Morgen Licht 3
帰国したはずの隣国の公爵一行が突然訪れたことに、王宮は狼狽しているようだった。何の先触れもない訪問など、通常はあり得ないからだ。けれど、相手は王の名代をも任されるブラシェールの実力者。ブレーデン視察の後、どうしても王太子殿下にお話しなければならないことがありまして、こうして訪れた次第です。と、にこやかに告げられれば、門前払いというわけにもいかない。
控えの間で待っていたエクレール公爵の前に姿を現したのは、エーリッヒ殿下の侍従ギュンターだった。
「お待たせして申し訳ありません。王太子殿下は、現在所用にて王宮を離れておりますが、差し支えなければ、わたくしがお伺いさせていただきます」
一国を代表する相手に対して、王太子の侍従という立場の者が話を聞くというのは、少々無理がある対応だった。だけど、おそらく、右往左往する王宮の人たちに、自分が何とかするからとギュンターはこの役を引き受けたのだろう。
「エーリッヒ殿下への内密なお話しだったのですが…」
というエクレール公爵の反応に、それもそうだろうと王宮の人々は顔を見合わせた。
「ですが、エーリッヒ殿下の信頼厚いあなたになら、お話ししてもいいかもしれません」
そう言わせたのは、日ごろのギュンターの仕事ぶりの賜物だったのだろう。ギュンターがエクレール公爵一行をエーリッヒ殿下の居室近くに招き入れ、人払いをしても、誰も文句を言わなかった。
「エクレール公爵様、この度は、ありがとうございました」
ギュンターが深く礼をすると、ソファに座ったエクレール公爵は鷹揚に手を振った。
「いえ、構いませんよ。謝礼は後ほど、彼らからいただくことになっています」
ちらりとエクレール公爵の視線を受け、彼の警護の一人が前に出る。深くかぶっていた騎士帽を取ると、濃い茶色の髪が額に落ちかかり、その下には、青に金色の光が走る瞳が現れた。
それから、エクレール公爵の側に侍女として控えていた私も、薄茶色の髪のかつらを取って、顔を上げる。
「二人とも、無事で何よりだ」
私たちを見て、安堵したように微笑んだギュンターの後ろから声がした。張りのある声は、おそらく、ルーイ様が最も聞きたかったはずの声。
「兄上! ご無事でしたか!?」
目を瞠り、騎士帽を胸にあてたルーイ様は、頭を垂れて、王太子殿下への礼節を表すとともに、その元気なお姿に神へ感謝しておられるように見えた。
「心配を掛けた。私は無事だ。含まれていた毒が少なかったようで、命に別条はない」
毒の量が少なく、エーリッヒ殿下が幼い頃から毒に慣らされた体であったことから、解毒の後にすぐ体調が戻ったということだった。
「お元気なお姿を見られて、安心いたしました」
「エクレール公爵、この度は便宜を図ってもらい、感謝しています」
声を掛けたエクレール公爵にお礼を言って、エーリッヒ殿下は私たちの前のソファに座った。そして、ルーイ様と私にも席を勧める。
「帰国したはずのエクレール公爵がお前たちを連れてくるとギュンターに聞いて驚いた」
「申し訳ありません。他に、王宮に来る手立てが見つからなかったものですから」
ルーイ様が謝ると、エーリッヒ殿下は片手を上げて、よい、と示した。
「だが、無事で本当によかった。奴らが軍を動かすと聞いた時には、肝が冷えたものだ。しかし、毒に倒れて意識不明のはずの私が表立って動くことはできない。そこで、ギュンターに状況をリーゼロッテに伝えてもらったわけだが、案の定、なかなかの行動派だな」
最後の言葉は私に向けて発せられたので、「恐れ入ります」と頭を下げる。
「無事なのにそれを伏せ、こんな面倒なことをしたのには、無論、訳がある」
エーリッヒ殿下は私たちの顔を見回し、口元に笑みを乗せた。
「相手は、今が王家を叩く好機と思っているだろうが、こちらもチャンスにさせてもらう。私とルートヴィッヒが無事な今、国に仇為す反逆者は向こうのほうだ」
相手への報復を誓うエーリッヒ殿下へ、一緒に話を聞いていたエクレール公爵が言った。
「力強いお言葉に感激いたしましたが、私の前で話してしまってよろしいのですか?」
現在ナハトシュタインで起こっていることは、反乱や内紛の類のもので、他国にしてみれば、つけいる隙がある状態だ。
「エクレール公爵のことは、ルートヴィッヒが助けを求めたくらいです、信用しています」
助けを求めたということは、イコール信用しているとエーリッヒ殿下は受け取ったのだろう。それについては、ルーイ様は何か言いたそうだったが、結局言葉にはしなかった。
それから、ルーイ様と私、そしてエクレール公爵は、エーリッヒ殿下とギュンターから事件のあらましを聞いた。エクレール公爵には、エーリッヒ殿下が一度退室を促したものの、「こうして巻き込まれたわけですし、こうなっては、私も関係者の一人でしょう? 下手に蚊帳の外に置くよりは、取りこんでしまったほうが良いと思いませんか? せっかく信用していただいているようですし」というエクレール公爵の言葉に、同席を許すしかなかった。
「それで、犯人は?」
エーリッヒ殿下のお茶に毒を仕込んだ人物は、既に捕まっているという。
「ダナという下働きの女です」
「指示したのは?」
ただの下働きの女が王太子毒殺を単独で行うことはまずないから、ルーイ様の問いは当然のものと言える。けれど、ギュンターは力なく首を横に振った。
「捕まった直後に死亡したので、何も手掛かりはありません」
取り調べ中の事故ということで処理されたが、口を割る前に、口封じに殺されたのだろうというのがギュンターの見解だった。ただ、ダナの所持品に、ルーイ様の紋章のついたペンがあったことから、ルーイ様との繋がりを疑われ、ルーイ様犯人説が強硬に説かれたのだという。
「なるほど…」
紋章入りのペンなど、ルーイ様でなくても作るのは可能だ。あるいは、王宮のルーイ様の居室から持ち出すことだって可能かもしれない。
「これは私の個人的な印象でしかないが、ダナは、そんなことをするような女には見えなかった。何か事情があるんじゃないだろうか」
直接話したことがあるわけじゃないから、あくまで印象だけどね、とエーリッヒ殿下が付け加える。王宮の下働きまで把握しているなんて驚きだけど、エーリッヒ殿下ならあり得るかもしれない、と思ってしまう。そして、エーリッヒ殿下がそう言うのなら、ダナという女性は、簡単に人に毒を盛るような人ではないのかもしれない。
「その事情については、私が調べてみてもよろしいですか?」
私が挙手すると、みんなの視線が集まった。
「私なら、顔もお化粧でごまかせるし、変装しやすいので、動きやすいと思うんです」
女が出しゃばるなと言われるかとも思ったが、エーリッヒ殿下から返って来たのは首肯だった。
「そうだね、それについては、リーゼロッテに任せることにしよう」
ありがとうございます、と頭を下げて、それも当然だと気が付いた。意識不明のはずの第一王子、行方不明のはずの第二王子、そして第一王子の側を離れられないはずの第一王子付き侍従。自由になるのは、私だけだ。(エクレール公爵は自国の人ではないので除外。)
本格的な動きは明日からということになり、私たちは部屋を与えられて、休むようにとエーリッヒ殿下にお心遣いをいただいた。私はエクレール公爵の侍女ということになっているので、再び変装をしてエクレール公爵と共に彼の部屋へ行き、そこから自室へ向かうことになっている。
「エクレール公爵様、無理なお願いを言って、こんなことに巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。でも、本当に感謝しています。ありがとうございます」
部屋に戻る前、私は改めてお礼を言った。
「だから、セディと呼んでと言っているのに」
呆れたようにエクレール公爵が笑う。
「君たちが突然訪ねて来た時には驚いたけど、君の役に立てて嬉しく思うよ」
「セディ様…」
突然押し掛けた私たちを、当然警備の騎士たちは訝しんだ。エクレール公爵様に会わせてほしいとなどと無礼な街娘と彼らは思ったのだろう。「エクレール公爵に火急の用がある。至急面会を求める旨を伝えよ」と、王子様の威厳たっぷりにルーイ様が命じなければ、門前払いをくらっていただろう。堂々としたルーイ様の態度と、命令し慣れた口調、それから、夜の稲妻のような瞳に気圧されて、騎士の一人が弾かれたようにエクレール公爵へ確認に行ってくれた。
中へ通された私たちに、エクレール公爵は何事かがあったのだとすぐに悟ってくれ、私たちの無茶なお願いを聞き入れてくれたのだ。
「それに、リーゼ。あの約束、忘れないでね」
「……はい。必ず、ルートヴィッヒ殿下も私も、ブラシェールに参ります」
それは、お願いへの交換条件としてルーイ様が出したものだった。他国の公爵に、ただ借りを作るわけにはいかないと。




