6.
「ね、おばさん、一人暮らし?」
いきなりスミカが聞いた。スミカの表情はくるくると変わる。
芽菜には三歳下の妹がいる。妹も自分もこんなに無邪気に初対面の他人と話すことはできないだろう。
「違うけど」
「まさか…、結婚してるの?」
と、スミカは芽菜の結婚指輪を見た。
「そうよ。なんで?」
「おばさんみたいんでも、結婚してるんだ…。ぼけてんのに」
ここでまた顔をくしゃくしゃにして笑うスミカに芽菜は見とれた。
「じゃ、いいや、金で」
先ほどの続きなのか、スミカは芽菜の前にまた手のひらをひらひらさせた。
「ここおごってくれるから…、三千円くらいでいいからさ。さっきのお礼、まだだったっしょ」
芽菜はあわててバッグの中の財布に手をかけながら、どうしたものか必死に考えを巡らせていた。お金をすんなりあげていいものなのだろうか。何か間違っていることをしていないだろうか。
でも、考えはいたずらに頭の中を満たしただけで、一向に答えは浮かんでこなかった。
「あ、もしシャワーに入れてくれるんだったら、二千円でもいいや。あんたんちでいいからさ…」
芽菜は迷いつつ、スミカの手に千円札二枚を握らせた。
「サンキュ」
笑うと鼻の頭にくしゃっとしわが寄った。
どうせ、今晩祥吾は帰って来ないのだ。お風呂くらい入れてやっても大丈夫だろう。まだ少し迷いはあったが、芽菜はスミカを家に連れて帰ることにした。
結局、注文したものは全部スミカが平らげた。芽菜はコーヒーを飲みながらそれを見ていたが、なんだか楽しくなってきていた。
それから渋谷駅に向かう間、自分の子供でも妹でもなく、知り合いというのでもないのに、スミカを連れ歩くのはどことなく気恥ずかしかった。
ほぼ満杯に物の詰まったリュック、ボストン、紙袋を持ち歩いているというは、何か不自然だった。
スミカはそんな芽菜のことは気にせず、券売機の所で当然のごとく自分のパスモを芽菜に差し出し、
「悪いけどさ、金入ってないのよ。おばさんちからの往復代でいいからチャージしてくれるかな?」
と首をこくっと曲げた。芽菜はと言えば、言われるままにカードを受け取りチャージして、(なんかおかしいような)ともやもやしながらも、何がどうおかしいのかはわからず、でもとにかく家に連れて行くと約束してしまった以上しょうがないか、とぼんやり思うのだった。
もう六時になろうとしていた。
電車は通勤帰りの人でけっこう混み合っている。スミカと一緒にいることで、芽菜はなんとも不思議な居心地悪さを感じながら、電車に揺られていた。
家は一応はきっちりと片づいている。
家に着くとスミカは遠慮もせずどんどん上がり込みソファに陣取り、袋の中の物を広げ始めた。洋服も下着もくしゃくしゃに丸めて詰まっている。
いったいどういう生活をしているのだろう。スミカに聞いてみたい疑問が一つずつ増えて、芽菜ののど元まで出かかっている。でもそれを口に出してみる勇気はなかった。
「シャワーどこ?」
スミカは一向に悪びれもせず、入浴の用意を調えていた。
シャワーの使い方を簡単に説明して、バスタオルなどを出してやると、スミカは素直にうんうんと聞いて、もうスカートのジッパーに手をかけていた。
するりとスカートが滑り落ちて、にょっきりと肉付きのいい足が現れる。芽菜は慌ててキッチンに移動した。
どうしたものか…、芽菜はまだ迷っている。さっきの喫茶では芽菜は何も食べなかったし、とにかく自分の家に戻ったことで安心したからか、空腹を覚えていた。自分の夕飯を用意して…、スミカの分はどうしようか? 自分も食べるのだから、スミカにも食べさせてやった方がいいのだろうか…。でもさっきかなり食べていて、もう食べられないかな? でもあの調子だったら食べるかな?
「食べるとしたら…」
と芽菜は冷凍庫を確認して、自分が一人の時によく食べるレトルトのおこげセットを取り出した。
おこげは食べる前にレンジで温めるだけ。あんかけは湯煎して、ちょっと小ネギでも炒めておいて、皿に盛ったあとで混ぜればいい。
あとは、やはり冷凍の水餃子でも解凍すればいいだろう。今日は中華だ。少し多めに用意しておこうか…。
支度をしながら、鼻歌を口ずさんでいる自分にふと気がついた。なんなのだろう。なんだか少しうれしい。夕食が一人じゃあないからだろうか? 自分でもよくわからない。だが何か心の中から浮かれた気分が顔を見せる。
「ね。パジャマ貸してくれる?」
スミカがいつの間にか風呂から出てきており、バスタオルを身体に巻き付け、湯気を立てていた。
「え?」
「ね、泊まっていいでしょ? 場所あるもん。そのソファでいいから。泊めてね」
「え、ああ」
曖昧な返事を返す芽菜。化粧を落としたスミカはどこにでもいそうな若い女の子だった。
芽菜はまだ迷っている。だが帰れなんて言えない。
まだ七時、パジャマで過ごすには早すぎる。でもまあ、いいか…。自分のクローゼットをさがしながらももやもやしていたが、芽菜はチューリップ柄のパジャマをスミカに差し出した。




