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Monster  作者: 如月 望深
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嵐の夜 5

 エクレール公爵は私の心に嵐を残して王宮を去って行った。

 知りたくなかった。あんなこと。ルーイ様を苦しめるだけの事実。それが明るみに出る前に、ルーイ様はこの国を出たほうがいいのかもしれない。でもブラシェールへ行っても、ルーイ様を救うことはできない。

どうにもならない現実や迷いが、私に身動きを取らせなくしていた。

 それに、エーリッヒ殿下のこともある。まだ私は彼がどうして急に妃候補などと言い出したのかを聞いていないのだ。多忙を理由に面会を断られてばかりで、挙句には、他の妃候補との公平性から、いつまでも王宮に留まるのは良くないから実家へ戻るようにと言われた。

 窓に打ち付ける激しい雨音に、椅子から立ち上がって窓辺に寄る。幸い、この嵐のお陰で実家に帰るのは明日になった。だから、理由を問い質すなら、今日が最後のチャンスだ。これを逃せば、エーリッヒ殿下と話せる機会はしばらくないだろう。

 私は、エーリッヒ殿下の公務が一段落する夜を待って、勇気を振り絞って彼の部屋を訪ねた。私を迎えたギュンターが、黙って通してくれた。

 机に向かっていたエーリッヒ殿下は書類から顔を上げて私の姿を認めると、その後ろのギュンターに物言いたげに視線を投げかけた。けれど、溜息一つでそれを流し、私に席を勧めた。それに従ってソファに座る。

「エーリッヒ殿下のお考えをお聞きしたくて参りました。妃候補の件、身に余る光栄ですが、選ばれる理由がわかりません」

 私には、エクレール公爵のように遠回しに話をする技術などはないので、単刀直入に本題に入る。

「他国の姫と、公侯伯爵家から、平等に選んだつもりだけどね」

「通常、妃候補は3人ではありませんか? 私は付け加えられたように思うのですが?」

「候補の数は決まっていないよ。最近は3人が多かったというだけで」

 表面上の話では埒が明かない。

「では、数ある伯爵家の中から、私を選んだ理由をお聞かせください」

 王太子である第一王子の結婚相手は、政治的な意味合いも強い。何の力も持たない貧乏伯爵家と結婚するメリットは皆無だ。

「…君を守りたいから」

「殿下が私を守ってくださる理由がわかりません」

 エーリッヒ殿下の言葉は、甘いけれど、口調は少しもそれを感じさせない。立ち上がったエーリッヒ殿下は、ソファの私の隣に腰を下ろした。エーリッヒ殿下の指が私の顎を持ち上げる。身を引こうとするが、私の肩を掴んだエーリッヒ殿下の手がそれを許さない。

「ルートヴィッヒのキスは情熱的だった?」

「……っ!?」

 思わずエーリッヒ殿下を突き飛ばして距離を取る。

「私が気付いていないとでも思っていた?」

 二、三歩後ずさりをしてエーリッヒ殿下の様子を窺う。エーリッヒ殿下の命でルーイ様の侍女となってグラウ城に送られたはずの私が、ルーイ様に心を奪われたことは、エーリッヒ殿下への裏切りになるのかもしれない。そんな不安がよぎる。

「私は怒っているわけじゃないよ。君にそれを禁じたこともないしね」

 意外にも、エーリッヒ殿下の声音は優しかった。

「でも、君は少し危機感がなさすぎる」

 前にも似たようなことを言われた気がする。『君は少し、無防備すぎるな』そう言われたのは、王宮にお茶に呼ばれた時だ。

「知っての通り、ルートヴィッヒと王宮との関係は、あまり芳しいものじゃない。孤立したルートヴィッヒを操るのは、それほど難しいことじゃない。君のような協力者がいれば、なおさら」

 何を言っているのかと眉間にしわが寄る。

「私は、ルーイ様を陥れるようなことに協力なんてしません」

 ルーイ様の立場が危ういことは、ロゲールやヴェロニカから聞いて理解しているつもりだ。ルーイ様は何もおっしゃらないけれど、自分の立場がわかっているからこそ、王宮を離れて一人ひっそりと暮らしていらっしゃるのだ。

「君は人を疑うことを知らない。だから不用意だと言うんだ」

 小さな子を諌めるように、エーリッヒ殿下は優しい口調で言う。

「エルマや君に王宮で声を掛けた男が、ケンプフェルト公爵縁の者だと知っているかい?」

「ケンプフェルト公爵様…?」

「ギュンターから聞いたが、グラウ城にもケンプフェルト公爵縁の商人が訪れたそうだね」

「はい。でも、それは、宝石を売りに…」

「武器の購入のために呼んだと噂されたら、たぶん疑いの目を向けられるのは、ルートヴィッヒだろうね」

 ルーイ様が武器を買う。──それが何を示すのか、鈍い人でもわかる。

「ルートヴィッヒが実際にどうしたかではなく、外堀を埋めることで、彼をそう仕立てることは可能なんだよ。そして、君はその駒としてはうってつけだ」

「駒…?」

「ルートヴィッヒが唯一側に置くお気に入りの侍女。これ以上ない利用価値だ」

 エルマやあのナンパ男は、私を駒として利用するために近付いた? ルーイ様を陥れるために…?

「ケンプフェルト公爵様が、ルーイ様を陥れようとしているということですか?」

「私はそう読んでいる。王族が共倒れになれば、一番得をするのは彼だろうからね」

 ケンプフェルト公爵は国王陛下の兄上だけど、王族の直系子孫は王妃様で、王位継承権はケンプフェルト公爵にはない。けれど、王位継承権はエーリッヒ殿下、ルーイ様に次いで、ケンプフェルト公爵の嫡子が第三位だ。

「私も責任を感じているんだよ。君を巻き込んだのは私だからね。だから、私の妃候補とすることで、君を守ろうと思った」

 第一王子の妃候補に下手に手出しをしたら、危ないのは自分だ。私の立場は、ルーイ様の侍女でいるよりもずっと安全になる。

 だけど、それじゃあ、ルーイ様はまた一人になってしまう。

「エーリッヒ殿下のお心遣いは有り難く思います。でも、私はルーイ様のお力になりたいんです」

 そのために必要なのは、第一王子の妃候補ではなくて、ルーイ様の侍女という立場だ。

「自分の身は自分で守ります。ルーイ様やエーリッヒ殿下にご迷惑を掛けるような誘いには乗らないと誓います。ですから、今すぐ私を候補から外してください。お願いします」

 それだけ言うと、私は頭を下げてエーリッヒ殿下の部屋を出た。エーリッヒ殿下がこれからどうするかなんて知らない。だけど、今私がすべきことは一つだ。

 この嵐で足止めをくって王宮に留まっているルーイ様の部屋のドアをノックする。ヘルガは既に辞しているらしく、ルーイ様自らが応対に出た。

「私です、リーゼです、ルーイ様。お願いです、入れてください」

 私の切羽詰まった懇願に、ルーイ様はドアを開けてくれた。

「ルーイ様…!」

 ドアが閉まるのと、私が彼に抱きつくのは同時だった。

「私はルーイ様が好きです。誰が何と言おうと、ルーイ様だけをお慕いしています」

 この人が、どこの誰でも。どんな親を持っていようとも。どんな境遇にあろうとも。私はこの人の側にいて、この人の支えになりたい。心を許せる場所でありたい。

「リーゼ…?」

 戸惑った声とともに向けられる瞳は、金色の光が揺れて不安そうにも見える。背伸びをして、唇を押しつける。やがて、私のキスに応えたルーイ様が深く唇を重ねる。

「第一王子の妃候補だからって、何だって言うんです? 奪ってください、そんな立場から、私を」

「……お前は、命知らずだな」

 金色の光を放つ瞳が私を見つめて、微笑んだ。

 静かな部屋には、外の強い雨や風、雷の音が激しく聞こえる。けれど、ルーイ様の胸に包まれた私は、恐怖など何も感じなかった。

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