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Monster  作者: 如月 望深
1/33

Monster 1

 荘厳、というよりは、威圧的な。神秘的、というよりは、おどろおどろしい。重く垂れこめた黒い雲も手伝ってか、その城は、他者を拒むようにそそり立っていた。

 別名、「幽霊城」。

 もともとは、異民族から王都を守るための要塞だったという。良く言えば歴史ある、悪く言えば、いわくつきの城だ。血なまぐさい過去に、北の塔には首なし騎士の幽霊が出るのだとか、まことしやかに囁かれている。もっとも、誰も確かめに行った者はいないので、真偽のほどは定かではないけれど。

 そもそも、立地条件が悪い。王都の最北端の森。地形のために霧が出やすく、濃い霧に迷い人も多く出るという森は、通称「悪魔の森」。今日はまだ霧があまり出ていないからマシなほうだと言う。その森の、切り立った崖の上、そんな人里離れた場所にそびえる石造りの古城。

 建てられた目的が戦を前提にしているのだから、この立地も仕方のないことかもしれないけれど。訪れる人の身にもなって欲しい。

 途中までは馬車で送ってもらえたが、その後は馬に乗り換え、最終的には歩かされた。たいして多くはないとはいえ、女の細腕で(と自分で言ってみる)運ぶには十分に重い荷物を持って、軽く1時間は歩いて来て、噂の城を目の当たりにした私は、ただ呆然と見上げるしかなかった。

 噂どおりの…というか、噂以上の怖さなんですけど。

「リーゼロッテ様でございますか?」

「ぎゃあ!」

 だから、突然背後に現れた老紳士に、貴族の娘らしからぬ悲鳴を上げたとしても、無理からぬことであると思って欲しい。

「これは、驚かせてしまったようで、失礼しました。わたくしは、執事のロゲールと申します」

 音もなく背後に立っていた老紳士は、礼儀正しく綺麗なお辞儀をした。

「…こ、こちらこそ、申し訳ありません」

 一応、必要以上に驚いたお詫びをする。

「リーゼロッテ・フォン・モルゲンリヒトです」

 続いて自己紹介をすると、執事のロゲールは穏やかな笑みを見せ「お待ち申し上げておりました」と、もう一度丁寧なお辞儀を寄越した。

 私は、一応、貴族の娘である。世に言うところの、伯爵令嬢。モルゲンリヒト伯爵家は、古くからこの国に仕える由緒正しき貴族だ。ただ、私が自分を「一応」と言わなければいけないのは、我が家の家計事情にある。身分と知識はあるくせに、無駄に人の好い父上のお陰で、我が家の経済状況は危機に陥っていると言ってもいい。

 その状態が何年も続いて、私が貴族の身分を隠して、庶民に混じってアルバイトをしなければ家計が持たないほどだった。貴族の特権というのは、確かに存在する。だが、それも、身分とそれに見合うお金があっての上のことだ。

 まあ、働くのは嫌いではないし、家に閉じこもってお洒落や男のことばかり考えているよりは、体を動かしているほうが、よっぽど私の性分に合っていたと言える。

 私が働かせてもらっていた食堂は、庶民向けの、普通の貴族なら足を踏み入れることなどない場所だ。そこにいられたことは、幸運と言っていいだろう。ご主人もおかみさんもいい人だったし、彼らの一人娘とも仲良くなれた。安く作れる美味しい料理も教わった。ついでに、他の貴族令嬢が知らないことを知り、経験値がついた。

 そんな条件の良い職場を辞めて、ここへ来たのには、むろん理由がある。王宮から突然の呼び出しを受けて、この城へ奉公するように命じられたのだ。この城の侍女が次々と辞めてしまい、その後釜として私に白羽の矢が立ったようである。何人も侍女が辞めるような城に不安はあったが、破格の給金も出るとあって、二つ返事で引き受けた。

 つまるところ、権力と金だ。

 腐っても貴族である私に、王宮──正確に言うと、第一王子のエーリッヒ殿下の命令を断る権利はなく、労働に対価が払われるのなら、断る理由もない。

 ロゲールに案内され、私が自室として使う部屋に荷物を置きに行った。部屋は十分に広く、調度品も高そうな物で美しく揃えられていた。

 とりあえず荷物だけ置いて、そのままロゲールに連れられ、このグラウ城の主に挨拶に行く。私は城主の侍女なので、城主の部屋はさほど離れていない。

 気品のある細かな彫刻がなされた扉をロゲールがノックする。中から気のない返事が返ってきて、ロゲールがドアを開ける。城主の部屋は、私の部屋以上に広く(当たり前なのだが)、更に高級そうな調度品が並んでいた。深みのある木肌色の執務机に座っているのが、このグラウ城の主だろう。深い茶色の髪に鼻筋の通った、おそらくは、結構な美形と見た。手元の本に目を落としているため、顔ははっきり見えないのだが。

「ルーイ様、新しい侍女のリーゼロッテ様でございます」

「モルゲンリヒト伯が娘、リーゼロッテにございます。至らぬところがあるかと存じますが、よろしく願いいたします」

 スカートを少し持ち上げ、精一杯の丁寧さで挨拶をした。

「ああ」

 主は、読んでいた本から顔を上げることなく、薄い反応を返した。

「モルゲンリヒト伯の娘を寄越すようになったとは、王宮もよほど人材不足と見える」

 失礼な言葉は独り言のようだったので無視した。

 だが、人材不足ゆえに、仕方なく私に声を掛けたというのは、見当違いでもないのだろう。モルゲンリヒト伯爵家は、身分が低くはない。爵位を継ぐのは長男である弟だが、長女である私も、侍女にするには向かないのだ。

 私が庶民の食堂で働いていた理由が、実はそこにある。実際のところ、侍女としての働き口があるのなら、貴族社会で働いたほうがずっとお給料はいい。だが、私が侍女として働くことを、貴族は快しとしない。

 身分ある人の侍女は、それよりも下位の貴族の娘がなることが多いが、私は侍女にするには身分が高すぎるのである。侍女や使用人は、家の裏側を知ることになる。それを、権力争いの敵となりうる私に知られることは、弱みを知られることと同義だ。それゆえに、貴族たちは、私を雇ってはくれなかった。我が家の経済状況では、敵となることは不可能だったけれど、私がお金持ちと結婚でもすれば、状況が変わってくる。

 身分を偽って働いたこともあるが、バレればすぐに解雇されてしまった。

「よく引き受けたな」

 当然、公侯爵、王族ともなれば、私よりも身分は高いので、私が侍女として働くには問題がない。けれど、私の身分で彼らに仕えるということは、玉の輿狙いと思われても仕方のないことなのだ。事実、王宮に仕える侍女の多くは、それなりの身分の持ち主で、あわよくばエーリッヒ殿下に見初められるという下心がある、と言われている。まあ、下心は彼女たちの父親のものかもしれないけれど。

 私としてはそんなものに興味はなく、権力争いなどご免だが、背に腹は代えられない。

「諸事情がありまして」

 もちろん、それは経済的な事情なのだが、それをこの男に話す必要もない。

「用がある時は呼ぶ。呼ばれない限りは部屋に来るな」

 主のほうも私の事情になど興味はないらしく、続いて失礼な命令をした。侍女の仕事は、主の身の回りの世話をすることだ。それなのに、部屋に来るなとは、どういうことだろう。

「…はい」

 だが、主の命令に異議を申し立てたところで意味がないので、素直に頷いた。

 ロゲールと共に部屋を出て、私はため息をついた。なんて無愛想な人なの。いくら高貴な身分でも、いくら見目麗しくても、あれじゃあ、侍女も次々辞めるわけよ。

「申し訳ありません、リーゼロッテ様。ルーイ様は、人見知りでいらっしゃるのです。ですが、心を込めてお仕えすれば、きっと心を解いてくださいます」

「そうかしら」

 ロゲールがとりなすように主を擁護したが、あの王子が、私に心を開くとは、とても思えなかった。

 噂には聞いていたけれど、本当に変わり者のようだ。

 ルートヴィッヒ・フォン・シュトゥルムナハト。それが、私が仕えることになった主の名だ。この国の第二王子。金色に光る瞳を持つことから、モンスターとか、翼を隠した悪魔、翼を奪われ地に堕とされた天使などという不気味なあだ名ばかりを持っている。

 もっとも、彼は私を一瞥すらしていないので、瞳の色をはっきりと見ることはできなかったのだけど。

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