3.魔王のこと
「魔王は嫌がっていました。もう生きたくないと言っていた。紫水様には聞こえないようだったけれど、私は紫水様の周りに漂っている魔王の魂の声を聞いてしまったんです。
けれど紫水様に命じられたから私は冥界の鍵を開けた。
この鎖……
これは紫水様が私の命を救うかわりに縛りつけた鎖だ。逆らうことは出来ない。
私はどういう結果がもたらされるかは知らされていませんでしたが感づいていた。
それなのに手伝ってしまった。
だから私は早く責任を取らないと……」
「ラズ、何で貴方いつも何も言わないのよ」
「こんな情けないこと言えますか」
「結局紫水様が一番悪いってわけだ。ま、予想通りだね」
そうかな?
きっとその王様にも哀しいことがあったんじゃないかな?
「殺すか殺さないかは置いても紫水さんと魔王さんとちゃんと話をしなくちゃいけないんじゃないんでしょうか。出来る方法を探したり……」
楽しい冒険の始まりかと思ったらいきなり重い話をされた。前向きに行こう。
「うん。
ぼくはリリファの泉に向かおうと思ってるんだ。
っていうか一刻も早く向かわないと詰む。
魔王が蘇ってからずっと誘惑されてる。
僕ってほら、こう見えてハイスペック妖精さんだから僕が闇落ちしたら大変」
リリファ迎えに来て……
と翠さんは泣きはじめた。
「翠貴方まで……
ここで生きてるの私だけじゃない」
「私たちはともかく翠は魔法科学装置にはかけられません。
どうやって移動します?」
「リリファの番犬が迎えに来てくれるだろうからみんなで行こう。
いいかい、僕を一人にしないこと。特に未暗、春華、女性陣は」
「ラズが除外されるのはわかる気がするけど何で女性限定なのよ」
「女の子が好きなんだ。魔王の誘惑を押し退けるほどに」
翠さんは随分とオープンな人なのね……。
魔王が蘇った場所――千年前に私が彼を殺した場所に近付けば近付くほど、森は枯れ、一種類の植物が繁茂している。
絡む蔦には刺があり、八重より多い花びら。
色は死ぬ間際のあいつがよく着ていた服の色。焼けるような紫。
空から見ているとその変化がよくわかる。
クロウは俺が殺した時の状態のまま生き返ったのだろう。正確には生き返ったなど言えるのだろうか。
元々クロウは冥界の者に近い。
生者ではないから性別もないし生殖もしない。
俺が男だったから恐らくクロウも男のつもりなんだろうが……
それも正直どうでも良かった。男であれ女であれ。生者であれ死者であれ。
俺達は幸せな結末を迎えた筈だったのにどうして蘇えらせてしまったのだろう、なんて思ったりもするけれど。
やっぱり一目会いたかった。
ずっと側に居れなかった分側に居たいと思っている。
二百年ほど前に俺が立てた教会の扉を開く。
魔王の領域は物が変化しないから錆び付いても居ない。
「クロウ、俺だ」
巻き付いてくる蔦を牽制しながら教会の中に進む。
奥でうずくまっている大きなカラス羽根がそうだろう。
死んだ時より背は縮み、髪も焼け焦げた茶色になっているが、クロウだ。あぁ、きっと上手く行った。
「クロウ、わかるか? 俺だ」
近付いて手を伸ばす。
「誰……?」
ぼんやりとした目がこちらを見つめる。
少しだけ薄くなった紫色の瞳。
昔はクロウの方が濃かったが、今は同じくらいか。
「わからないか?
随分、変わったからな」
「僕の名前を呼ぶのは君しかいない。
ルース、剣はどうしたの?」
まるで返事をしなくてもわかっているかのように目を伏せる。
「お前を二度も殺さない。
ずっと寂しかった。
魔力が戻っても、羽根が戻っても。
クロウ、今度は……」
「駄目だよルース。
僕は最悪の状態で蘇った。君が殺す前だ。
君が僕を殺さないなら僕は森を枯らす。街を枯らす。自分独りになったらようやく滅べるかもしれない。でもその時には何もない。
君がここに来た理由はわからないけれど、ここにいるのは魔王だけ。
君の羽根は君が持って行っただろう。もう僕にはない」
「そうか。置いて行って悪かった。これからはずっと側に居るからな」
「ルース?
話聞いてた?」
「俺はお前にまた会えて嬉しいんだ」
「正気じゃない。
元々君はおかしかったけど輪をかけておかしい。
そうだ、シェンさんはどうしたの?
ごめんなさいすればまだ許して貰えるでしょ」
「それは千年前の話だろう。あいつは人間だ。もう死んでる」
「……ごめん、僕のせいだ」
「俺ははじめから、人間と寄り添えるような器ではなかった」
昔はふわふわして温かい白い羽根だった。
冷たく黒く濡れてしまった羽根、その下に腕を入れ身体を抱き締める。
「お前が居てくれたらそれでいい」
「……」
クロウも俺の背に腕を回す。羽根が出しっぱなしだったか
ぶちっ
という音と共に羽根先に鈍い痛みが走る。
一本抜かれた。
「おいクロウ、何する」
「いいわけないだろ」
クロウは口から血を吐きながら、呪いの言葉を吐く。
血だまりの上に俺の羽根を置いた。
「この血と羽根を持って形をなす。
闇から生まれ闇を裂くもの、
来たれ、我が分身」
血だまりは人の形をとる。
萌えいずる草木の色の髪、俺ともクロウとも同じ瞳の色。
「おい、何で増やした」
「僕では君に逆らえないからね。
悪い、ヨウ、
僕を殺す方法を探して欲しい」
「何で僕がそんなことしなくちゃいけないのさ」
ヨウと呼ばれたクロウに似た少年(?)はそう答える。
「僕は君から魔力供給を受けている。
現状、それを断ったら僕は死ぬ。
冗談じゃない。せっかく生まれたんだ」
「だそうですけど」
「僕の望みが世界の意思に反しているのはわかっている。
何か方法はないのか」
「私もクロウを殺すつもりはありませんよ」
「あんた。
紫水とか言ったか。
あんたのことは信用出来ない。僕は他の方法を探す」
「あれま」
「おい、おーい」
去っていく彼をクロウは呼んでいたが
私には止める理由はなかった。




