玉手箱
「いったいこれはどういうことなんだ!」
その男は、あまりに突然のことにわけがわからなかった。
「あの乙姫とやらに玉手箱とかいうものをもらい、決して箱を開けてはいけないと言われたが、いけないと言われれば開けてしまうのが人情じゃないか……」
竜宮城で過ごした日々を思い出しながら、急に老人になってしまった男は、うっかり玉手箱を開けてしまったことを後悔した。
「もう、これで私の人生も残りわずかになってしまった……」
男は、すっかりうなだれてためいきをついた。
「乙姫様、うまくいきましたね」
亀は、男を地上に帰してきたところだった。
「見知らぬ土地へおいてきたものだから、今ごろはきっと、あの男もびっくりしているでしょうな」
乙姫は、にっこりとしてつぶやいた。
「そうね。それに、あれほど開けてはいけないと言っておけば、愚かな人間は必ずあの箱を開けるでしょう」
「さようですな」
亀は、うなずき返した。
「私が子どもたちにいじめられたふりをして、首尾よく竜宮城へ連れてきたことも知らず、あの男はまんまと信じ込みましたな」
「いきなり仕返しするのもかわいそうだから、一生分の楽しみはいくらか味わわせてあげたわ」
「さすが、乙姫様はお優しい……」
亀は、乙姫の気持ちに今更ながら感激した。
そして、ぽつりと言った
「私たち海の中の住人にとって、あのような人間はみんな敵ですからな。釣り人なんてものは……」
乙姫と亀はこうして釣り人を竜宮城に連れてきては、釣られていった魚たちの仇討ちをしていたのだった。
「でも、これからは少しやり方を変えようと思うの」
「ええっ! それはどのように?」
亀は、びっくりして乙姫に聞き返した。
乙姫は、答えた。
「実はね、私が人間の世界に行くのよ。そして、人間の心を変えていくの」
「ほほう、それはおもしろいですな」
亀は感心してうなずいた。
「そうね、私の名前は………みすゞ……」
乙姫はにっこりと微笑み返した。
大漁
金子みすゞ
朝焼小焼だ
大漁だ
大羽鰮の
大漁だ。
浜は祭りの
ようだけど
海のなかでは
何万の
鰮のとむらい
するだろう。
「金子みすゞ童謡詩集」JULA出版局より引用
真実はなかなか見えないもの
でも、見えぬものでもあるのです……。