仮面舞踏会 1
グラウ城の周辺は、朝晩は霧の深い森だが、昼間は比較的暖かな陽が射す。城の庭で育てられた花を飾り、いつものように穏やかな午後のお茶の時間を過ごす。私にとっては、至福の時間だ。美味しい紅茶と、コック長の作る美味しいケーキ。そして、目の前には、優しい笑顔のルーイ様。
「今度、隣国ブラシェールの王宮で開かれる舞踏会に招かれたから、一緒に出席するように」
「はい」
だから、うっかり頷いて、聞き流しそうになってしまった。
「…え?」
ルーイ様の言葉を反芻して、それから問いかける。
「ええと、誰が?」
「リーゼが」
「何に?」
「舞踏会に」
「……ええっ!?」
ちょっと待って、だって、隣国の王宮で開かれるって言ったよね? それって、王族同士の関係で招かれたのよね?
「…あの、どうして…?」
「近隣の王族や国内有力貴族を招いての、まあ、親睦パーティーみたいなものかな」
「いえ、そうではなくて…」
舞踏会の趣旨など、この際どうでもいい。
「父上たちは別の同盟国の王子の結婚式へご出席される。その関係で兄上は王宮を離れるわけにはいかない。だから、俺にこの仕事が回ってきたってわけ」
王宮から遠ざかっているルーイ様に他国との外交仕事が任されることは珍しいから、ルーイ様はその経緯を説明してくれたんだろうけど、私が訊きたいのはそこじゃない。
「どうして私も出席なのでしょうか?」
王族同士の親睦目的の舞踏会だというなら、侍女である私が出席するのは、完全に場違いだ。
「舞踏会に女性を伴って行くのは、珍しいことでもないだろう」
「それは、そうですけど」
どちらかというと、正式ものなら正式であるほど、パートナーを同伴するのが常識だ。男性は女性をエスコートし、女性は男性にエスコートされる。ダンスはパートナー以外の人とも踊るので、パートナー役に決まりはない。父でも兄弟でも従兄弟でも、親しい貴族でも、もちろん配偶者や婚約者や恋人でも。
とはいえ、身分的に釣り合っていることが前提だ。私だって貴族のはしくれだけれど、王族同士の舞踏会に同伴するには、役者不足な気がする。
「でも、それなら、妹姫とか、もっと相応しい方が」
ルーイ様には、妹姫がいらっしゃる。もう社交界デビューはされているはずだ。ルーイ様の王宮でのお立場からすると、妹姫との関係が芳しいとは、あまり思えないけれど。
「この仕事は、リーゼに頼みたい」
きっぱりとルーイ様に言い切られ、私は思い出した。ヴェロニカに招かれたお茶会用にドレスを下さった時、ルーイ様は「その代わり、仕事をしてもらう」と言ったではないか。きっとこれがその仕事なのだ。
「わかりました。頑張ります!」
ルーイ様のご恩に報いなくては、と張り切って力いっぱい答えた。ルーイ様は苦笑して、「よろしく頼む」と言った。
ルーイ様と共に馬車に揺られて隣国ブラシェールの王宮へ着くと、他国の王族たちもすでに着いているらしく、周りには他国の馬車がいくつか止まっていた。豪奢な造りの馬車ばかりで、こんなのに乗る人たちの中に放り込まれるのかと思うと、今から胃が痛い。
一応貴族としての礼儀やマナーは一通り学んでいるし、舞踏会への出席もこれが初めてではないけれど、王族ばかりの舞踏会と聞けば、やはり否応なしに緊張する。
「リーゼ」
ルーイ様に優しく呼ばれて顔を上げる。微笑んだルーイ様が馬車を降り、手を差し伸べた。主人にエスコートしてもらう侍女ってどうよ、と思いつつも、ルーイ様の親切を無下になどできるわけもない。素直にルーイ様に手を取られて馬車から降りた。
視線を上げると、王宮の建物が目に入る。やはりどこの国も王宮というものは大きくて荘厳で華やかなのだと感心した。こちらの国のほうが、我が国よりも、少し装飾が華美で派手好きな印象だ。
「お待ち申し上げておりました、ルートヴィッヒ殿下」
王宮の侍従らしき男性が出迎えに現れた。彼に従って国王陛下にご挨拶に伺うルーイ様を見送ろうとして、ルーイ様に背を押される。
「え、私もですか?」
「当然だろう」
ルーイ様は私が逃げ出すとでも思っているのだろうか、腰に手を回して、私をエスコートするように歩く。私は、前にお茶会のドレスを選ぶ時に試着したドレスの一つを身にまとい、淑女のようにルーイ様と共に謁見の間へ向かった。
ドレスは、私が舞踏会への出席を承諾すると同時に、「では、ドレスを用意しなくては」とロゲールが大ハリキリで準備してくれた。さすが兄妹の連携と言うべきか、ロゲールの妹ヘルガに試着させられたドレスのうち、ルーイ様が私に似合うと言ったものがグラウ城へ既に届けられていた。…もしかして、これのための試着会だったのだろうかと疑いたくなるほどだ。
謁見の間に入ったルーイ様は私を放してはくれず、畏れながら私はルーイ様と一緒にブラシェール国王の前に立った。ルーイ様が片膝を立てて最敬礼をし、私もそれに合わせて膝を折り低く腰をかがめる。
「初めてお目にかかります。ナハトシュタイン国第二王子のルートヴィッヒにございます」
「よくぞ参られた」
国王は歓迎の言葉を口にし、側近くに控えていた女性を紹介した。意志の強そうな褐色の瞳を持ち、目鼻立ちのはっきりとした美人だ。情熱の色を思わせる見事な赤毛が印象的だ。
「娘のアニエスだ」
つまりは王女様。アニエス王女は優雅な足取りでルーイ様の前まで進み出ると、淑女の礼をした。
「アニエスにございます。どうぞお見知りおきを」
ルーイ様もそれに王宮の儀礼に則って返礼する。
アニエス王女は、ルーイ様の瞳をじっと見つめ、美しく微笑んだ。
「何と美しい瞳なのでしょう」
ルーイ様は表情を変えなかったけれど、わずかに警戒した様子が伝わった。ナハトシュタインでは、ルーイ様の青に金の虹彩が走る瞳は“モンスターの瞳”と呼ばれ、褒める者などいない。けれど、アニエス王女は、おべっかを言ったのではないようだ。
「我が国では、瞳に金色の光が見えるのは、吉兆の証だとされています」
アニエス王女も、おそらくはルーイ様が自国で何と言われているのかご存知なのだろう。それを口にしたりはしないが、ルーイ様の警戒を解くように言葉を継ぐ。
「ルートヴィッヒ殿下の稲妻の瞳は、我が国に恵みをもたらしてくださるでしょう」
農業が盛んなブラシェールでは、雷は恵みの雨をもたらす、有り難いものとしてあがめられてきたのだという。その稲妻のような光が走る金の虹彩を持つ瞳は、ブラシェールでは幸運を表すシンボルなのだとアニエス王女は説明した。
「ところで、ルートヴィッヒ殿下、こちらの方は?」
私に目を向けて、アニエス王女は微笑む。
「パートナーのリーゼロッテです」
わざわざこんなところで舞踏会のパートナーを紹介しなくたっていいのに、と思いつつ、早く場違いな緊張するこの場から逃れたい思いを隠して、私は無礼がないように精一杯の挨拶をした。




