表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

7.

 とちょうどレンジがチンと鳴り、あわててキッチンに移動。温めたおこげにあんかけをかけると、じゅうと音を立てる。うしろからそれをのぞいたスミカが目をまんまるに開いて、

「すげー、うまそー!」

 と声を上げた。芽菜はスミカが喜ぶ顔が見たかったのだ、と気がついた。その喜ぶ顔をみることが楽しみで鼻歌を歌っていたのだと。

「ずいぶん食べたと思うけど、もうお腹空いたの?」

 とちょっとびっくりしながら芽菜が聞くと、

「食べられる時に食べておく、そういう胃になっているわけ。よくできてるっしょ」

 とスミカは言い

 『胃』というのがよくわからなかった芽菜が、

「い、に?」と聞くと、

「やっぱし、かなりヤバイね、おばさん! 胃! 胃袋の『胃』だよ、食べる話してるんだから、わかるっしょ、ふつー」

 とにっこりと笑った。

 なにかスミカの笑顔には人を引き付けるものがある、と芽菜は思った。

 キッチンテーブルに食事を用意する間もスミカはノリノリで、まるでダンスをするように一緒にテーブルの上に並べるのを手伝った。

「うまい!」

 ちょうど温まった水餃子をスミカがほおばる。

「あたしさあ、いろんな物、ちゃんと食べてるよ。でもね、こういう家庭っぽい場所でごはん食べるって、久しぶり」

 その無邪気なスミカを見ていると、芽菜はなんだか幸福だった。

「ね、家に電話しなくていいのかしら。親御さん、ご心配じゃないかしら」

「なに、オヤゴ?」

 スミカは大げさに笑い声をあげる。

「おばさん、やっぱズレてるよ! 親なんか心配するわけないじゃん。あたし、うちになんか帰ってないよ。ほぼ、ホームレスだもん」

 あんまりあっけらかんと言うもので、芽菜はにこにこと頷いてしまった。

「え? どこで暮らしてるの」

「う~んと…」

 と口ごもる。

「お金は?」

「おやじとね、ホテル行ったりとか、下着とか売ることもある」

「そう」

「これから少し暖かくなるから、いいよー。もう、冬は最悪。だれかとお泊まりできるようにしたり…、深夜喫茶やカラオケやインターネットカフェとか…、外にいられないから、金かかるしさ」

「それで、大丈夫なの?」

「何が?」

「その…」

 芽菜にはスミカの暮らしが想像できなかった。

 聞いていいのか、聞いて悪いのか、何を聞きたかったのか。芽菜は考えを巡らせている。

「それより、おばさんはどうなの?」

 思わず自分に質問が回ってきたので、芽菜の頭の中は容量オーバーとなった。

「さっきの待ち合わせって、結婚相手じゃあなかったわけだよね。だって家はここにあって、だんな様は今いないっしょ? ってことは不倫なの? その相手にふられたってことなの?」

 そんなことにスミカが興味を持つということが、芽菜には驚きだった。スミカの毎日の方がよっぽど危険や不安に満ちているだろうに。

「あたしは…、ただ…、待ち合わせしている人の中にいるのが好きなの」

 なぜだか、素直にすんなりと言葉が出た。誰にも打ち明けたことのない、自分の楽しみについて。

「なにそれ?」

「なんだかね、待っている人って、不安定な感じがするでしょ」

「フアンテイ?」

「そ。自分の待っている人は来るのかな、いつ来るのかな…って。焦がれるような感じ」

「コガレル?」

「あそこに待っている人って、みんな違う人を待ってるのよ。それぞれが、それぞれ違う場所で約束したのに、たまたま同じ日の同じ場所で待ち合わせしてるの。それがあんなにたくさんいるのよ」

「あたりまえじゃん!」

「ただ、日にちと時間と場所が決まってるだけなのよ。それで相手に会えるから、みんな来るわけでしょ」

「だって、それが待ち合わせじゃん!」

「でも、相手が少し遅れると、急に不安になるよね。ほんとに、ここで良かったのかな。違う場所だったんじゃあないかな。それとも、時間を間違えたのかな。今日じゃあなかったのかな、って」

「だから…、なに?」

「そういう、不安な気持ちが高まっている所に待っている人が現れる。そうするとあたしも、すごくほっとするの。待っている時のドキドキも好きだし、その人がやっと現れた時のドキドキも好きなの」

 スミカは呆れた顔で芽菜を見つめた。

「ヤバイね…」と自分の頭を指さして「自分が待っているわけじゃないのに、何がうれしいの?」と言った。

「なんだか、感じるのよ。人を待っている人って、オーラみたいなものを発してるの」

「まじ…、へんだよ。あんた」

 なぜだか、変でもいいと思えた。スミカに言われることで、なにかが自分の中に定着した。

 キッチンを片づけ、芽菜が入浴する間、スミカはけらけら笑ったりしながら、テレビを独占していた。

 芽菜には特に見たい番組もない。ざっと新聞に目を通し、寝ようか…、と腰を上げたのが十二時。

「じゃあ、おやすみ。あたし寝るから」

 と、スミカに告げると、

「ね、だんなさん、まだ帰って来ないの? 遅いね。あ、ダブル不倫ってやつ?」

 とスミカが屈託なく聞くので芽菜は笑いながら、

「仕事よ! ときどき帰ってこないことがあるの」

 と言った。

「え! どんなだんなさんか見てみたいな。やっぱり変わり者だよね、まちがいなく」

 とスミカはまたテレビに戻り、

「ね、音を小さくするか、そこのヘッドホン使って」

 という芽菜の言葉には素直に従って、ヘッドホンをすると「おやすみ」と言った。

午前三時。ふと目が覚めてトイレに立つと、スミカはまだテレビを見ていた。ずっとそうやって暮らしていたように…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ