1話 魔王の子育て
「ねえ、魔王?」
「ん?」
「なんで魔王には、翼があるの?」
「アイのところにいつでも飛んでいくためだよ」
「アイにはなんでないの?」
「アイはまだ子供だからね。大人になったら生えるさ」
「そっかあ」
幼い女の子は、ゆりかごのような椅子に揺られながら、笑みを浮かべて頷いた。
「ねえ、魔王?」
「なんだい」
「なんで魔王には、角が生えてるの?」
「アイを守るためだよ」
「へえ~どうやって?」
「こうやって、敵に突き刺すのさ」
魔王は腰をかがめて、闘牛のように突き刺す動きを見せた。
それを見てアイは手を叩いて喜んでいる
「アイも、魔王みたいな角と翼、はやくほしいな」
「…アイにはお父さんみたいなのじゃなく、かわいい角と羽が生えてくるよ。きっとね」
「そうかなあ。何回寝たら生えてくる?」
「うーん、アイとお父さんの指じゃ、数えきれないほどだなあ」
「そっかあ………」
その言葉を聞くと、アイは見てわかるほど表情を暗くし、瞳を潤ませた。
「だ、大丈夫!その内生えるよ!ほら、角!さわっていいから!」
「んっ………」
顔をしかめて、今にも泣きだしそうだった幼女。
だが、魔王のその角にふれると、段々と表情がほぐれていく。
「かたくてふとい…」
「立派だろう?」
「うん」
少し螺旋を描き、どの獣とも似つかぬ魔王のそれは、頭から二本、天へと向かって伸びている。
「大人になるまで少しの我慢だ。きっと、あっという間に生えてくるよ」
「うん…」
魔王は感慨深く、中空を見上げた。
「アイにはどんな角が生えるかな………今から楽しみだね」
「………」
アイからの相槌はない。
もしやと思い、幼女の顔をのぞくと、女の子は静かに寝息をたてていた。
そのあどけない顔に、魔王は思わず破顔した。
「………はは、もう寝てら」
胸が温かくなるのと同時に、この子を守らなければという気持ちを強くする。
「かわいいなあ…」
頭を優しくなでてやる。
思わずにやにやしてしまう。
こんなだらしない顔は、配下共には見せられないだろう。
「………」
「魔王様…?」
飛びでそうな心臓と出かかった声を無理やり抑え込んで、魔王は後ろを振り返る。
そこには、魔王の配下であるエリザがいた。
「なんだお前か………いつもノックしろと言っているだろう!!」
怒気を込めながら、アイを起こさぬよう器用に声を潜めて魔王は言い募った。
「何度もノックしたんですけど…返事がなかったものですから」
エリザは肩を竦める。
「むう…」
「それより魔王様。会議の時間ですよ。みんな待ってます」
「おっと、そうだったか。すまない、今いく」
「はい。会議室でお待ちしてます」
エリザが扉から出るのを見送ると、魔王もすやすやと眠るアイにしばしの別れを告げ、魔王室をあとにした。
◇ ◇ ◇
エリザが会議室に戻ると、中央の長テーブルに座る面々が談笑を止めて視線を向けた。
「なんだ、まだ来ないのか」
「ええ、ですがすぐ此方に向かってくるはずです」
彼女は嘆息を交えてそう答えた。
魔王の遅刻は珍しくない。
皆も気にせずまた会話に戻る。
会議前と言うのに、陽気な雰囲気である。
それとは裏腹に、エリザはまた心の中でため息をついた。
(あの娘、どこで拾ってきたのかしら…)
魔王が突然、自分の娘だと紹介してきたのはつい先日のことである。
それを聞いたときはさすがに開いた口が塞がらなかった。
話を聞くとどうやら、魔王城で娘を育てる気らしい。
さらには子育てなどしたことがないので、どうか手を貸してほしいと珍しく頭を下げてきた。
手助けするのは吝かではないが、此方も子育ての経験など皆無である。
どうしたものかと逡巡したが、魔王の顔がいつにもなく必死であるし、なにより魔王と子育という疑似夫婦体験ができるのも悪くない…と思考を巡らせた結果、魔王の頼みを受諾することになった。
ということで今現在彼女は絶賛子育て勉強中である。空いた時間を見つけては、子を産んだ経験がある女性達に子育てについて色々と聞いて回っている。
そのことを噂で聞いた密かにエリザに心を寄せる魔王城内の男達が、相手は誰だと息巻いているのを彼女は知る由もない。
(やっぱり、昔の女かしらね…)
魔王と出会ったのはおよそ3年前のことだ。
魔王の娘、アイは5歳を過ぎているように見えるから、自分が出会う前に、他の女性とできた子供と考えてもおかしくはない。
そのことを考えると、少し複雑な気持ちになってしまう。
(でも、それにしては魔王と似ても似つかないわよね…)
そんなことを眉間にしわを寄せてうなりながら思案に耽っていると、後ろから魔王の声がした。
「すまない、みんな。待たせたな」
その声で皆も魔王の方に視線を向ける。
時間に遅れたことで、魔王を咎める様子はない。
そのままテーブルの手前端に座ると、魔王に注目が集まる。
「うむ。ではこれより、第12回魔王軍最高顧問会議を始める!」
低くよく響き渡る声が会議室に響いた。