嵐の夜 1
王都の外れにある森にたたずむグラウ城は、訪れる人の少ないひっそりとした城だ。ところが今日は、これで二組目の来客だ。こんなことは珍しい。
一組目の来客を見送って城へ戻ろうとしていた私に、二組目の客人が声を掛ける。
「お久しぶりにございます、リーゼロッテ嬢」
馬から降りて私に微笑みかけたのは、第一王子エーリッヒ殿下の侍従であるギュンターだ。私も彼に挨拶を返し、城のほうへ招き入れた。
「お客人がいらしていたようですが、タイミングが悪かったですかね」
心配するギュンターに、「大丈夫です」と答える。
「商人たちが来ていただけですから。ケンプフェルト公爵様縁の者だと名乗るのでお通ししたのですが、ただ宝石を勧めるだけなので、お帰りいただきました」
ケンプフェルト公爵は、国王陛下の兄上だ。ルーイ様にとっては伯父上なので、その縁の商人となれば無下にも出来ずに通したが、よくよく訊けば、公爵様の遠縁の人が出資しているだけで直接の関わりはなさそうだった。そんなわけで、不要な宝石などを勧められても仕方がないので、早々にお帰りいただいたのだ。彼らが帰っていくのを見届けたところで、丁度ギュンターがやってきた。
ギュンターは、エーリッヒ殿下からルーイ様への手紙を預かってきたとのことだ。そして、私にも用があるというので、ルーイ様とギュンターに紅茶を出した後、私も応接の間に残るように言われた。
エーリッヒ殿下からの手紙は、王宮で開かれる妹姫の誕生祝いの舞踏会にルーイ様も出席するようにという内容だった。ルーイ様の妹ツェツィーリア姫は、今年で16歳になる。この舞踏会は結婚相手を探すためのものでもあるとギュンターは説明した。だから、国内貴族だけでなく、近隣諸国からも彼女の伴侶候補となる王族、貴族を招いていると。
「それと同時に、エーリッヒ殿下の妃候補発表の場でもあるのです」
その場に、兄弟であるルーイ様がいないわけにはいかない。ルーイ様は王宮を出て以来、必要最低限しか公の場には出ていない。けれど、今回はその「必要最低限」に含まれるということだ。
「わかった。舞踏会には出席する。そう兄上に伝えよ」
ルーイ様は承諾の旨をギュンターに示した。ルーイ様は王宮と疎遠にはなっているけれど、王族としての勤めをないがしろにしているわけではない。必要があれば公務をこなすし、王族としてこの前のように他国に赴くこともある。
「それで、リーゼに用というのは?」
「はい。その舞踏会の前後の少しの期間でいいのですが、リーゼロッテ嬢を侍女として王宮へお貸しいただけないでしょうか?」
ルーイ様に促されてギュンターが口にしたのは、私の貸出許可を請う内容だった。各国からの貴賓をもてなさねばならないとあって、王宮は多くの人出が必要となる。ところが、現在王宮では侍女は人手不足状態。そこで私に白羽の矢が立ったということだ。
ギュンターの説明を受けて、ルーイ様は頷いて私を見た。
「兄上が困っているというなら、俺は協力するが、リーゼはどうだ? 行ってくれるか?」
噂では第一王子と第二王子は仲違いしている、などと囁かれているが、ルーイ様は驚くほどエーリッヒ殿下に協力的だ。そして私は、主であるルーイ様が許可されるなら、それに従うまでだ。
「はい。ルートヴィッヒ殿下の仰せのままに」
私の返答に、ルーイ様は「ありがとう」と言ってから、ギュンターに私の貸出許可を出した。
「ただし、俺が王宮にいる間は、リーゼは俺の侍女とすること。それが条件だ」
ギュンターはその条件に異を唱えなかった。
ルーイ様よりも一足先に私は王宮入りし、舞踏会の準備を手伝うことになった。王宮に着くとギュンターが迎えてくれ、エーリッヒ殿下のところに案内してくれた。
「よく来たね、リーゼロッテ。君が来てくれて助かるよ」
エーリッヒ殿下は、私を笑顔で迎え入れた。
「最近、何人か侍女が結婚して辞めてしまってね。新たに雇うには時間的に余裕がなくて」
舞踏会はすぐに迫っている。けれど、新たに侍女を雇うには、身辺調査やら何やら時間が掛かる。王宮深く、王族の近くに置く人間だ。いくら貴族の娘とはいえ、何の審査もなしに王宮の侍女にするわけにはいかない。それに、侍女として使えるようになるには、教育が必要で、時間が要る。
その点、私なら、既に身辺調査は済んでいて、一応侍女としての心得もある。王宮はまた他とは違った空間だから、覚えなければいけないことも多いだろうが、一から侍女を育てるよりは短時間で済むだろう。
と、いう事情なのだろうな、とエーリッヒ殿下の話から推測する。
「王宮に来たばかりで迎賓館付きというわけにはいかないから、私の侍女ということでいいね?」
一応疑問形をとってはいるが、これは決定事項なので、素直に頷く。王宮の右も左もわからない私に、各国の王族をもてなす迎賓館の侍女が務まるわけがないので、エーリッヒ殿下は気を遣って自分付きにしてくれたのだろう。そしてたぶん、自分の侍女を迎賓館に行かせているのだ。
「ルートヴィッヒが来た時には、遠慮なく彼のほうへ行ってくれて構わない。彼がここで心を許せるのは、君くらいだろうから」
「…はい」
エーリッヒ殿下の意外な言葉に、私は驚いて少し反応が遅れてしまった。
王宮での侍女の仕事は、思った以上に大変だった。
仕事自体はそれほど大変というわけではなくて、王宮独特の習わしも覚えてしまえば問題なかった。侍女長は厳格だけれど公正で、新入りの私に気を配ってくれる優しさのある人で好感が持てた。エーリッヒ殿下もギュンターに私の様子を見させたりして気遣ってくれた。
ただ、その気遣いが、他の侍女たちのやっかみや嫉妬を買っただけだ。
「“モンスターの侍女”が王宮の侍女になったなんて」
「それもエーリッヒ殿下付きだなんて、ずいぶんと出世したものね」
と、聞こえていることがわかっているだろうに、というかたぶん聞かせるつもりで、目の前で陰口(いや目の前だから陰ではないのか?)を叩かれるのは、正直気分がいいものじゃない。彼女たちにしてみれば、やっと手に入れた第一王子付きの侍女という立場を、ポッとやってきた私に取られたようで気に食わないのだろう。そんなの、私が決めたことでもないというのに。
これにまともに反論しては火に油だけど、聞こえなかったふりをしたらしたで、すましているとか言われて嫌われるんだろうなあ、どう反応すべきかなぁ、などと考えて立ち止っていると、今気付きましたみたいな顔して侍女たちが私を見やった。
「あなた、エーリッヒ殿下に気に入られているなんて、勘違いなさらないことね」
「エーリッヒ殿下があなたを気に掛けるのは、“モンスターの侍女”が問題を起こさないか、心配なさっているだけよ」
……何だ、この感じ。既視感。…あー、アニエス王女。見下したように、私を気に入らないと全身で言っていた。
「わたくしの至らなさが、エーリッヒ殿下に御心労をお掛けしてしまうことは、心苦しく思っております」
しおらしいふりをして侍女達に答える。
「ですから、毎日の出来事をエーリッヒ殿下に御報告していますのよ」
その瞬間、侍女たちの表情が固まる。今のイジメ的発言も、王族であるルーイ様を“モンスター”呼ばわりした不敬も、すべて報告するぞコンニャロウという脅しだ。
「まあ、そのくらいにして差し上げて」
口をパクパクさせている侍女達とは別のほうから声がした。くすくすと笑いながら近付いてくるのは、エーリッヒ殿下付き侍女で、今は迎賓館付きになっているエルマだ。
「彼女たちはあなたをやっかんでるだけですわ。その点、わたしはその手のやっかみとは無縁ですから、仲良くしてくださいね」
あっけらかんと同僚の嫉妬心を暴露し、エルマはにっこりと微笑んだ。




