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Monster  作者: 如月 望深
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Morgen Licht 4

 ギュンターの調べによると、エーリッヒ殿下毒殺未遂の実行犯であるダナは、最近王宮の下働きを始めたとのことだった。夫と幼い娘がおり、その娘が大病を患っているらしい。治療には、貴族でなければ手に入らないような高価な薬が必要なのだという。貧しいダナたち夫婦にその薬を買うお金はなく、薬代のためにダナは実行犯を引き受けたのではないかというのがギュンターの推測だった。

 その予備情報を持って、私はダナの家に向かう。エーリッヒ殿下の気にしていた事情を探るためだ。

 訪れた私に身構えるダナの夫に、王宮で下働きをしており、ダナとは親しくしていたのだと説明した。もちろんそれは嘘で、私はダナとは面識がない。そして私だとばれないように、目立たない薄茶の髪のかつらをつけて、そばかすの化粧をしている。

 私を家に上げたダナの夫は、彼女は心の優しい人だ、こんなことをするはずがない、何かの間違いだとしきりに訴えた。私は、そうですよね、私もそう思います、と答えながら、彼から彼女のことを聞き出した。彼が話す彼女の人となりから想像すると、よほどの事情があったのだろうと思えた。

「あの、もしよければ、娘さんのお見舞いをしてもよろしいですか?」

 ひとしきりダナの夫の話を聞いた後、そう切り出すと、そうしてください喜ぶと思います、と仕切りの向こうのベッドへ案内してくれた。ベッドには幼い女の子が座っていた。ベッド脇の椅子を勧め、ダナの夫が娘の昼食を用意しに席を外す。

「こんにちは」と挨拶すると、「こんにちは」とはにかんだように返って来た。

「あのね、プレゼントを持って来たの」

 ダナの家に行くなら、子どもの見舞いに人形でも持って行ってやれ、と、ダナの家庭事情を知ったルーイ様が言ってくれたので、ここに来る前にうさぎのぬいぐるみを買って来たのだ。高価なものでは目立つので、街で売っている安価なものだ。

「わあ、かわいい! ありがとう!」

 目を輝かせた少女は、ベッドの薄い掛け布団の中から、ごそごそと何かを取り出した。「ほら、くまちゃん、おともだちだよ」とクマのぬいぐるみをうさぎに近付ける。

「あら、可愛い。ベッドに隠れてたの?」

「うん。このあいだ、こわいおじさんがたくさんきて、くまちゃん、こわがってたの。だから、わたし、ずっとおふとんのなかにかくしてあげてたの」

「…そう。偉かったわね」

 少女の頭を撫でる。“こわいおじさん”というのは、事件の捜査に当たった近衛兵たちだろう。捜査は彼らの職務だが、幼い少女には恐怖だったことだろう。

「このくまちゃんはね、ママがつくってくれたの。だから、わたし、ぜったいにまもるの」

 胸を張っている少女に、くまちゃんを抱っこしてもいいか尋ねる。少女はうん、と頷いてクマを私に差し出し、代わりにうさぎを受け取った。柔らかいクマの腹部に、奇妙な違和感を覚える。ガサリとした手触りと、何か硬い感触。

「…この子、少しお腹の調子が悪いみたい。様子を見てもいいかしら?」

 幸い少女が頷いてくれたので、「くまちゃん少し痛い痛いだから、見ないようにね」と少女の目からクマを隠し、ダナが使っていたであろう裁縫道具で腹部を開ける。すると、中から一枚の紙が出て来た。内容にさっと目を通し、一緒に出て来た小瓶と一緒に服の中に隠した。それから、空いた腹部に端切れを押し込み、再び縫い合わせる。

 ダナの娘に、くまちゃん痛いの治ったわよ、とぬいぐるみを返して、しばらく他愛のない話をしてから、彼女の昼食の時間になったのでダナの家を出た。


 王宮に戻った私は、ギュンターに頼みごとをしてから、お茶の準備に取り掛かった。今日はフレイバーを付けない紅茶に、帰りに買ってきたスコーンをお茶受けに用意する。さすがに今の状況で、王宮でお茶菓子を用意してもらうのは難しい。

 準備がすっかり整った頃、ドアをノックしてギュンターが入って来た。そして、彼に頼んでいた相手が現れる。

「こんにちは、エルマ。さ、座って」

 私からの突然の呼び出しに、しかもそのことづけをしたのがエーリッヒ殿下付きのギュンターであったことから、エルマは酷く驚いた様子だった。

「あなたにお礼がしたいと思っていたのよ」

 私が王宮で侍女をしている間、エルマには仕事の面倒を見てもらっていたのだ。私の言葉にエルマは「お礼を言われるようなことなど、何も」と謙遜し、第一王子妃候補になったことにお祝いを述べた。私はなるべく何でもない風にそれを受け取った。

「こんなことになってしまって…辛いけれど……でも、だからこそ、あなたへの感謝を忘れちゃいけないと思って。私がこういう立場になったのも、少なからずあなたのお陰だし、こういう時だから大げさにはできないけど、お茶くらいご馳走させて」

 第一王子妃候補となった立場は、侍女とは格段に位が上だ。つい最近まで気易く話していたエルマも、今では私に遠慮をしている。それを利用して、私は有無を言わさずエルマを椅子に座らせた。

 手ずから紅茶をカップに注ぎ、それをエルマと自分の前に置く。それから、テーブルの真ん中に置いてあった小瓶を手にする。椅子に座った時からそれが気になっていた様子のエルマは、私が持った小瓶にさりげなく視線を注いでいる。

「これは、紅茶を美味しくするための魔法の薬なの。いい香りがするわ」

 香料ではなく薬と言ったのはわざとだ。瓶の蓋を開け、エルマの紅茶に数滴たらす。そのまま蓋を閉めてテーブルに置き、自分のには入れずに紅茶を飲む。何か言いたそうなエルマの視線に気付かないふりをして、「冷めないうちにどうぞ」と紅茶を勧める。

 エルマはカップの取っ手に手を掛ける。一瞬ためらってから持ち上げ、口へと運ぶ。けれど、カップに口は付けずに止まる。

「どうしたの? 遠慮せずに、さあ、どうぞ飲んで」

 私は嘘くさいくらいの爽やかさでエルマの挙動不審ぶりを気にしない。エルマはさらにカップを口に近付けるけれど、手は小刻みに震えて、顔色はどんどん悪くなっていく。

「エルマ?」

 耐えかねたようにエルマはカップを乱暴にソーサーに戻した。ガシャン、と陶器がぶつかる音がする。

「自分が用意したのと同じ毒が入っていると思えば、飲めないのも当然か」

 低い声がして、私の背後に現れた人物に、エルマは目を見開いた。

「……ルートヴィッヒ殿下……」

 軍に追われグラウ城から身を隠した王子が、まさかこんな王宮のど真ん中にいるとは思わなかったのだろう。軍がグラウ城に着いた時、城には使用人含め誰もいなかったことはエルマも知っているはずだ。

「安心しろ、お前の部屋にあった毒は、こっちだ」

 ルーイ様がテーブルの上の瓶とよく似た小瓶をエルマに見せた。エルマは息を呑み、色を失くす。

「…そんな…まさか…っ、…だって、あの毒は、あの女に渡して、すぐに処分するようにと……」

 そこで、自分の失言に気付いたエルマが慌てて口を押さえるが、いまさら遅い。

「なるほど?」

 ルーイ様が口元を歪めると、エルマはますます青ざめた。

「これもお前のものか?」

 ルーイ様が懐から一枚の紙を出す。それは、私がダナの家から失敬してきたものだった。ダナが、娘のぬいぐるみのお腹の中に残していたものだ。

 もちろん小瓶もエルマの部屋から出て来たのではなく、ダナの家にあったのだが、エルマの言質を取るには十分な材料だった。小瓶には、半分ほど毒が残っていた。すべて使えばエーリッヒ殿下のお命は危なかったかもしれない。けれど、ダナの良心が咎めたのだろうか、使った毒の量が少なかったことが幸いしてエーリッヒ殿下はご無事だった。

「正直にすべてを話せ。さもないと…」

 沈黙するエルマに、ルーイ様はたたみかける。もはや事件への関与をエルマが否定することは不可能だろう。手紙には、この毒をエーリッヒ殿下に盛るようにと指示されている。そして、手紙はすぐに処分し、実行犯役も事を終えたら消すようにと。

 エルマは怯えたように小さく震えていた。ルーイ様の鋭い眼光は、モンスターと恐れられるほどの威力なのだ。

「…す、すべてお話しいたします。ですから、命ばかりはっ…!」

 ルーイ様は刃物を持っているのでも、脅しの言葉を口にしたのでもない。それでもエルマはルーイ様の稲妻の瞳に気圧されるように助命を請うた。

 その反応に、ルーイ様は一瞬複雑そうな表情をしたけれど、エルマには悟らせないように無表情を貫く。

「ダナを実行役に選んだのはお前か?」

「…はい」

 ダナは娘の治療費を稼ごうと必死だった。そのことを知ったエルマは、いい仕事があると持ちかけたのだという。ダナの娘の病気の薬は、貴族でなければ手に入らない。その薬の手配もしてやると約束すると、最初は渋っていたダナも承諾した。

「それは人選ミスだったな。ダナは読み書きはできないが、愚かではなかったようだ」

「……そのようですね」

 あの時、あの女の言葉など信用しなければ…とエルマは疲れたように呟いた。エルマが毒と一緒に持っていた手紙を、ダナは自分が処分するからと受け取ったのだという。エルマはダナにはどうせ読めないだろうからと安易に渡してしまったことを悔いた。

 ダナは、娘の薬のために、この企みの汚れ役を引き受けた。けれど、自分の命が危ないことも悟っていたのだろう。だから毒と手紙を、見つからないように、ああして取っていたのだ。

「さて、本題だ。この手紙は誰からのものだ?」

 再びエルマは沈黙する。

「お前は、すべて話すからと命乞いしたばかりだが?」

 青ざめたまま口を引き結ぶエルマに、ルーイ様は冷酷に言う。

「まあいい。お前が話さずとも、手紙のことを公にすれば、相手が勝手にお前のもとに来るだろう」

 それは、黒幕がエルマの命を狙いに来るはずだから、エルマを囮にすると宣言したことに他ならない。

「……お、お助けください! 何もかもお話ししますから!」

 さらに顔色を悪くしたエルマが悲鳴のように叫ぶ。けれど、ルーイ様は涼しい顔を崩さない。

「それでは足りぬな」

「…っ何でもいたしますから! お願いでございます!」

 必死に命乞いをするエルマに、ルーイ様は助命の条件を示した。

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