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Monster  作者: 如月 望深
19/33

公爵様の思惑

 王宮で開かれる舞踏会に招待されてやってきた隣国の王子、ルートヴィッヒ殿下は、俺と同じ稲妻の瞳を持つと噂に聞いていた。我が国では「恵みの稲妻」と称され吉兆とされるこの金色の虹彩を持つ瞳が、隣国ナハトシュタインでは「モンスターの瞳」と恐れられているらしい。

 そんな風に言われるのには、きっと本人に何かしら理由があるに違いないと思った俺は、その王子を自分の目で確かめてみることにした。

 王子を出迎える役を侍従から強引に奪い、王宮に着いた馬車に近寄る。「公爵様にそんなことをさせたと知れたら、私の首が飛んでしまいます」とすがる侍従には悪いが、聞こえないふりをした。

 馬車を降りたルートヴィッヒ王子は、続いて馬車から降りる少女に手を貸した。その行為は、貴婦人に対して行うもので、だから、この少女が使用人などであることは決してなく、間違いなく彼の「連れ」だろう。

 ということは、だ。この男は、アニエス王女の婿がね探しの舞踏会に、こともあろうに女を伴ってやってきたのだ。

「お待ち申し上げておりました、ルートヴィッヒ殿下」

 驚きを押し隠して、侍従のふりをして迎える。目立つ自分のこの眼を見られないように注意しながら、しかし相手をしっかり観察する。

 表立っては婿探しの意図は伏せてあるが、招待客には伝わるようにしてあるはずだ。それに気付かぬ愚鈍な王子か、あるいはアニエスと結婚する意思はないという牽制か。どちらにしても、これでこの男がアニエスの婿候補になることはないだろう。

 国王陛下に挨拶に向かう王子を先導して歩きながら、彼の隣の少女を盗み見る。

 蜂蜜色の艶やかな髪を緩く編んで左耳の下でまとめ、小さな髪飾りを付けている。若草色のドレスは、彼女のエメラルドの瞳と同じく初々しい印象を与える。存外に愛らしい容貌の少女に、内心驚いた。本当に、この何の変哲もない少女が、“モンスター”と恐れられる隣国の王子の「パートナー」だというのだろうか。


 舞踏会の席で、王子がアニエスに誘われた隙を狙ってその少女──リーゼロッテをダンスに誘った。断らないのがルールなので、きちんと彼女は応じた。

 ちなみに、アニエスは、どういうわけか、あの王子が気に入ってしまったらしい。明らかに婿候補になる気のない王子の態度が、アニエスの負けん気に火を付けて、「絶対落としてやるから!」と張り切っていた。この舞踏会が決定した時には、まだ婿なんて要らないと渋っていたのに。我が従妹ながら、本当に負けず嫌いだ。

 リーゼロッテにこの舞踏会の本当の意図を教えると、彼女は知らなかったようで驚いていた。しかも、アニエスが王子を気に入ったと知ると、彼女は心なしか青ざめた。

 ダンスが終わると、彼女は舞踏会の会場を出て行った。意地悪が過ぎたかと反省して、シャンパンを持ってリーゼロッテを追い掛ける。外の空気が吸いたいと言う彼女をテラスの外へ連れ出した。

 シャンパンを差し出すと、礼を言ってそれを一口飲み、深い息を吐き出した。

「大丈夫ですか?」

「ええ、もう大丈夫です。すみませんでした」

 のこのこ男に付いてきたりして大丈夫か、と他人事ながら心配になる。仮面舞踏会で男と二人きりになるなんて、危険以外の何物でもない。案外貞操観念が緩いのか、相当な世間知らずか。アニエスと踊る王子を気にしていたのだから、おそらく後者だろう。

「申し訳ない。少し、意地悪が過ぎたようだ」

 とりあえず、彼女にとって不愉快なことを言ったことを詫びた。

「婿がね探しの舞踏会に、わざわざあなたを連れて来たのだから、それがアニエス王女への牽制の意味だなんてことは、わかっていたんですが」

 首を傾げてこちらの様子を伺う彼女は、まるでウサギかリスのような小動物だ。

「彼が選んだ女性が、どんな人なのか、興味があっただけなんです。リーゼロッテ嬢」

 手を伸ばして、そっと彼女の仮面を取る。エメラルドの瞳がじっと俺を見上げていた。

 なるほど、あの王子がこの少女を手元に置きたがる理由がわかる気がする。胸の開いたすみれ色のドレスに、同色の髪飾りと、それに合わせた化粧は、彼女を幾分か大人びて見せる。昼間の初々しい雰囲気からすると、少し背伸びしたような大人っぽさが、蟲惑的にも思える。そして、何よりも、偽りのない真っ直ぐな瞳が美しい。

「……あなたは、誰なの?」

「私の名は、セドリック・デクレール。アニエス王女とは、従兄妹に当たります」

 仮面を外して名乗ると、リーゼロッテは眼を瞠って、頭を下げた。

「エクレール公爵様、ご無礼をお許しください」

 俺は首を左右に振って謝る必要はないと示した。

「私のことは、セディとお呼びください」

 リーゼロッテの手を取り、口説きに掛かる。

「何をしている?」

 そこへ男の声がして、リーゼロッテにさっと手を引かれてしまった。

「ルーイ様…!」

 彼女の声に合わせて振り向けば、仮面を外したルートヴィッヒ王子がこちらへ近づいてきた。底冷えするほどの鋭い眼光に、“モンスター”というかの国での彼のあだ名が伊達ではないのだと納得する。気の弱い者なら、見ただけで失神してしまいそうだ。

 だが、こちらとて「稲妻の瞳」を持つ者。負けるものかと視線を返す。

「あのっ、ルーイ様! 私がお酒に酔って気分が悪くなってしまって、エクレール公爵様が助けてくださったんです」

 俺たちの睨み合いを察したリーゼロッテが慌てたように言う。

「それは連れが世話になった。礼を言う」

「いいえ、どういたしまして」

 王子は礼などさらさら言う気のない冷え切った声を俺に向け、リーゼロッテの肩を抱き寄せた。相手がそんな態度なら、こちらも愛想を良くする必要もないので、表面上だけの笑顔で返す。

「あの、エクレール公爵様、お手数をお掛けして申し訳ありませんでした。ありがとうございました」

「セディ、ですよ、リーゼ」

 俺たちの険悪な雰囲気をとりなすようにリーゼロッテが再び頭を下げた。その意図がわかったので、ひとまずここは引くことにする。

「では、リーゼ、また後で」

 もちろん、ただでは去らない。手を取って、リーゼロッテの手の甲に口づけを落とす。驚く彼女に微笑みかけて、俺は舞踏会の会場へ戻った。


 舞踏会のあと、リーゼロッテの客室へ向かう。普通ならドアを開けることはないが、世間知らずな彼女なら、ひょっとしたら開けてくれるかもしれない。客室棟の廊下を曲がると、先を歩く女が見えた。アニエスだ。おそらく、目的地は似たようなものだろう。

 そこへ、一人の男が現れて、アニエスに何か話しかける。迷惑そうに彼女が手を振ると、男はアニエスの手を掴んで引っ張って行こうとした。

「きゃああああっ!」

 その悲鳴に思わずアニエスに駆け寄る。男は慌てて逃げ出した。

「待て!」

 王族に狼藉を働いた者を野放しにはできない。その男を追いかけた。客室棟の外へ出て、男に追いつく。しばらくもみ合うと、男が短剣を振り上げた。

 そこへ急に視界にリーゼロッテが入った。男の後ろから駆け寄った彼女は、男にローキックを見舞う。思わぬ襲撃に驚く男の腕を掴んで剣を膝蹴りで落とし、男をうつぶせに倒して背に腕をねじり上げた。そして男の顔の前に落ちた剣を蹴る。

 その剣を拾い上げて俺は衛兵を呼んだ。集まった衛兵に男を引き渡したリーゼロッテは、心配してやってきたルートヴィッヒ王子に向き直った。

「大丈夫か?」

「はい。幼い頃、武術を習っていましたから」

 彼女の意外な一面に驚いた。そして、彼女が舞踏会で俺と二人きりになっても動じなかった理由がわかった。貞操が緩いのでも世間知らずでもなく、彼女なら、不意に俺に襲われたとしても、逃げるくらいのことは何でもなかったのだろう。

「リーゼロッテ嬢、助けていただき、ありがとうございました。お礼はまた明日改めて」

 本当はきちんと礼を言いたかったし、王子と二人きりになどさせたくなかったが、この後始末があるので仕方がない。男を締め上げて、どういうつもりか吐かせねばならない。



 翌日、王宮の庭園でアニエスに捕まっているリーゼロッテを見つけて近付いた。

「あなた、ルートヴィッヒ殿下の侍女だそうね。侍女風情があの方のお心を得られるだなんて、そんなことをお考えではないわよね?」

 アニエスの失礼な言葉に、リーゼロッテは沈黙している。

「そのくらいにしておきなさい、アニエス様」

 助け船のつもりで口を挟んだ。

「リーゼロッテ様は、ナハトシュタインの由緒ある伯爵家モルゲンリヒト様のご令嬢。王族と結婚するのに、身分的に何ら問題はありません」

 そんなこと、既に知っているくせに、まったくこの王女はと呆れる。

「アニエス様でも、お客様への失礼は許されませんよ。リーゼロッテ様に謝りなさい」

 不満そうに口を引き結んだアニエスは、やがて「悪かったわよっ!」と怒ったように言い捨てて王宮へ戻った。

「従妹がご無礼を申し上げて、申し訳ありませんでした」

「いいえ、大丈夫です。お気になさらないでください」

 従妹の無礼を詫びると、リーゼロッテは首を左右に振った。

「そういえば、きちんとお礼を言っていませんでしたね。昨夜は危ないところを助けていただき、ありがとうございました」

「いえ、そんな。体が勝手に動いてしまって。ところで、お二人とも、どうしてあんなところにいらしたんですか?」

「実は、アニエス様はルートヴィッヒ殿下を、私はあなたを訪ねるつもりだったんですよ」

 アニエスには、昨日あの後確認したのだ。「あの王子ったら、私の伴侶にならない?って訊いたら、“伴侶パートナーなら、もういる”って答えたのよ、信じられない!」と憤るアニエスは「絶対振り向かせてやる!」と意気込んでいた。「あなたもあの娘を仕留めなさいよ」と叱咤されたことは内緒だ。

「私はエクレール公爵様とお会いする約束なんてした覚えはありませんけど」

「ちゃんと、“後で”と言ったでしょう? 邪魔が入って残念でしたけどね」

 リーゼロッテの言葉に、意外とガードが堅いのだと思った。

「エクレール公爵様、ご冗談が過ぎますわ」

「冗談のつもりはありませんよ。それに私は、あなたの勇敢さを見て、ことさらあなたに惚れたのです」

 これは本当だ。リーゼロッテがただの可愛い少女ではないと知り、興味は増した。可愛いだけの女に興味はない。このなら、ずっと退屈せずに済みそうだ。

「私と結婚してください、リーゼロッテ嬢」

「お断りします」

 ひざまずいて手を取ったものの、リーゼロッテにはにべもなく断られた。それは想定内だったので、動揺はしない。

「理由をお聞かせ願えますか?」

「だってあなた、私のことを好きなわけじゃないでしょう」

 リーゼロッテは俺がルートヴィッヒ王子に興味があるのだと指摘した。確かに、最初は彼に対する興味からリーゼロッテに近付いた。

 彼女の真っ直ぐな瞳に嘘をつくのもバカらしく思え、正直にルートヴィッヒ王子に興味を持った経緯を話した。つまり、彼が俺の父に似ている、という話を。そしてその理由を臭わせると、リーゼロッテは眼を瞠って、息を呑んだ。やはり聡明な少女だ。

「確証は何もない。私の勝手な憶測でしかありませんけどね」

 そう、今はまだ、憶測の域を出ない。

「……どうしてそんな話を私に?」

 確かに俺が話した内容はデリケートで、易々と他人に話せるようなことではない。でも、だからこそ、リーゼロッテに話したのだろう。この真っ直ぐな瞳の少女なら、話すに足りる相手だと思った。

「秘密を共有できる人が欲しかったのでしょう。そしてそれは、あなた以外にはいない」

 この秘密は、一人で抱え込むには重すぎる。たとえそれがまだ疑念でしかなかったとしても、一緒に抱えてくれる相手が欲しかった。

「エクレール公、ここで何を?」

 不意に現れたルートヴィッヒ王子がリーゼロッテの肩を後ろから抱き寄せ、冷たい視線を寄越す。

「昨夜のお礼と、求婚を」

 正直に答えるとルートヴィッヒ王子の眼がより鋭くなり、困ったようにリーゼロッテが俺を呼んだ。

「エクレール公爵様!」

「今度会う時は、セディと呼ぶようにね、リーゼ」

 二人に背を向けて王宮へ戻りながら、口元を緩めた。今はまだ、しつこく迫ったりはしない。時間はまだある。近いうちにまた会うのだから。

 王宮に入ると、物陰にいたアニエスが声を掛けた。

「あなた、あの娘落とせそうなの?」

「さあ?」と首を傾げれば、「しっかりしてよね!」と、激励された。

 あの王子の最大のミスは、ここへリーゼロッテを連れて来たことだ。それゆえにアニエスに火を付け、俺にリーゼロッテを引き合わせてしまった。この俺が、そう簡単に、あんな退屈しなさそうな女を諦めたりはしない。

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