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Monster  作者: 如月 望深
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囚われの身の上 4

 …予定が狂った。

 お茶会の翌日である今日まで実家に滞在することをルーイ様に許可を得ていたのだけど、私は今日のお茶の時間には城に戻ると伝えていた。なのに、大方の身支度を終えたところで、突然王宮から迎えの馬車がやってきた。

 王家の紋章がバッチリ入った立派な馬車が家の前に乗り付け、御者にエーリッヒ殿下の名前を出されると、お父様がこけつまろびつ私の部屋に駆け込んできた。

「リッ、リリ…リーゼ!」

 肩で息をして血相を変えたお父様に、「どうしたの? 借金取りでも押しかけてきた?」と問えば、「それどころじゃない!」と声を上げた。

「おっ、畏れ多くも、エーリッヒ殿下からお茶のお誘いがっ……!」

 …何故? エーリッヒ殿下と私はお茶を共にするような仲ではないし、呼び出される理由がまったくわからないのだけど、第一王子のお召しとあっては、立場上断ることもできない。ルーイ様に帰りが遅くなる旨の手紙を急ぎ書き送り、…たかったけど、「お待たせしてはいけない」と慌てたお父様に半ば抱えられるようにして馬車に押し込められた。

 王宮に着くと、一人の侍従が出迎えてくれた。

「またお会いしましたね、リーゼロッテ嬢」

 見覚えのある顔だ。

「先日の…」

 エーリッヒ殿下の使者としてグラウ城にやってきた騎士だ。

「申し遅れました。わたくし、エーリッヒ殿下の侍従をしておりますギュンター・フォン・ヘルツォーゲンベルクにございます」

 彼が名乗ったのは、ヘルツォーゲンベルク伯爵家の次男の名だった。家督を継承しない次男以下の子弟は王族の侍従や近衛騎士になることが多い。侍従もある程度の戦闘能力が必要なため、王立騎士学校へ入って騎士の称号を得るのだ。うちの弟の先輩ということか。

 ちなみに、エリクの場合は家督相続するから騎士の称号は不要といえばそうなのだけど、我が家は貧乏弱小貴族なので、少しでも良い条件で職に就けるようにと本人が騎士学校へ入学を希望したのだ。我が弟ながら、何て堅実。

「どうぞこちらへ」

 促されて、ギュンターに先導されて廊下を進む。“また”とこの間言っていたのは、こうなることがわかっていたからなのだろうか。

「あの、私、どうして呼び出されたのでしょうか?」

 エーリッヒ殿下にお咎めを受ける覚えも、ましてや褒められる覚えもない私は、この呼び出しの意味がわからない。

「わたくしには殿下の真意はわかりかねますが、あんまり連絡してこないからじゃないですか」

「え、だって、それは…」

 そっちが連絡してくるなって言ったから!

 エーリッヒ殿下にルーイ様の監視を言いつけられた時、私は定期的に連絡したほうがよろしいのでしょうか?と尋ねたのだ。そうしたら「ルートヴィッヒに私が干渉していると思われるのはあまり宜しくない。何かあった時だけ連絡してくればいい」と言ったのはエーリッヒ殿下のほうだ。それは、むやみに連絡してくるな迷惑だから、という意味だと受け取って、私は今まで一度も連絡をしていなかった。

「今までの侍女たちは、エーリッヒ殿下の歓心を買いたくて、頻繁に連絡してきましたからね」

 そんなの、私の知ったこっちゃないわよ!

「まあ、ご自分でお訊きになってみたらいかがです?」

 軽い調子で言って、ギュンターはドアを開けた。メイドが控えているはずの小部屋にはルーイ様の部屋と同様に誰もいなかった。いくらなんでも王宮に常に暮らすエーリッヒ殿下に部屋付きメイドがいないわけがないから、人払いでもしてあるのだろう。ということは、私を連れて来る役目を担ったこのギュンターはエーリッヒ殿下の信頼厚いというわけか。

 メインルームのドアをノックして、中から応答があるとギュンターはドアを開けた。

「リーゼロッテ様をお連れしました」

 ギュンターに導かれ部屋に入ると、ソファにエーリッヒ殿下が座っていた。一礼して挨拶をすると、「突然呼び出してすまなかったね」と声を掛けた。そして、ギュンターに下がっていいよと命じてから、エーリッヒ殿下は私を呼んだ。

「リーゼロッテ、こちらに」

「はい」

 言われるままエーリッヒ殿下に近付き、勧められるままに向かいのソファに腰を掛けた。

 そこへ、エーリッヒ殿下の侍女と思われる女性が紅茶を出してくれた。侍女が去り、エーリッヒ殿下に紅茶を勧められたのでいただく。ちょっと蒸らしが多いかな渋みが出てる、などと思いながら紅茶を味わっていると、エーリッヒ殿下が私を見つめていた。

「何ですか?」

 思わず尋ねると、「いや、」と一瞬言葉を濁してからエーリッヒ殿下は苦笑した。

「なかなか度胸のあるお嬢さんだと思って」

 すみませんね! 神経図太くて。普通なら、王子様の前でお茶なんて緊張して飲めないとか言うんでしょうね。

「申し訳ありません、王宮のお茶が飲める機会なんてあまりないので」

 私の受け答えに、エーリッヒ殿下は薄い笑みを漏らす。

「そのお茶に、毒が仕込まれている可能性は考えなかった?」

「え…?」

 手に持っていたカップをソーサーに戻し、エーリッヒ殿下を見つめ返す。

「君は少し、無防備すぎるな。私やルートヴィッヒの側にいるということは、そういう可能性がゼロではないんだよ」

 これは、何の忠告なのだろうか。エーリッヒ殿下の様子を伺いながら真意を図ろうとするが、さすがは第一王子、そう簡単に表情に出してくれたりはしない。

「…私は、ルートヴィッヒ殿下のお茶に毒を入れたりしません」

 だから、とりあえず自分の信念だけは口にしておいた。

「そう」

 どういう意図なのかエーリッヒ殿下は微笑んで自分の紅茶に口をつけた。少なくともエーリッヒ殿下の指示でこの紅茶に毒が入っているということはなさそうだ。

「先日、ルートヴィッヒと一緒に王宮へ来たそうだね」

「…はい。申し訳ありません、ご挨拶もしませんで」

 なんて、私から簡単に会える相手じゃないんだけどね。

「君は、不用意に彼に近付きすぎた」

「え?」

 突然何を言い出すのかと不安がよぎる。ヴェロニカがルーイ様のお立場は危ういものだと言っていたのを思い出し、小さく息を呑む。

「君が彼にちかしい存在だとわかれば、君を利用しようとする人も出て来るだろう」

 相変わらず、エーリッヒ殿下は表情を見せない。

「残念ながら、王宮は彼の味方ばかりじゃないからね」

 それは、逆説的に、王宮にはルーイ様の敵だらけだという意味だろう。

「…わかりません。どうして、みんながそんなにルートヴィッヒ殿下を厭うのか」

 そう正直に言うと、エーリッヒ殿下は苦笑した。初めて彼が見せる感情だった。

「この王宮ではね、母上に逆らって生きることは出来ないんだよ」

 王家の家系図は知っているね?と問われ、頷いた。現在の国王陛下は、先代国王の子どもではない。王は直系男子が世襲するものだけど、先代国王には、王子が何人かいたが勢力争いや病気で亡くなり、唯一残った直系の血筋は現在の王妃様しかいなかった。けれど、女性は王にはなれないので、従兄を婿に迎えて王とした。直系の血筋である王妃様のお子が次の王位を継ぐことで、流れは元に戻る。こう言っては何だけど、現在の国王は繋ぎ。つまりは、直系血族である王妃様の権力のほうが王宮では上なわけだ。

「…でも、ルートヴィッヒ殿下は王妃様の実のお子様ですよね。それなのに、どうしてそんなにルートヴィッヒ殿下を疎むのでしょうか?」

「さあ、それは私にもわからない」

 おそらく、これはエーリッヒ殿下の本音だろう。

「ただ、母は、ルートヴィッヒを本気で憎んでいる」

 やや間があって、エーリッヒ殿下は言い直した。

「───いや、恐れている、と言ったほうが正しいかな」

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