5.桜の国で
桜が新緑を芽吹かせる五月。私は中学二年生になり、仲良しのレイちゃんとは同じクラス。
勉強が大変なこと以外には心配事もなく。
授業中に睡眠はたっぷり取ったので今日の夜は漫画を描くと決めていた。
家に帰り洗濯物を取り込んだら
晩ご飯を作り食べて残りはラップをかけてテーブルに置いたままにしておく。
乾いた食器をしまい洗いものをして
お風呂を沸かし入って髪を乾かす。
眠くなった所で勉強は適当に終わらせ今日は漫画を描く!
本当は受験が終わったらにしようと思っていたのだけれどせっかく体験したことを忘れてしまう。
体験? まぁいいや……
コマを割ってセリフを書く。
……そう言えば私絵が描けなかった!!
あんなにはっきり外見も覚えているのに……
仕方ないので外見の特徴も、どういう仕草をしていたのかも全部コマに日本語で書く。
明日からレイちゃんに絵の描き方教えて貰おう……
結構出来ごとが長かったせいで、お母さんが帰ってくる時間になってしまったので手元以外の電気を消す。
一応教科書を置いてアリバイ工作。あぁ、心臓に悪い。
今度はもっとこまめにセーブしよう……。
昼休みはレイちゃんに絵の描き方を教えて貰った。
レイちゃんは可愛いくて綺麗なアニメみたいなキャラクターが描ける。
私が絵のない漫画を持って、異世界にログインしたことは夢の話だと言うと、
春華は漫画が描きたいんだね、と言って
レイちゃんが所属してる美術部の部室からポーズ人形なるものを持ってきてくれた。
木で出来たのっぺらぼうだけど関節がすごく曲がる。
レイちゃんは改良版と呼んでいた。私物らしい。
「これを写メに取るの」
「写メ?」
私は最近携帯電話を買って貰った。
特に拘りはなかったんだけど音が良くて画素が高いものだった。でもとにかくごつい。
あとあんまり使ったことないけど画面の首がくるっと回る。
文字盤が光る所も夜中は便利。
まさかこんな所で役に立つなんて。
「これならあたりすら描けない春華でもどんな漫画になるか想像出来るでしょ。
私にデータくれれば合成もして…… あ、私があたり取った方が早……
いやいや春華のだからそれはしない方がいいか。
春華、漫画描くならこれからいっぱいやること、出来ることあるよ。
春華の成績ならK高校余裕だよね? 一緒に部室に」
「あ、いや、レイちゃん私ね、一応T高校志望……」
「大丈夫だよ落ちるから!!」
レイちゃんは絵や漫画のことになるとすごく熱くなる。
普段は優しく勉強教えてくれるのにやっぱり落ちると思われてたのかーい!
でも悪い気はしなかった。
きっとレイちゃんはいつも正しい。
そんなこんなで楽しく三日も過ごしてしまった。
レイちゃんは放課後も部活に遅れても私の絵を見ててくれたけど、今日は図書委員の仕事があるから私は先に帰るのだ。
独りになると桜の木が気になる。
正門の横の木をぼうっと眺めていたら木の影に誰か居た気がした。
『春華、早く僕の所に来て』
風が誰かの言葉を運んだ。
誰かの姿はもう見えなくなってしまった。
いいえ、はじめから誰かなんて
居なかったのだけれど。
「ただいま戻りました!」
泉から帰還したら呆然とした翠さん、ラズさん、未暗さんと、何故かにっこり笑っている男の子が居た。あの子誰?
五月の桜の葉のような髪の色。おかっぱに近いかな。
身長は私と同じくらい。
……おや
「これ、私の身体!?」
「リリファルシアンの泉ですから、魂の姿になりやすいんです。乾けば戻ります」
「会いたかったよ春華!」
新緑色の髪の男の子は突然私に抱き付いてきた。
確かに昔からの友人みたいな。
いいえ、どちらかと言うと木に抱き付いた時のような。
人に抱き付かれたという感覚はない。
「貴方は誰?」
「僕はヨウ。新緑の精霊さんだよ」
紫色の瞳がこちらを覗きこんだ。
「あまり小さい子を疑いたくはないのだけど、紫水と同じ色の瞳というのは、どうなのかしら」
「どう見てもクロウの関係者だね」
「私には彼が突然出てきたことしかわかりません」
「会ったことある? 私の名前知ってるの」
「あるでしょ、僕が君を呼んだんだ、春華」
あぁそうだ、呼ばれた。
「そうか。よろしくね、ヨウ」
きっと何かを期待されている。
けれどここにまた呼んでくれたのは嬉しい。
私は息の詰まる現世よりこちらの方が好きだ。
あっちには、レイちゃんが居るから戻る。
描かなきゃいけないから戻る。それだけ。
呼んでくれたのなら、期待に答えたい。
「貴方たち、クロウをどうするつもりなの?」
どういう関係かわからないけれどクロウ=魔王さんの関係者らしいヨウ君に直球で聞かれる。
「私は殺すつもりでした。でも私には殺せない」
「だから春華の身体を作ったのはラズ。
でも春華の意思は春華のものだ。そこを強制する気はラズにもないさ」
「私は紫水を殴ればいいと思っていたわ」
「わかる」
何故かヨウさんがうなづく。
「僕には紫水様は止められない。クロウさんのことなんて考えたことなかったけど、自殺も出来ないなんて可哀相に」
「ふん、止められないなら役立たずだよ。
もっとも、クロウを殺されたら僕も困るんだけどさ。
……いや、あんなやつ、僕に害がないなら死んで貰って構わないけど」
「紫水さんは、クロウさんが助かる方法を探していないの?」
「紫水は頭がおかしい。
クロウがどうにもならないと思って僕を作ったくらいだ。
最悪、クロウを救えなくても勇者は必要だ。
ボクは人間なんてどうでもいいけど、クロウが悲しむ」
段々魔王さんの人となりが見えてきたかな?
「この剣なら魔王さんを殺せるから……
望まれていても、やりたくないけれど」
「私の力がもっと強ければ、クロウを泉に突っ込んで浄化出来たのですが」
黙っていたリリファルシアンさんが口を挟む。
「リリファそんなこと出来たの?」
翠さんが尋ねる。
「泉、というのはそういうものです。特別ここは…
けれどクロウの闇が深すぎる。
泉の許容量を超えています。
ここが駄目になると本当色々やばいのです。あえて言いませんが」
「お手上げじゃないか」
「そんなことはありません私の子よ。
私に策があります。具体的には貴方たち
リリファルシアンの泉に潜り強い心と浄化の力を得なさい。そうでないと魔王に近付くことも出来ません。
そしてもし貴方たちがとても強い心と浄化の力を得たら、魔王を救うことは出来るかもしれない。
ルース…… 紫水は殴っておきましょう」
「それ賛成。雪辱戦ね」
ヨウさんが深く息を漏らした。
「安心したの?」
「そんな、怖がってなんてない」
ヨウさんは私の上着を掴んでいたことに気付いて慌てて手を離した。




