7.
とちょうどレンジがチンと鳴り、あわててキッチンに移動。温めたおこげにあんかけをかけると、じゅうと音を立てる。うしろからそれをのぞいたスミカが目をまんまるに開いて、
「すげー、うまそー!」
と声を上げた。芽菜はスミカが喜ぶ顔が見たかったのだ、と気がついた。その喜ぶ顔をみることが楽しみで鼻歌を歌っていたのだと。
「ずいぶん食べたと思うけど、もうお腹空いたの?」
とちょっとびっくりしながら芽菜が聞くと、
「食べられる時に食べておく、そういう胃になっているわけ。よくできてるっしょ」
とスミカは言い
『胃』というのがよくわからなかった芽菜が、
「い、に?」と聞くと、
「やっぱし、かなりヤバイね、おばさん! 胃! 胃袋の『胃』だよ、食べる話してるんだから、わかるっしょ、ふつー」
とにっこりと笑った。
なにかスミカの笑顔には人を引き付けるものがある、と芽菜は思った。
キッチンテーブルに食事を用意する間もスミカはノリノリで、まるでダンスをするように一緒にテーブルの上に並べるのを手伝った。
「うまい!」
ちょうど温まった水餃子をスミカがほおばる。
「あたしさあ、いろんな物、ちゃんと食べてるよ。でもね、こういう家庭っぽい場所でごはん食べるって、久しぶり」
その無邪気なスミカを見ていると、芽菜はなんだか幸福だった。
「ね、家に電話しなくていいのかしら。親御さん、ご心配じゃないかしら」
「なに、オヤゴ?」
スミカは大げさに笑い声をあげる。
「おばさん、やっぱズレてるよ! 親なんか心配するわけないじゃん。あたし、うちになんか帰ってないよ。ほぼ、ホームレスだもん」
あんまりあっけらかんと言うもので、芽菜はにこにこと頷いてしまった。
「え? どこで暮らしてるの」
「う~んと…」
と口ごもる。
「お金は?」
「おやじとね、ホテル行ったりとか、下着とか売ることもある」
「そう」
「これから少し暖かくなるから、いいよー。もう、冬は最悪。だれかとお泊まりできるようにしたり…、深夜喫茶やカラオケやインターネットカフェとか…、外にいられないから、金かかるしさ」
「それで、大丈夫なの?」
「何が?」
「その…」
芽菜にはスミカの暮らしが想像できなかった。
聞いていいのか、聞いて悪いのか、何を聞きたかったのか。芽菜は考えを巡らせている。
「それより、おばさんはどうなの?」
思わず自分に質問が回ってきたので、芽菜の頭の中は容量オーバーとなった。
「さっきの待ち合わせって、結婚相手じゃあなかったわけだよね。だって家はここにあって、だんな様は今いないっしょ? ってことは不倫なの? その相手にふられたってことなの?」
そんなことにスミカが興味を持つということが、芽菜には驚きだった。スミカの毎日の方がよっぽど危険や不安に満ちているだろうに。
「あたしは…、ただ…、待ち合わせしている人の中にいるのが好きなの」
なぜだか、素直にすんなりと言葉が出た。誰にも打ち明けたことのない、自分の楽しみについて。
「なにそれ?」
「なんだかね、待っている人って、不安定な感じがするでしょ」
「フアンテイ?」
「そ。自分の待っている人は来るのかな、いつ来るのかな…って。焦がれるような感じ」
「コガレル?」
「あそこに待っている人って、みんな違う人を待ってるのよ。それぞれが、それぞれ違う場所で約束したのに、たまたま同じ日の同じ場所で待ち合わせしてるの。それがあんなにたくさんいるのよ」
「あたりまえじゃん!」
「ただ、日にちと時間と場所が決まってるだけなのよ。それで相手に会えるから、みんな来るわけでしょ」
「だって、それが待ち合わせじゃん!」
「でも、相手が少し遅れると、急に不安になるよね。ほんとに、ここで良かったのかな。違う場所だったんじゃあないかな。それとも、時間を間違えたのかな。今日じゃあなかったのかな、って」
「だから…、なに?」
「そういう、不安な気持ちが高まっている所に待っている人が現れる。そうするとあたしも、すごくほっとするの。待っている時のドキドキも好きだし、その人がやっと現れた時のドキドキも好きなの」
スミカは呆れた顔で芽菜を見つめた。
「ヤバイね…」と自分の頭を指さして「自分が待っているわけじゃないのに、何がうれしいの?」と言った。
「なんだか、感じるのよ。人を待っている人って、オーラみたいなものを発してるの」
「まじ…、へんだよ。あんた」
なぜだか、変でもいいと思えた。スミカに言われることで、なにかが自分の中に定着した。
キッチンを片づけ、芽菜が入浴する間、スミカはけらけら笑ったりしながら、テレビを独占していた。
芽菜には特に見たい番組もない。ざっと新聞に目を通し、寝ようか…、と腰を上げたのが十二時。
「じゃあ、おやすみ。あたし寝るから」
と、スミカに告げると、
「ね、だんなさん、まだ帰って来ないの? 遅いね。あ、ダブル不倫ってやつ?」
とスミカが屈託なく聞くので芽菜は笑いながら、
「仕事よ! ときどき帰ってこないことがあるの」
と言った。
「え! どんなだんなさんか見てみたいな。やっぱり変わり者だよね、まちがいなく」
とスミカはまたテレビに戻り、
「ね、音を小さくするか、そこのヘッドホン使って」
という芽菜の言葉には素直に従って、ヘッドホンをすると「おやすみ」と言った。
午前三時。ふと目が覚めてトイレに立つと、スミカはまだテレビを見ていた。ずっとそうやって暮らしていたように…。




