13.ルーファスの末裔
クランとは同じ歳だった。
特に祝福が強くいつまでも大きくならない私をクランは守ると言った。
ずっと守ると。そう言って私の手を引いていた。
クランの父親は早くに亡くなってしまい、少し年の離れた弟が大きくなるまでクランは母親を支えていた。
弟が成人した日、クランは私に一緒に暮らそうと言った。
「どうして私なの」
私には姉が居る。
姉は私より見掛けも大人に近かった。
「モモは僕のことが好きだろう」
「そうだけど!
こんな子供ならお嫁さんにもなれないわ」
「僕も呪いがある。
もしかしたら君が大きくなるまで間に合わないかもしれない。
だからね、楽しいことは早くした方がいいだろう」
「でもクランは大人なのに!
私とじゃなければ結婚したり出来るでしょう」
「うーん、この歳まで彼女も出来たことないからなぁ。
ずっとね、僕の家族は父と母と弟と、モモだと思っていたんだよ」
クランの口から紡がれる言葉はいつも美しい。
けれど私は信じられなかった。
クランには血の呪いがある筈だ。だからずっと姉を好きになる筈だと思っていた。
「クランは血の呪いのことを知らないの?」
「あぁ。
そうだね。モモと結婚したら解けるみたいだね」
「私とじゃない。お姉ちゃんでもいいでしょ」
「モモ、君のお姉ちゃんとはね、
……絶望的に合わないんだ」
「それはわからないでもないわね……」
姉は暴れ馬のような人だ。
祝福された高い身体能力を持ち、それを試したくてうずうずしている。いつも危険に真っ先に突っ込んで、生きて帰れたら祝杯をあげる。
「僕は寂しがり屋の権化のような人間だからね。ずっと側に居てくれる人がいいんだ」
なるほどそれは良くわかる。
気付いたら三食クランの世話になっていて、姿が見当たらないと名前を呼ばれる。
クランは森と人間界の境界線を守る仕事をしているけれど、暴れ猪を森に返すために三日出ずっぱりになった後はひどかった。
三日三晩私を抱き締めたまま離さないでもう何もしたくないと言っていた。
まぁきっと。
クランが私のことを好きなのは血の呪いのせいでしょうけど。
「わかったわ。一緒に居る」
正式に結婚した訳ではなかったけれどクランは指輪をくれた。
私の手はとても小さかったけれど、それに合ったものを。
成長したらまた変えると言っていたけれど、私が成長することはなかった。
「クランは指輪を持っているでしょう」
クランとも、私ともサイズの合わない指輪。指輪を貰ったから聞いてみた。
「昔、誰かにあげるつもりだったの?」
サイズ的に女物で、シンプルだけど決して安そうじゃない。
「あれは、魔力痕の研究用」
「魔力痕?」
「僕と、モモの共通のご先祖様の持ち物だった。
僕の家とモモの家の婚姻はずっと考えられていたものだったけど、血が近過ぎるのも良くないだろう。
だからあの指輪に残った魔力を元に計測して、薄くなったら結婚してもいいことになっていたの。
僕の代から許可が出て、いらなくなったから僕が貰ったんだ」
「そうだったの」
「この指輪自体、呪いの指輪めいてはいるんだけどね。
だって僕の先祖の魔物が、僕たちの先祖に送ったものだ」
「それ、つまり共通の先祖は女の人だったってこと?」
「モモは知らなかったの?」
「勘でしかわからないわよ。うちは単に寿命が長いだけの一般庶民なの。魔術研究もしていないし」
血の呪いがあることは知っていた。それは見ればわかる程度のもの。詳しい経緯までは知らない。
「つまり、この指輪の主はね、魔物の子を産んだ後に人間と結婚して子供を産んだ。後に生まれたのが君の家」
「……?」
「指輪を送るぐらいだから、知性のある魔物だったんだろうけどね。
ご先祖様にも粗暴な方は居ないし。
ただ、その魔物の魔力は人間の身体には強過ぎた。
だから僕たちは魔術の才能があるかわりに早く死ぬ。
推察だけど、君達の家が魔術的才能が全くないのは、
一度魔物の子供を妊娠した人が産んだからじゃないのかな。
胎内で出来た免疫が受け継がれたんだろうね。
あ、長生きなのはね、何でかな。後に来た旦那さんの性質かもね」
「……何ですって」
「これは言いにくいんだけどどうせモモの方が長生きで、いずれ知っちゃうから言っておくね。
ぼくとモモが結婚したら、子供は普通の人間になるんじゃないかって研究成果がある。
交わうだけでも、僕の魔力は減ってく筈だって。そうすれば寿命は伸びるだろう。
でもモモが痛いだろうし、犯罪っぽいからやめておくね」
「何よ、そんな大事なこと早く言いなさいよ」
クランを小さな手でべしべしとはたく。
でも急に大きくなれる訳じゃないし、私にはクランを救うことは出来ないんだ。
「モモが嫉妬するだろうから言わなかったけど、僕はよくモテるんだよ。
これはきっと魔物の性質で、だからモモの家の人には効かないんだ」
「え……」
確かに思いあたる節はある。
クランは老若男女問わず好かれる。が、姉は何だあのひょろいのと言っていた。
「でもね、モモは僕のこと好きになってくれただろう。
やっと僕は人間らしくなれた気がしたんだ。
だからこれより良い未来はなかった。モモはずっと側に居てくれればいいから」
穏やかに残酷に時間は過ぎ、寿命を全うしたクランを抱いて私は泉に向かっていた。
人など居ない筈の森から影が現れる。あぁ、そうか。あれが……
長く、結い目も解けたような金の髪。
ひどく血に汚れているのに腐臭もしない服。
「貴方、身支度を整えた方がいいわ」
「何だお前、死体なんて抱いて」
虚ろな紫眼をこちらに向ける。
元はああいう色だったのか。
「ちょうどいい。
貴方に返す。貴方が女に送った指輪」
「あぁ……」
男が手を伸ばすと、指輪は溶けて消えた。




