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「ま、とにかく、早めに帰したほうがいいよ」

「そうね…」

「おい、大丈夫なの? なんか久しぶりに家に帰れたっていうのに、落ち着かないなあ」

「ごめん…」

「遠くの親戚たよって出て来るなんて…。良く知りもしないで、世話すんの、ヤバイよ」

「そ、そうかしら…」

「そうだよ。学校だって停学とか食らってるのかもしれないし。髪の毛ピンクだし、そんなに真面目でお勉強してますって感じの子じゃないよね」

「そんな言い方って」

 何故か、芽菜は少しむっとした。

「最近、渋谷とかにいるらしいよ。家出したままホームレスやってるみたいな子がさ」

 渋谷という言葉にどきりとする。

「援助交際とか、下着売ったりとか…。ま、そういうの買うおやじがいるからしょうがないけどさ…。とにかく明日追い出してよ! 明日はたぶん夕飯も食えるから…。少しゆっくりしたいよ」

「う、うん」

 それは最近二人が交わした一番長い会話だった。

 朝、祥吾が出て行く時も、スミカはソファで毛布にくるまって眠っていた。

「ちゃんと追い出してよ!」

 と念を押して祥吾は出て行った。

 さて、そんなこと、自分に言い出せるだろうか。でも、言い出さなくちゃしょうがないだろう。

 芽菜はスミカが起き出すのを待ち、掃除機をかけながら周りをうろうろしていて、スミカの紙袋を蹴飛ばしてしまった。

 そのいっぱいに詰まった紙袋は倒れ、くしゃくしゃに丸めて入れてある衣類がこぼれ出た。芽菜が洗濯してあげたやつだ。それと一緒に出てきたのは、塩ビの真っ赤なハイビスカスの造花。

 芽菜はそのハイビスカスを目の高さに持ち上げた。ハワイで首にかけてくれるような、首飾りになっている。

 なんだって、こんなものを持ち歩いているのだろう。

 芽菜は紙袋を立て、こぼれ出した物を両手に抱えて中に返そうとして、ふと、薄いノートに目を止めた。それは、ディズニーキャラクターの表紙のノートで、三冊入っている。

 芽菜はそっとその一つに手をかけ、スミカの方を気にしながらぱらぱらと捲ってみた。

 いくつかのプリクラで撮ったシールのほかに、若い人が時々使っているおもちゃみたいなポラロイド写真機で撮ったと思われる写真が貼ってある。たまにぼそっと話すスミカの話に出てくるスミカの友達、ミワだか、サトミだか…、そういう友達とカラオケで歌っている写真に、『みわで~す』『さとみで~す』と吹き出しが書いてある。そのほかには、路上で撮った写真、何か食べている写真。それがちゃんとページごとにレイアウトしてあって、数色の水性ペン、蛍光ペンで、星・音符・花・魚・へび? あひる? のような小さい動物が描かれていて、波線やら、点々、など線や四角、三角、ハートなどで装飾してある。

 詩を書いてあるページもある。

『ほし

 キラキラってすき

 とおく、さわれないところがいい

 あついかな? さむいかな?

ほしにいってみたいな』

 詩のまわりには金銀のペンを使ってたくさんの星が描かれている。

『うま

 ひんひんひん

 うまどし、うまどし

 すみかのうまれた

 ひろいところあれば

 うまのようにはしりたいな』

 タイトルからすると、馬なのだろう…。細い木のカケラに足が生えたような動物が描かれている。

 思わず笑いそうになり、その時スミカが動いたので、ドキリと立ち上がりそうになって、パラリとそのノートにまだ貼られていない数枚のポラロイドの写真が落ちた。

 下を向いていて顔が良くわからないが、芽菜と思われる少女。暗い部屋の中、裸で縛られている。そしてハイビスカスの首飾りをかけている。身体は傷だらけだ。

 芽菜は思わずスミカの方に目をやった。スミカが動くと、芽菜の心臓もぴくんと連動し、芽菜はあわてて写真拾い息を殺した。

「あー。よく寝たー」

 こんどは本当に目覚めたらしい。芽菜はあわてて紙袋の中にノートやら何やらを戻し、じっとスミカを見つめていた。

 スミカがくるりと芽菜の方を見る。芽菜はさらにあわててそばにあった掃除機のスイッチを入れた。

「あ、おつかれ~」

 と起き上がると、スミカはもう何年もここで暮らしているかのように、すっかり慣れたようすでシャワーの支度をして、

「先、朝シャンするから、飯、よろしくね」

 と当然のごとくに言った。


 スミカがシャワーを浴びている間、芽菜は袋の中のほかのノートものぞき見してみたい衝動にかられた。でも、もうそれ以上スミカの秘密を見るのも怖かったし、なんだかスミカがかわいそうに思えた。

 芽菜はしんみりしながら掃除を終え、スミカのためにブランチを用意した。 

いつもスミカは何でもおいしそうに食べる。ほかの時はほとんどだれているのに。食べ物を食べている時は幸せそうだ。

 芽菜は真向かいに座ってそれを見ている。でも、スミカは一向に気にせず、トーストにかぶりついていた。

「ね」

 と、思い切って芽菜は声を発した。

「ん?」

 あどけない瞳で見つめられると、芽菜はたじろいだ。そこで祥吾の言葉を思い出し、自分を励ましながら言葉をつないだ。

「あのね。今日、だんなが帰ってご飯食べるし。もう、スミカちゃんが来て三日経つし…。とにかく、もうそろそろ…」

 スミカは無表情になって、

「ふーん」

 と言った。

「今日、あたしも渋谷に出るから。それ食べたら、一緒に帰る支度しようね」

 子どもに言い聞かせるように言った。

「オッケー」

 意外に簡単にスミカは言って、

「ね、お風呂にある化粧品とか、シャンプーとかリンスとか、もらって行っていいでしょ」

 相変わらず図々しかった。

「あとさ、まだ少し洗濯物あるから、洗っておいて」

 芽菜はうんともすんとも言えなかった。

 スミカは芽菜の返事など気にしていないようで、

「ちょっと厚いのとか、洗っておいてもらうか。これから暖かくなるしな」

 と自分の三つの持ち物の中からいろいろ出して、

「自分で洗えなかったら、クリーニングに出してね」

 と首をこくっと曲げた。

「あ、渋谷に持って来てくれたら、連絡ちょうだい。時間空いてたらすぐに行くし」

 とメアド、電話番号を交換した。

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