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Monster  作者: 如月 望深
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Morgen Licht 2

 街中を馬で全力疾走などしては逆に目立つので、私たちは速足で馬を走らせていた。これからのことなど、何も考えずに来てしまったから、どうしようかと途方に暮れかけ、それから、名案を思いつく。

 路地裏に入り、馬を降りた私に倣って、ルーイ様も馬を降りた。

「リーゼ…」

 不安げに私を呼ぶルーイ様に、私は笑顔を向ける。

「ここは、以前お話した、私が働かせてもらっていた食堂です」

 私の話に度々出てくる食堂を見遣って、ああ、ここが…とルーイ様は呟いた。

「いいですか。今からルーイ様は下級貴族のご子息です。お屋敷に奉公にきていた街娘の私と駆け落ちの最中です」

「は…?」

 突然の説明に戸惑ったようにルーイ様は眉を顰めた。

「あ、眼はあまり見られないようにしてください。今の設定、忘れないでくださいね」

 そう言い置いて、私は小さな食堂のドアをノックした。この時間なら昼食時と夕食時の間なので、食堂は準備中だけど、中には休憩しているおかみさんとご主人がいるはずだ。

「誰だい? まだ準備中…」

 ドアを開けながら言いかけて、おかみさんは私の顔を見ると、破顔した。

「リーゼじゃないか! 元気だったかい? どうしたんだい、突然?」

「ご無沙汰してます、おかみさん。実は、折りいってお願いがありまして…」

 ルーイ様の侍女としてお仕えすることになり、辞めてしまってから一度も顔を出していなかった私の唐突な訪問にも、おかみさん夫婦は嫌な顔一つせずに歓迎してくれた。

「実は、このお店を辞めたのは、さるお屋敷へ奉公することが決まったからなんですが、この方はそのお屋敷のご子息なんです」

 私がルーイ様を紹介しても、人の好い彼らは何の疑いもなく信じてくれた。

「私たち、事情があって、お屋敷にはしばらく戻れないんです。それで、あの、ご迷惑を承知でお願いしますが、一晩、泊めていただけないでしょうか? もちろん、宿代はお支払いします」

 この食堂は、旅人のために簡素な宿を用意している。今日はもう日暮れも近く、下手に動かないほうがいいので、身を隠す場所が欲しかった。まさか一国の王子がこんな安宿にいるとは誰も思わないだろうから、これほど好都合な場所はない。しかも、モルゲンリヒト伯爵令嬢がここで働いていたことを知る者などいない。

 私の説明で、何を言わんとしているのか察したおかみさんは、宿を貸すのはかまわないけれど…と気遣わしげに私たちを見た。

「…わたしは、時間が掛かっても、両親を説得するつもりです。ですが、今は時間が必要なんです」

 私が説明した設定を理解してくれたらしいルーイ様が話を合わせてくれた。身分高い相手にそう言われて、おかみさんたちは、こんな安宿でよければ、いつまでだっていてくださいと言ってくれた。

「リーゼ、苦労も多いだろうが、頑張るんだよ」

 おかみさんに励まされて、自分で作った設定のくせに気恥しくもなったけれど、心から私を心配し応援してくれる彼らに感謝した。


 用意された部屋に入ると、ルーイ様がぽつりと言った。

「お前はここで、大事にされていたんだな」

「そうですよ。おかみさんもご主人もとても親切にしてくださいました」

 まるでルーイ様におかみさんたちを褒められたようで嬉しくて、私は胸を張った。

「話を聞いている時から、可愛がられていたんだろうとは思っていた。だが、今日会ってみてわかった。お前は、本当の娘のように、大切にされているんだな」

 小さなベッドの端に座って、私を見上げるルーイ様の瞳は、どこか寂しそうな色をしていた。

「それを、俺が引き離した」

「ルーイ様…?」

 似合わない小さなベッドにいるルーイ様は、いつもの王子様ではなくて、ただの男の子のようだ。

「俺の侍女になどならなければ、こんなことに巻き込まれることもなく、ここで幸せにあの者たちに囲まれて過ごせたかもしれないのに」

「それは違います」

 私はルーイ様の前に立って断言した。

「ここでのお仕事は楽しかったし幸せでしたけど、それ以上の幸せを教えてくださったのはルーイ様です。私に最上の幸せをくださるのは、ルーイ様です」

 私を見上げるルーイ様の稲妻の瞳が、ふっと優しい光を灯した。

「リーゼ」

 ルーイ様の手が伸びて私の腰を引き寄せた。そのままふわりと膝に抱え上げられる。目の前に現れたルーイ様の瞳がさらに近付いて、目を閉じようとしたその時、

「リーゼ~! 久しぶりに来てくれたっていうのに、留守だったなんて、私って何て間が悪いのかしら」

 という懐かしい声と共に、おかみさんたちの一人娘がドアを開けた。

「……邪魔して悪かったわ」

 それだけ言い残して、彼女は勢いよくドアを閉めた。

 その空気にいたたまれなくて彼女を追いかけてドアの外に出ると、廊下で彼女がうずくまっていた。私に気付くと、「自分の間の悪さにびっくりしたわ」と笑った。

「母さんから事情を聞いて、身分違いの恋だなんて、苦労するだけだからやめておきなさいって言おうと思ってたのよ。でも、すごく愛されてるのがわかったから、何も言えなくなっちゃった」

 私は彼女の前に座り、「ありがとう」と返した。彼女が私を大切に思ってくれているのはわかっている。

 市井の人たちは、こんな風に相手を思いやって生きることを簡単にやってのけるのに、どうして身分が高くなればなるほど、互いを思いやり大切にすることが難しくなってしまうのだろう。



 翌朝、出立する私たちを、おかみさん一家が見送ってくれた。

「本当に、大丈夫かい? うちならいつまでいてくれたっていいんだよ」

「いえ、やらなければいけないことがありますから」

 心配するおかみさんに笑顔で答える。

「リーゼ、無理するなよ」

「はい」

 気遣ってくれるご主人に頷く。

「リーゼ、絶対玉の輿に乗ってね。こんな素敵な人、逃しちゃだめよ」

 私の両手を握って言うおかみさんたちの一人娘に苦笑を返す。

「幸せになってね」

「ありがとう」

 温かな声に背を押されて、私たちは食堂を後にした。

 やがて、行き先を告げずに馬を走らせる私に、ルーイ様は焦れたように声を掛けた。

「一体どこへ向かっているんだ? 助けてくれる心当たりって…」

「エクレール公爵様です」

 一瞬、ルーイ様のまとう温度が下がったような気がしたけれど、気にしないことにする。

「公爵様は、帰国なさる前に、商業都市のブレーデンを視察されるとおっしゃっていました。行程からすると、今日にはいったん王都に戻ってらっしゃいます」

「……どうしてエクレール公爵に?」

「エクレール公爵様に王宮に連れて行ってもらいましょう。あの方と一緒なら、王宮に入れるはずです」

 エクレール公爵なら、他国の賓客ということで、無下にはできないし、供の者たちもそれほど厳しく調べられないから、一行に紛れ込めれば王宮へ入れるだろう。

「今、助けを求められるのは、エクレール公爵くらいしかいません。きっと助けてくれると思います」

 何といっても、彼はルーイ様を弟だと思っている。私たちが頼み込めば、それを嫌とは言わないくらいにはいい人だと思う。くえない人だけど、そういう優しさは持ち合わせているはずだ。

 ルーイ様は、私の言葉に複雑そうな表情をした。けれど、王宮へ行こうと言い出したのは自分なので、仕方がないという気持ちもあるようだ。

 昨夜、今後の対策を練った時に、ルーイ様は身を隠すなら王宮だとおっしゃった。このまま二人で逃亡するのはおそらく不可能だろう。ならば、王宮へ行ったほうが敵をあざむきやすい、と。まさか相手は王宮にルーイ様が隠れているとは思わないだろうし、王宮のほうが相手の情報も掴みやすい。それに、王宮にいるギュンターが味方してくれるなら、彼とも連絡を取りたかった。だから私は王宮行きに頷き、助けてくれる心当たりがあるから、朝のうちにその人のところへ行きましょうと提案したのだった。

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