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Monster  作者: 如月 望深
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仮面舞踏会 4

 私は言われた通りに部屋に戻り、ドレスを脱いで髪も解いていた。服は平服よりも少しいいものを着ておいた。

 しばらくすると、舞踏会が終わったのか、廊下に人の気配や話声がした。招待されていた各国の王子たちが戻ってきたのだろう。各国の王子たちは、直接顔を合わせないように部屋割りをされていたけれど、同じ建物内の客室をあてがわれているはずだ。

 隣の部屋にもドアの開閉する音がした。耳をそばだてて隣室に人の気配があるのを確認して、部屋を出た。そっと隣室のドアに近付いてノックする。様子を伺っているのか、すぐに返事はなかった。

「ルーイ様、リーゼロッテです」

 名乗ると、すぐさまドアが開かれた。

「どうした?」

 まだ舞踏会用の正装をしたままルーイ様が眉根を寄せる。

「とりあえず、中へ」

 廊下に人の気配と足音がしたので、ルーイ様は私を部屋に招き入れた。

「…部屋に戻ったら、二度とドアを開けるなと教わらなかったか?」

「だから私が来ました」

 舞踏会などに招待されて宿泊する場合、女性は部屋に戻ったら、誰が訪ねて来てもドアを開けてはいけないということになっている。でもそれに従うと、明日までルーイ様に会えないことになる。

「着替えのお手伝いをしようと思って」

 それに私はルーイ様の侍女だ。側にロゲールがいない時くらい、ちゃんと仕事をさせてもらいたい。

「……必要ない。自分で出来る」

「そうおっしゃらずに。たまには私にも仕事をさせてください」

 王侯貴族は侍従や侍女に着替えを手伝わせるのが一般的なので、中には自分でボタンも留められない人もいる。ルーイ様はすべて自分で出来るようだったけれど、城では執事のロゲールが手伝っていた。

 ルーイ様が脱いだ上着を奪うように受け取って、ハンガーに掛ける。それから着替えのシャツを用意して、今着ているシャツを脱ぐよう促し、半ば強引に背中に掛かるシャツをはぎ取った。

 そして、息を呑む。照明を抑えた部屋でもはっきりと見える、背中の大きな傷。両方の肩甲骨あたりに、左右対称に赤い傷痕が見える。

 まるで、背中の羽をもぎ取られたような、痛々しい傷痕。

 ルーイ様のあだ名を思い出した。 ──“翼を隠した悪魔”、あるいは “地に堕とされた天使”。…あれはきっと、その背の翼をもがれたという意味だったのだ。この傷が、あの忌まわしいあだ名のもとになったと知っても、少しも怖くなかった。それよりも、この傷のせいで痛い思いをしてきたルーイ様のことが心配だった。

 思わず、手を伸ばして傷に触れた。思いの外傷痕はなめらかだったけれど、ルーイ様の背中がビクリと揺れた。

「…痛いですか?」

「……いや、生まれつきの痣だ。痛みはない」

「そう…。痛くないなら、よかった」

 けれど、体は痛くないとしても、この人に与えられた傷は、どれほど痛んだことだろう。その背中に抱きつきたいのをこらえて、新たなシャツを着せ掛ける。袖を通したルーイ様は振り向き、

「着替えは一人で出来るから、もう部屋に戻れ」

 と言った。

「……どうしてですか?」

 私では、まだ侍女として至らないということだろうか。ロゲールでなければ、許されないのだろうか。

「俺はお前を、侍女の仕事をさせるために連れて来たんじゃない」

「…じゃあ───もう少し、お側にいたいです」

 正直に、本音を言う。反応がないのが怖くて、恐る恐る目を上げた。ルーイ様は驚いたように私を見つめて、それから、困ったように微笑んだ。

「…逃げないなら、襲われても文句を言う権利はないぞ」

 ルーイ様が私の手首を捕え、一歩踏み出す。それに合わせるように一歩後退すると、ベッドに足が当たった。ルーイ様に抱きこまれるようにベッドに押し倒される。見上げると、私に覆いかぶさったルーイ様の顔が至近距離にある。

「嫌なら、抵抗しろ」

 深い青と金色の光を放つ瞳に見つめられ、体に力が入らない。

「…しません」

 ルーイ様の顔がさらに近付いて、私は目を閉じた。抱きしめられた時よりももっと、肌に熱が伝わるほどルーイ様を近くに感じる。

「きゃああああっ!」

 突然、静寂を裂く声が響いた。

 目を開けると、同じように声に驚いたルーイ様が私を見つめている。もちろん、声は私じゃない。

 立ち上がったルーイ様がドアへ向かう。私もベッドに体を起してドアを見やった。ドアを開けた先には、廊下に座り込むアニエス王女の姿があった。そして、その近くから走り去る影と、それを追うエクレール公爵の背中が見えた。

「何事だ?」

「…お、男に襲われて、それで…っ、今、セディ様が追いかけて…。ルートヴィッヒ殿下、私っ、怖くてっ…!」

 声を掛けたルーイ様に、怯えたように、甘えた声でアニエス王女が説明をした。

 不意に、窓の外から足音が聞こえて、ベッドから降りて窓に向かう。窓を開けて身を乗り出すと、もみ合っている男二人が見えた。一方は背中を向けているので見えないが、こちらを向いているのはエクレール公爵だ。ということは、相手の男はアニエス王女を襲った男ということだ。

 男が剣を振り上げ、それが銀色に光ったのが見えた瞬間、考えるよりも体が先に動いた。窓を乗り越え、一直線に男に駆け寄る。そして渾身のローキックを一発(スカートでは足を上げられないので、今できる攻撃で一番ダメージが大きいものを選んだ)。

 エクレール公爵に意識が行っていたのに、いきなり横合いから蹴りを入れられてバランスを崩した男の、短剣を握った腕を掴んで振り下ろさせ、それに合わせて自分の膝を蹴り上げる。手首に膝が直撃し、男は剣を取り落とした。腕を掴んだまま自分の体を回転させ、男の足を払ってうつぶせに倒し、その背中に腕をねじり上げた。落ちた剣が男の顔近くにあったので、急いで剣を蹴って遠ざける。

 その剣をエクレール公爵が拾い上げ、衛兵を呼んだ。

「リーゼ!」

 窓から顔を出したルーイ様が私を呼んで、窓を飛び越えて駆け寄ってきた。

 集まってきた衛兵に男を引き渡し、私はルーイ様に向き直る。

「大丈夫か?」

「はい。幼い頃、武術を習っていましたから」

 貧乏貴族の我が家は、護衛を付けられないからと、子どもの頃、弟のエリクと一緒に武術の先生に付いて稽古を積んだのだ。武術の先生を付けることもお金が掛かるが、自分の身を自分で守る術を身につければ、将来に渡り、護衛に掛けるお金が浮くという、お父様にしては上出来な合理的方法だったと思っている。

「リーゼロッテ嬢、助けていただき、ありがとうございました。お礼はまた明日改めて」

 それだけ言うと、エクレール公爵は足早にその場を去った。男を捕えに来た衛兵たちに何か指示を出しながら庭へと消えていく。これから男の取り調べでもあるのかもしれない。彼の立場なら、王宮内で狼藉を働いた者を取り締まる責があっても不思議じゃない。

「リーゼ、怪我してないか?」

 顔を両手で掴んで覗き込むルーイ様に、苦笑を返す。

「大丈夫です」

「無茶をするな」

「はい、申し訳ありません」

 ルーイ様に抱き寄せられて、素直に頷いた。

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