8.
次の日の朝、芽菜は八時に目覚めた。
スミカはソファで熟睡していた。
いったい何時に眠ったのだろう。
起こしたらいいのか、どうしたらいいのか…。迷いつつ、カーテンを開ける。
快晴だった。
二人暮らしなので、洗濯は数日分まとめて洗う。洗濯日よりだった。
数日分の洗濯を終え、自分だけ簡単に朝食を済ませ、スミカの周りを遠巻きにうろうろしつつ、掃除をし始めた。
掃除機の音がけっこううるさいだろうに、スミカはまだ起きそうもない。そうしているうちに昼近くになってきた。
昼ご飯に何か食べようか…。冷蔵庫を開けて見る。その音がスミカを起こしたのか?
「ああー、良く寝た!」
と、声がした。
冷蔵庫の扉越しにスミカの方を見ると、思い切り伸びをしていた。そして、すこしぼんやり、外を眺めて、ふと思いついたように、紙袋の中をがさごそやり始めた。
「ね、おばさーん!」
芽菜を呼びつける。
芽菜が、目をぱちくりしていると、
「ね、これ洗っておいて!」
屈託なく言って、洗濯物らしい布の塊を掲げて見せた。
芽菜はしばらくそこに直立したまま、スミカを見つめた。
「あ、明日でもいいからさー」
芽菜は対応に迷いつつも、スミカの洗濯物を受け取り、とりあえず洗濯袋に突っ込んだ。
明日って…。今日も帰らないつもりだろうか…。
その芽菜の予想は大当たりで、そのまま三日、スミカは居座った。ほとんどソファを動かず、パジャマを着て一日過ごし、お腹がすけば「飯、ある?」とか「食うもんある?」と聞く。喉が渇けば、「飲むもんある?」
用意される物を食べ、飲む。
食事の時だけはキッチンに来て、スナック菓子などはソファでごろごろしながら…、ほとんどはテレビを見ているか、寝ていた。
いったいいつまで居るつもりなのだろうか…。会話もほとんどなく、あたりまえのように要求し、なんの疑問も感じていないようだった。
その三日間は、芽菜も一歩も家を出なかった。缶詰やら買い置きのレトルト食品、冷凍食品、野菜もなにもなくなりつつあった。
正直、このスミカの存在をどう捉えたらいいのか、芽菜にはわからなかった。
ふと気がつくと肩がこりこりしていた。
スミカにけっこう気を遣ってしまうらしい。ストレスが肩にたまっている感じだった。
スミカはいたって気楽そうで、ソファを立つのはトイレと風呂の時くらいだった。
三日目、金曜日の夜は祥吾が帰って来る日だった。でも、スミカのことはまだ一言も告げていない。メールをしようかとも思うのだが、メール自体が苦手だった。
その日の昼、祥吾から『今日は夜帰る、でも夕飯不要』、といつものように連絡の電話がかかってきて、電話が切られる前に芽菜はあわてて、声を上げた。
「あ、もしもし! あのね! 今ね、親戚の子が泊まりに来ているの」
「え? だれ?」
「ええとね、遠い親戚の女の子」
数秒の沈黙。
「なんか、よくわかんないんだけど…、とにかく帰ってから話聞くから」
と電話が切れ、芽菜は呆然と固定電話の子機を見つめた。そのままスミカに目をやると、スミカは洋楽のトップテン番組を見ながら踊っていた。
わけがわからない。
芽菜は祥吾の帰りを心待ちにした。
これからいったい、どのようにスミカと対峙したらいいかわからないので、祥吾が帰ってくることによって起こる、自然の成り行きに期待した。
祥吾も芽菜も、気性の起伏が少ない質で、いつも淡々と時間を過ごす。だからスミカに対する祥吾の態度を全く予想することができず、この日ばかりは芽菜はドキドキしながら祥吾の帰りを待った。
夕飯の片づけも終わった九時過ぎ、
「ただいま!」
と祥吾の声がした。
スミカはちょうど風呂上がりで、バスタオルの前を押さえて、「やば」とぽそりと言うと、あわてて脱衣所こもってしまった。
芽菜が玄関に向かうと、祥吾がピンク色のスミカのサンダルをしげしげと見つめていた。
「げ、珍しいな。お出迎えか?」
と祥吾が芽菜の姿を見てびっくりしている。
「あ、それが親戚の子の…」
「あ? これ?」
と祥吾がスミカのサンダルを顎で示し「若いの?」と聞いた。
「う、う~ん」
たぶん高校生くらいなのではないかと思うが、はっきりした年などはまだ聞いていない。もう少し何か聞いておくべきだった、と芽菜は後悔した。
「遠い親戚って…、どういう親戚?」
「え? なんか、もう母方の姉の方のなんだか、遠いの…」
こういう細部も、もう少し何か考えておくべきだった。
「変だよな。高校生なら、平日は学校あるだろう? 六月だよ」
そうだったか…。そういう簡単な状況まで把握できていない自分に少々腹が立った。
居間に顔を出すと、スミカはパジャマに着替えてソファに座っていた。
「ども」
悪びれもせず、ちょこっとだけ祥吾に会釈すると、例によってテレビを見始めた。
「ああ…。どうも。いらっしゃい」
祥吾はそう言うと、着替えに行くのに、芽菜の手を引っ張った。クローゼットは寝室にある。そこに芽菜を引っ張り込んで、祥吾は眉をしかめた。
「あれ、絶対におかしいよ。ゴールデンウィーク終わったあとでさ…。平日に泊まりに来てるって…。学校のこと、何か聞いてみたの?」
「え…」
芽菜の頭の中は真っ白。
「だいいち、どこに住んでるの?」
「え…、えっと、いなか」
「え? いなかって…、君の親戚、皆、一応都内じゃあないの?」
「少しはいなかにもいるのよ。親戚くらい」
と芽菜は少しムキになる。
「家出ってことない?」
「え? そ、そう?」
「両親に電話とかしてみたのか?」
「それが…」
しどろもどろの芽菜に祥吾は完全に呆れていた。




