ロゲールは頷いて、「けれども、そう考える人々もいるのです」と言った。
「あるいは、そう考えさせたいと思う人々、でしょうか」
眉根を寄せる私に、ロゲールは優しく微笑む。
「リーゼロッテ様は聡明なお方です。権力争いとは、そのようなものだと、おわかりになるでしょう」
口に出すことは憚られるのか、ロゲールはそれ以上のことは言葉にしなかった。
つまりは、こういうことだ。
王族の持つ権力を、自分のものにしたいと思う輩がいるとする。彼らにとって、最も好都合なのは、王族同士が共倒れになってくれることだ。
王宮のはみ出し者の第二王子が謀反を起こし、王、王妃、第一王子を害する。ついでに彼らに与する権力者たちも片づけてくれればなお有り難い。そして、謀反人である第二王子は捕えられ、処刑される。王位を継ぐべき王族がいなくなれば、空いたポストは次の権力者のものとなる…。
この際、実際に謀反を起こしたのは第二王子であるべき必要はない。彼が謀反人であると、周りに信じ込ませられればいいわけだ。
その布石として、第一王子と第二王子は仲違いしていると噂を流しておく。そうすれば、第一王子に何かあった場合、真っ先に疑われるのは第二王子だ。
そういう背景もあるのだろう。第一王子の使者が必要以上に第二王子を警戒するのは。
使者の持っていた懐剣の意味を知り、背筋が凍る思いがした。そんなところに、ルーイ様は身を置いているなんて。
「さて、そろそろ使者様がお帰りのようですよ」
ロゲールの声に我に返った。使者の訪問理由はエーリッヒ殿下の書状を渡すことだけだから、滞在は短時間で済むのだろう。
預かった長剣と懐剣を持って、ロゲールと共に使者を見送りに行く。城の門のところまで見送り、使者に剣を差し出す。
「これをお返しいたします」
「ありがとうございます」
お礼を言って使者は長剣を腰に差し、懐剣を懐にしまった。
「ルートヴィッヒ殿下は、忠誠心の厚い良い侍女をお持ちですな」
褒め言葉なのか嫌味なのか迷ったが、一応「ありがとうございます」と答えておいた。
「紅茶も美味しかったですよ。では、侍女殿、また」
もう会わないでしょうよ、と思ったけれど、馬にまたがって颯爽と去って行く使者にわざわざ伝える必要もないので、黙って見送った。




