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Monster  作者: 如月 望深
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仮面舞踏会 5

 報告によると、昨夜の騒ぎを起こしたのは、どこかの国の王子の従者だったそうだ。王子のためにアニエス王女を連れて行こうとして抵抗され、逃げたものの、そこに居合わせたエクレール公爵に追いかけられ、主の名誉のためにも逃げ切ろうとして刃物を持ち出すまでに至ったということらしい。

「実にくだらんことに巻き込まれたな」

 と、王宮の庭を散歩しながら、隣を歩くルーイ様が呆れたように感想を漏らした。

「でも、それだけアニエス王女との結婚が、他国の王子にとって魅力的だということですよね」

 私の言葉にルーイ様は苦い顔をして立ち止まった。それに合わせて私も足を止める。

「リーゼ、俺は…」

 ルーイ様の手が、頬に触れる。

「こんなところにいらっしゃいましたのね、ルートヴィッヒ殿下!」

 庭の垣根の向こうから、アニエス王女が駆け寄ってきた。

「探しましたのよ。父上がお呼びですわ」

 国王陛下のお呼びとあっては行かないわけにはいかない。「行ってくる」と私に声を掛け、ルーイ様は歩き出した。その背中を見送る私を、アニエス王女はじろじろと不躾に眺め回した。

「あなた、ルートヴィッヒ殿下の侍女だそうね」

 ルーイ様は私をそうは紹介しなかったけれど、調べればわかることだろう。

「侍女風情があの方のお心を得られるだなんて、そんなことをお考えではないわよね?」

 侍女風情───。だけど、侍女にならなければ、あの方に出会うことも、あの方の痛みも、優しさも、知ることはなかった。

「そのくらいにしておきなさい、アニエス様」

 横合いから、新たな声がした。長い脚で近付いてくるのは、エクレール公爵。アニエス王女は不満そうにエクレール公爵を睨んだが、意外にも素直に従った。従兄でもあり、国内有力貴族でもある彼は、アニエス王女に物申せる立場であるようだ。

「リーゼロッテ様は、ナハトシュタインの由緒ある伯爵家モルゲンリヒト様のご令嬢。王族と結婚するのに、身分的に何ら問題はありません」

 結婚だとか、何だかすっ飛んだことが話題に出ているようだが、一応はエクレール公爵がアニエス王女を諭すつもりでおっしゃっているようなので、黙って様子を伺う。

「アニエス様でも、お客様への失礼は許されませんよ。リーゼロッテ様に謝りなさい」

 え、いや、謝ってくれなくてもいいから、一刻も早くこの場を立ち去りたい、という私の心の声など聞こえるわけもなく、アニエス王女は私をキッと睨んだ。

「悪かったわよっ!」

 そう言い捨てて、アニエス王女は侍女を引き連れて王宮のほうへ戻って行った。

「従妹がご無礼を申し上げて、申し訳ありませんでした」

 エクレール公爵に頭を下げられて、慌てて首と手を左右に振る。

「いいえ、大丈夫です。お気になさらないでください」

 顔を上げたエクレール公爵は、目が合うと優しく微笑みかける。それから、きちんとお礼を言っていませんでしたね、と再び頭を下げた。

「昨夜は危ないところを助けていただき、ありがとうございました」

「いえ、そんな。体が勝手に動いてしまって。ところで、お二人とも、どうしてあんなところにいらしたんですか?」

 昨日はそれどころじゃなくて疑問に思わなかったけど、居室を持っているブラシェールの王族である彼らが客室棟にいたのは不自然だ。

「実は、アニエス様はルートヴィッヒ殿下を、私はあなたを訪ねるつもりだったんですよ」

 私の質問に苦笑してエクレール公爵は白状した。廊下で偶然アニエス王女と鉢合わせたのだという。

「私はエクレール公爵様とお会いする約束なんてした覚えはありませんけど」

「ちゃんと、“後で”と言ったでしょう? 邪魔が入って残念でしたけどね」

 …ああ、あの時のはそういう意味だったのか。ていうか、来てもドア開けないけどね。しかし、この手の冗談はやめてほしい。上手にいなす自信もないし、誰かに聞かれたら怖い。ルーイ様もだけど、ブラシェールの令嬢たちも、これを聞けばお怒りになるだろう。なにしろ、エクレール公爵はブラシェール国王の甥なのだ。

「エクレール公爵様、ご冗談が過ぎますわ」

 牽制の意味を込めて抗議する。

「冗談のつもりはありませんよ。それに私は、あなたの勇敢さを見て、ことさらあなたに惚れたのです」

 エクレール公爵はおもむろに私の前にひざまずき、私の手を取った。

「私と結婚してください、リーゼロッテ嬢」

 手の甲にキスを落とし、私を見上げて微笑む。

 王子様ではないけれど、公爵位を持つ若き美貌の青年貴族に、王子様然と微笑まれて求婚されれば、大方の貴族令嬢は頬を赤く染め上げて頷くことだろう。だけど、あいにく私は、そんなに甘い人生を送って来てはいない。

「お断りします」

 速攻で断りを入れる。

「理由をお聞かせ願えますか?」

「だってあなた、私のことを好きなわけじゃないでしょう」

 エクレール公爵はまだひざまずいて私の手を取ったままで、私も彼を見下ろしているから、遠目には見つめ合って愛を語り合っているように見えるかもしれないが、私たちの間に流れる空気は、そんなに甘いものではなかった。

「エクレール公爵様なら、わざわざ異国の貧乏伯爵の娘を娶らなくたって、もっと条件のいい相手がいくらでもいるでしょう」

 だから、彼の求婚が、権力や政治的戦略に基づくものだとは思わない。

「あなたはルートヴィッヒ殿下に興味がおありでしょ。私に声を掛けたのも、ルートヴィッヒ殿下の連れて来た女に興味があったからだって、ご自分でおっしゃったじゃないですか」

 そう。彼が私に必要以上に構うのは、ルーイ様へのアクションだ。自分の行動に、ルーイ様がどう反応するのかを見ている。…いや、というよりも、ルーイ様との繋がりを得るための道具として私を利用しているのかもしれない。

「…私は聡明な女性は好きですよ。記憶力がいいのが少々難ですがね」

 エクレール公爵は立ち上がって、やっと私の手を解放してくれた。私を見下ろして、口元に笑みを作る。

「最初は、隣国の王子が私と同じように金色の虹彩を持つと聞いて興味を持っただけなんです」

 しかも、ブラシェールでは「恵みの稲妻」と讃えられるその瞳が、隣国ナハトシュタインでは「モンスターの瞳」と恐れられている。だから、自分と同じ虹彩を持つ王子が、どんな人なのかと思っていた。

「舞踏会のために訪れたルートヴィッヒ殿下を見て、驚きましたよ」

 エクレール公爵は私から視線を外し、辺りの花々に目を向ける。

「私の髪も眼も、色は母親譲りなんです」

 突然の話題転換に首をひねりたくなるが、黙って続きを促す。

「けれど、彼は、髪の色も、眼の色も、父と同じだった」

「え…?」

 “父”というのは、誰のことを指すのだろう。

「私の父、さきのエクレール公爵は、濃い茶色の髪に、眼は深い青です。父の眼も私たちと同じように金色の虹彩を持つので、彼の瞳は、まさに父に瓜二つだった」

 おかしな話だ。ナハトシュタイン国王と王妃様のお子であるルーイ様が、隣国ブラシェールの王弟殿下に似ているなんて。ナハトシュタインとブラシェールは政略結婚をすることもあったから、同じ祖がいても不思議はないが、ここ最近は婚姻を結んでいないはずだ。

「私がエクレール公爵の地位を継いでいるのは、父がすぐにふらりと姿を消してしまうからなんです」

 普通爵位は当主が亡くなるとその継嗣が継ぐものだけど、そういえば、セドリック様が爵位を継いだ時には、前のエクレール公爵ベルナール様が亡くなったとは聞かなかった。

「父は自称“放浪画家”でしてね、宮廷仕事は向かないんですよ」

 それで、放浪癖のある父に代わってセドリック様がエクレール公爵を継いだということか。王室主催の舞踏会の際もお姿を見ないとなると、今もどこか気ままに旅をしているのだろう。

「その“放浪画家”が、隣国ナハトシュタインを訪れたことがあっても不思議はありませんよね」

 思わずエクレール公爵を見つめ返す。

「確証は何もない。私の勝手な憶測でしかありませんけどね」

 と、エクレール公爵はゆったりと微笑んで見せる。

「……どうしてそんな話を私に?」

 彼の憶測は、ブラシェール王家にとっても、ナハトシュタイン王家にとっても、かなりデリケートな問題だ。

 長い長い沈黙の後、エクレール公爵は伏せていた眼を上げた。

「秘密を共有できる人が欲しかったのでしょう。そしてそれは、あなた以外にはいない」

 私に向けられていたエクレール公爵の眼が、私の背後へ動く。振り向こうとしたら、後ろから肩を抱き寄せられた。

「エクレール公、ここで何を?」

 ルーイ様がまたしても非好意的な態度でエクレール公爵に対峙する。

「昨夜のお礼と、求婚を」

「エクレール公爵様!」

 頼むから、空気を読め。

「今度会う時は、セディと呼ぶようにね、リーゼ」

 心の声が半分くらい通じたのか、エクレール公爵は王宮のほうへ戻って行った。

「…エクレール公爵に求婚されたのか?」

「冗談だと思いますけど、一応お断りしておきました」

 どうしても先ほどのエクレール公爵の話を思い出してしまい、目が合わせられない。

「リーゼ」

 顔を両手で掴まれ、じっと目を覗き込まれる。青と金の瞳に捕えられれば、逃げることは叶わない。その瞳を、吸い寄せられるように見つめ返していると、次第に落ち着きが戻ってきた。

 私は、この人が王子様だから好きになったんじゃない。仮面舞踏会のように、身分も名もわからなくても、きっとこの人を好きになった。

 だから、この人がどこの誰でも、この気持ちに変わりはない。

 黙ってルーイ様の背中に手を回すと、優しく抱きしめ返してくれた。

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