嵐の夜 4
結局、昨夜は侍女部屋から先はルーイ様に入れてもらえずに、すぐに追い返された。もうただの侍女ではない、第一王子の妃候補なのだからと。今日になっても、ルーイ様は侍女としての仕事をさせてくれようとはしない。今はヘルガがルーイ様付きになっている。
侍女として王宮に来たはずなのに、仕事を奪われ、私はすることもなくて暇を持て余していた。相変わらず、多忙なエーリッヒ殿下にはお会いできないし。
そんな折、エクレール公爵が訪ねて来た。先日助けてもらったお礼を改めて言うと、それは気にしなくていいと微笑んだ。
「リーゼに頼みたいことがあるんです」
「私に?」
エクレール公爵には助けられた借りもあるので、話を聞いてみることにした。
「王妃様にお会いするのに、一緒に行っていただけませんか?」
聞いて後悔した。何故そんなことを私に頼むのか? 私には王妃様へのつてなどない。顔を合わせたことも言葉を交わしたこともない。王族同士の付き合いに巻き込まないで欲しい。緊張するから。
それに、王妃様は、我が子を忌み嫌って疎んだ、ルーイ様の母君だ。
「どうしても王妃様にお会いして話したいことがあるんですが、男は王妃様と二人で会えません。ですから、リーゼに側にいて欲しいんです」
「……それは、他の人に聞かれては困る話ということ…?」
彼が王妃様に何を言うつもりなのか、察しがついた。それなら、私を伴にというのもわかる。このことを知っているのは、彼と私だけなのだから。王妃様以外に。──もしそれが本当なら。
隣国ブラシェール国王の甥でもあり、重臣でもあるエクレール公爵の訪問を受けて、王妃様は部屋に招き入れた。初めて近くで見る王妃様は、ルーイ様に面差しが似ていた。
「ブラシェール国王の弟、ベルナール・デクレールが子息、セドリック・デクレールにございます。お会いできて光栄です、王妃様」
淀みなく自己紹介すると、エクレール公爵は優雅に礼をした。王妃様はそれを注視している。その様子に違和感を抱く。エクレール公爵は見目麗しい貴公子とはいえ、王妃様はこのような挨拶など慣れているはずだから、流してもいいくらいだ。
「本日お目通りを願いましたのは、王妃様に内々にお話があるからにございます。そのために、エーリッヒ殿下妃候補であられるモルゲンリヒト伯爵令嬢リーゼロッテ様にご同席を頼みました。彼女は信頼のおける友人です」
暗に人払いを要求するエクレール公爵に警戒しつつも、王妃様は承諾した。エクレール公爵にお茶の席を勧めて侍女たちを退席させる。紅茶は、侍女の代わりに私が入れた。
「それで、お話とおっしゃるのは?」
美しいお顔に警戒の色を忍ばせながら、けれどもそれを悟られないように微笑みを浮かべて王妃様はエクレール公爵に話を促した。
「私の父は放浪画家でしてね、若かりし頃、ナハトシュタインを訪れたことがあるそうなのです」
「そうですか。その折の我が国の印象が良いものだといいのですけれど」
「ええ。父は素晴らしい国だと申しておりましたよ。豊かな森に育まれた自然と、素晴らしい芸術、そして美しい女性にあふれた国だと」
「まあ、それは良かったこと。けれど、どうしてわたくしにお父様のお話を?」
エクレール公爵はゆったりと王妃様に微笑みかけた。
「私を見た時、王妃様は驚きになりませんでしたか? かの放浪画家と瓜二つだと」
膝の上に置いた王妃様の手に力が込められる。
「私は、髪の色も眼の色も母譲りなのですが、顔立ちは父に瓜二つだと言われています」
「そうなのですか…」
王妃様が動揺しているのは見て取れたが、彼女はあくまで知らぬふりを通すつもりらしい。エクレール公爵もそれについては何も言わない。
「ところで、ルートヴィッヒ殿下のことですが」
唐突に話題を変えたエクレール公爵に、王妃様は明らかに警戒の色を濃くした。
「ルートヴィッヒがどうかしまして?」
けれど、優雅な動作で紅茶を召し上がる。
「ルートヴィッヒ殿下を拝見した時、私は彼にある人の面影を見出しました。濃い茶色の髪、それに、深い青い瞳に、私と同じ金色の虹彩」
紅茶のカップを置いた王妃様がエクレール公爵を見つめる。
「私の父です」
エクレール公爵の話は、脈絡がないようでいて、結論は一つだ。
「…おかしなことをおっしゃるのね。どうしてルートヴィッヒがあなたのお父様に似ているなんて思うのかしら?」
「王妃様は、何故だとお思いになりますか?」
紫紺の瞳の金色の光に捕えられて、王妃様の表情は凍りついた。
「私はルートヴィッヒ殿下に初めてお会いした時、こう言ってはおこがましいですが、何故だか兄弟に会ったような気がしたのですよ」
エクレール公爵は、紳士的な笑みを浮かべて話していると言うのに、王妃様の顔には、もはやぎこちない笑みも貼り付けられていない。
「……まあ、それは、嬉しいことをおっしゃってくださるわ」
やがて、王妃様はなんとか立て直したようだ。
「我が国でも噂に高いエクレール公爵様に兄弟のように思っていただけるなんて、ルートヴィッヒも喜びましょう」
貴婦人らしく扇で顔を隠す王妃様の表情が硬いことは、横から見ている私にはよくわかった。でも、これだけ動揺をしていて、ここまで話ができるのは尊敬に値する。さすがは王妃様だ。
「そこで王妃様にご相談があるのですが」
紳士の笑みを浮かべて、エクレール公爵は爆弾を落とした。
「ルートヴィッヒ殿下を、我が国のアニエス王女の花婿として迎え入れたいのです」
王妃様は扇を取り落としそうになったが、それをこらえて表情を隠したまま尋ねた。
「ルートヴィッヒを? それは、貴国にどのような利益を見込んでのことかしら?」
もちろん、王族同士の婚姻は、国同士の結婚に他ならない。メリットのない政略結婚など存在しない。
「我がブラシェールにとって、隣国ナハトシュタインと良好な関係を築くことは必須です」
他国──特に隣国と良好な関係にあることは、国外に憂いを減らすという意味で、非常に重要だ。
「それに、アニエス王女はルートヴィッヒ殿下を好いていらっしゃいます」
うん。それはこの間の舞踏会でわかった。
「王妃様にとっても、悪い話ではないと思いませんか? 失礼ながら、王妃様とルートヴィッヒ殿下のご関係はあまり芳しくないご様子」
エクレール公爵はそれ以上を口にしなかったが、その裏を深読みすれば、「目障りな息子を他国にやってしまえば、せいせいする。しかもそれが国のためになるとなれば一石二鳥」というところだろうか。
「……考えておきますが、わたくしの一存では決めかねますわ」
王妃様は顔に微笑みを貼り付けて、「陛下や重臣たちにも相談してみますわ」と付け加え、お礼の言葉を述べた。それが退室を促す合図となって、エクレール公爵は立ち上がり、私もそれに合わせて部屋を辞した。
王妃様の部屋から少し離れたところで、私はエクレール公爵に抗議する。
「どうして急にあんな提案をなされたのですか? ルートヴィッヒ殿下のご意向だってあるでしょう?」
「政略結婚に、本人の意思など皆無ですよ」
冷淡にエクレール公爵は言う。アニエス王女がルーイ様を好いているからなんて言っていたくせに。
「私は、王妃様には建設的な提案をしたと思っていますよ」
エクレール公爵の紫紺の瞳が、金色の光を伴って私を見下ろす。
「自分の罪を思い出させる憎い息子を、目の前に置いておくより、よほど精神衛生上いいでしょう? それに、ブラシェールにとっても、より濃い王族の血を残せる」
その言葉は、エクレール公爵が、自分の仮説が正しいと確信している証拠だった。私だって、彼の説を認めざるを得ない。王妃様のあの動揺ぶりを見れば。
「ルートヴィッヒ殿下と離れがたいですか、リーゼ?」
優しい口調になって、エクレール公爵は尋ねた。
「ならば、ブラシェールに来ませんか? 私の妻として」




