2話 魔王軍最高顧問会議
号令を掛けた後改めて席に座る配下の面々を見回すと、一人足りないことに気が付き首を傾げる。
「フラウが来てないようだが…」
「彼女は、研究で忙しいので欠席させてほしいと」
「ふむ、ならば後でおれが様子を見に行こう。他は全員揃ってるな」
「はい」
「では始めよう。まずは各々の近況と、進捗状況を聞かせてもらいたい。タラから順に頼む」
右側に座る青髪の少女に視線を移すと、彼女は此方に向かって静かに頷いた。
「此方は特に異状なし。収穫も順調。この調子なら前年比の3割増しは超えそう」
「ほほう、それは喜ばしいな」
「それから、収穫が落ち着いたら新しい作物にも挑戦しようかなと思ってる」
「新しい作物?」
「そう、これ」
彼女は足元の麻袋から淡い水色のこぶし大ほどの物体を取り出すと、机の上に置いた。形は少し歪だが果物のようにも見える。
「見たことがないな…食べられるのか?」
「もちろん。じゃなきゃ育てない」
「ふむ…」
それを手に取ってまじまじと見つめると、徐に一口齧りついた。
果肉にはほのかな酸味と甘味があり、噛むたびに水分が溢れてくる。シャクシャクとした小気味良い食感があり、味は以前食べたことがある林檎と酷似しているようだ。
「あっ………」
「あ、すまん。つい美味しそうで。実際美味いな」
「や、別にいいけど…なんともない?」
彼女は心配するように此方の様子を窺う。
「ん?なぜだ。なんともないぞ」
「…実はその果物、毒がある」
「っ!!?ゴホッガハッ!!!」
魔王は盛大に咳き込んだ。
タラは少し申し訳なさそうな顔をして視線を落とす。
視界の端ではエリザが真っ青な顔をしているのが見えた。
「だ、大丈夫ですか!魔王様!」
「う、うむ…この程度の毒、大事ない」
「ステラ、念の為解毒を」
「はい」
エリザの呼びかけに一人の女性が立ち上がる。
僧侶の姿にも見える金髪のその女性は魔王の傍まで寄ると、何かを呟きながら腹に手を翳して力を込めた。
その手から光が溢れ降り注いだかと思うと、陽光を浴びたような温もりを感じる。
「これで大丈夫です」
「すまない、ありがとうステラ」
「いいえお安い御用です」
ステラは妖艶な笑みを浮かべると自分の元居た席へと向かう。
エリザもほっと胸を撫で下ろして安堵の笑みを浮かべたが、すぐに目を吊り上げ責任を追及するような目をタラに向けた。
「タラ、あなたって子は…」
「ご、ごめんなさい…」
「いいんだ、エリザ。おれもよく話を聞くべきだった」
「…魔王様が、そう言うなら…」
少し頬を膨らませながらも、彼女は不承不承頷いた。
「しかし、毒があるとなると食い物にならないんじゃないか?」
一口齧られたその果物を再び手に取り、疑問を口にしてみる。毒に耐性がある自分ならまだしも、そうでない者には食料に成り得ないだろう。
だがそれを聞いたタラは大きくかぶりを振った。
「魔王、話は最後まで聞いて。この果物は生では毒だけど、熱を通せば甘みが増して毒も消える。水分を飛ばせば長期保存もできるし、扱いを間違わなければ良い代物」
「そうだったのか…先走ってすまない」
「ううん。私も最初に伝えればよかった。ごめん、魔王」
そう言って、ぺこりと頭を下げる。
彼女の言うことが本当なら、ここの食料事情も少しは改善されるかもしれない。タラの指揮で農業や畜産業は段々と形になってはきているが、未だ口にする食事は少々味気ない。村の民や兵卒の食事となればもっと質素になるだろうだろう。この国はまだ貧乏であるため、腹を膨らませるだけでも精一杯なのだ。飯が美味いか不味いかなんて気にかけている余裕はない。
だが、もし今後収穫量が増え安定して供給できるようになった場合、この果物のように多種多様な作物を植えていくのはいい案だ。美味い飯が食えれば、自然と元気が出るし、食事という楽しみもできる。
タラは既に色々と自分で試しているようだから、おれもなにか出来ることがないか探してみることにしよう。
そんな思案を巡らせながら、毒を持つその果実をテーブルに置いて青髪の少女に目を向ける。
「この果物を植えるのは構わないんだが、誰かが間違って食べてしまわぬようそこだけは注意してくれな」
「うん、わかってる。こいつは全て私の管理下で試験的に植えていくつもり。安心して」
「ああ、よろしく頼んだぞ」
まだ微かに残る腹の違和感に下腹部を撫でながら、第二の犠牲者が出なければいいなと強く願った。
「では次、ヴィルヘルム」
視線を送った先には、羽根兜をかぶり鉄の鎧を纏った大柄な熟年の騎士。兜に阻まれ此方からは表情さえ窺うことはできないが、そこはかとなく有無を言わせぬ威圧感が感じられる。
名を呼ばれると不動の体勢を崩し、カチャカチャと鳴らしながら魔王に向きなおった。
「こちらも、特段異状無い」
「騎士隊の練兵はどうだ?」
「順調だ。あとひと月もあれば、まともに使える兵になるであろう」
「それは嬉しい知らせだ。さすが兵の教育は慣れたものだな。人手は足りているか?」
「今のところ問題ないが、これ以上増えるのであれば2,3人新しく欲しい所だ」
「わかった。では古参の者を何人かそっちに寄越そう。足りなければまた言ってくれ」
「助かる」
そう頷いて、ヴィルヘルムはまた元の姿勢に戻る。
「次、ナツメ」
「はい」
返答したのは、大柄なヴィルヘルムの陰に隠れる小柄な少女だ。
彼女の祖国に伝わる伝統的な密偵の黒装束に身を包み、黒髪のショートカットを黒い布で覆っている。
(…今日はいつにも増して黒いな)
彼女は仕事着である黒装束を普段着のように毎日身に着けているが、今日はやけに気合が入っているようである。肌の露出もほとんどなく、全身黒づくめの様相だ。
年頃の女の子なのだからもう少しお洒落すればよいのではないかと思うのだが、おれが口を出すことでもないかとその点について話したことはない。というより、彼女が極度の人見知りなのであまり話す機会がないのだ。出会ってから1,2年過ぎているはずだが、未だ目線を合わせるのも難しいらしく、仕事の時以外では話しかけようとしても逃げられてしまう。
年頃の娘を持つ父はこんな気持ちなのだろうか……少し微妙な心境だ。
まあきっとこういうのは時間がかかるのだろう。無理に距離を近めることもない。長い目で見守ろう―――
そんな他愛も無いことを考えていると、
「そ、そんな見つめないでください…」
「え、あ、すまん」
どうやら無意識の内に不躾な視線を送っていたらしい。ナツメは自分の足元に目を泳がせながらもじもじしていた。申し訳ない。どこからか睨むような視線を感じるのは気のせいだろうか。
「コホン。ではナツメ、近況を聞かせてくれ」
「は、はい。魔王軍領内では特に異状はありません」
「うむ」
「ですが、領外周辺の地域ではある噂が…」
「なんだ?」
「…勇者を発見したとの情報があります」
会議室が微かにざわめく。陽気な顔をしていた連中にも緊張が走る。
勇者と言えば、魔族の間では災厄の象徴である。見つけた魔族は皆殺しにし、貧しい村から金銭を漁り、勇者が通った後にはぺんぺん草も生えないと言われている。更には目を付けた魔王は地の果てまでも追いかけるとの専らの噂だ。いい迷惑である。
「此方に向かっているのか?」
「いえ、それはわかりません…ただ、その周辺でも発見したとの情報が相次いでいるようです」
「むう…」
勇者に出会った者に命はない。
ならば、勇者を発見できる位置にいながらも、見つかることはなかったのだろうか。隠れている敵を見逃すようなヘマを勇者がするとは思えないが…
馬鹿な魔族がどこぞの誰かと勇者を間違えている可能性もなきにしもあらずだな。
「いずれにしろ、警戒を強めねばならんな。引き続き勇者の捜索を頼めるか?」
「はい。すでに部下を数名偵察に出しています」
「うむ。くれぐれも、もし発見した場合は必ず退却しおれに知らせてくれ」
「承知しました」
ナツメが恭しく頷いた。
「皆ももし遭遇した場合、戦おうとはせず必ず魔王城に増援を呼ぶこと。いいな?」
勇者は場合によっては魔王である自分さえ凌駕することもある化け物である。そんなやつに一対一などと正々堂々と戦ってやる義理はない。
皆も此方を見据えて真剣な表情で頷く。
その後、残りの者の報告も聞き終え、第12回魔王軍最高顧問会議は幕を閉じた―――