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2.

 ふっと耳に入ってくる声。

「元気ー! やだ、かわいいじゃん、そのサンダル! あたしもそういうの欲しい!」

 芽菜の後ろで、足をにょっきり出した、ミニスカートの女がすっとんきょうな声を出した。その女の頭の先から足の先までを見て、自分と同じ年くらいかもしれないな…と思う。(でもあたしにはもうあんなスカートははけないな)。

「えっ? どこにいるの? オレもそこだぜ、そこからハチ公が見える?」

 両方でケータイを耳にあてがいながら、相手を探しまわる男。そんな周りの人々の声が愛おしい。

斜め向かいにいた中年の女性は明らかにいらいらしていたけれど、

「ごめーん! あたし、時間、勘違いしちゃって!」と待ち人が現れたらしく、やれやれという感じで立ち上がった。そうやって人が約束している人を見つけた瞬間、芽菜もぐっとくる。(良かったね、待ち人が来て)と芽菜は優しく心の中で思う。そう思えることもたまらなく愛おしく、自分がそう思えることで安心する。

 今、この空間には不安、安堵、人の思いが入り乱れて飛び交っているのだ。その思いって何なのか? 受容器ができれば電波のように、その思いを受け取れる日が来るのだろうか?

 そうやって待つ人が待ち人を得て消え、また待つ人がやって来る風景の中で芽菜はひそかに快感を味わい、時間を過ごした。

 ふと、時計を見ると七時を過ぎ、さすがに空腹を覚えた。この場所が見える所で、食事をしよう。芽菜はぐるりと周りのビルに目をやり、ゆっくりと歩き出した。


 そのカフェの入り口には、順番待ちの人が数人座っていた。入り口の様子を見に来たウェイターに人差し指を立てて見せ、

「窓際の一人席をお願いしたいんですが…」

 と、告げる。

「お一人なら窓際じゃあなければ、今すぐご案内できるんですけど…」

 ここは一人客が多いらしく、窓に向いた席と、壁に向いた一人席があるのだ。

「でも…、待ちます」

 芽菜は言って、順番の列に加わった。どうせ帰り時間が決まっているわけではない。

 三十分ほどで席に案内されると、芽菜はスパゲティのセットをたのみ、ぼんやりと外を眺めた。

 遠くに待ち合わせしている人が見える。

 (明日は祥吾が早く帰って来ると言っていたっけ…)。思いは夫の祥吾とのことに流れて行った。


祥吾と結婚したのは、五年前の六月。ふたりとも三十一歳の同じ年だったから早くもなく…、祥吾と芽菜の友人を見回してみると、そう遅くもない結婚だった。

 芽菜は短大の英文科を卒業してから、商社に三年ほど勤め、その後は派遣会社に入って、二、三年くらいのサイクルでいろいろな会社に行った。最後に勤めた会社で祥吾と出会った。その会社は祥吾のおじが経営する食品会社だった。そこで二年が過ぎようとした時に結婚して、それきり勤めには出ていない。

 盛り上がりもなくて、よく結婚できたなあと思う。何が決め手だったのだろう。いまだによくわからない。ただ祥吾のことは嫌いではなかった。グループで飲みに行く仲間だったのだが、たまたま他の連中が揃わずに二人きりになり、それからときどき二人で会うようになった。

 ある日、

「昨日、実家の母親から電話があって。もいいかげん結婚しろって母親に言われちゃって。ほら、今の会社、おじさんの会社だから、おじさんにまでその話が伝わって、うるさく言われちゃって」

 と、ぼそっと打ち明けられて、急に、

「結婚しない?」

 と、やけに真面目な顔で言った。

芽菜も祥吾もどちらかといえば、うすぼんやりと漂っているような感じで、どこに行くとか、いつ会おうとか、何食べるとか、はっきり決めるのが下手で、いつ自然消滅しても不思議のない関係だった。

だからなのか? 祥吾に急にまっすぐ見つめられ真面目に言われて、芽菜は心を捕まれた。確かに、あの一瞬だけはぐっときた。

 でも、それだけだった。

 その誘いに答えてからは、祥吾が具体的に事を進め、芽菜は黙ってそれに従っていれば良かった。最初から空気のように自然に馴染んだ仲だった。綿飴のようにふわふわして実体のない二人だった。

 結婚してから数日は、求め合い、身体も重ねたけれど、今はそれもしなくなっている。週刊誌の見出しで、そういうつながりのない夫婦のことを大げさに書き立てていることがあるけれど、別にそれでいいんじゃないのかなと思う。一緒に生活するようになると、そんなにべたべたしていられない。もともとふわふわした関係だったからなおさらだ。そんなの、ただの好みの問題じゃあないのかと芽菜は思うのだ。

 いつまでも求め合う関係の方が芽菜には不思議に思える。自分をさらけ出すようでふと恥ずかしくなるし、あらたにかかわりを持つのが面倒くさくなる。ずっとぎらぎらしていたら疲れてしまいそうだ。

 子どもは別にいなくてもいいと思っている。自然に二人、ただ一緒にいるというだけの関係で何が悪いというのだろう。そうやってだらだらと一緒に居ることが二人には自然なことなのだから、それでいいのではないだろうか。

 祥吾は社長のおじさんから信頼されているようで、社内のIT関連の仕事一切をまかされており、まあ、普通の会社だったらSEと言ってもいいのだろうが、それだけに没頭すればいいというわけではない。中年以降の社員にPCの使い方を教えたり、トラブルがあればそれに対処する。雑用も多い。繁忙期には会社に缶詰になることもある。故郷の特産物、こんにゃく芋、米、などを加工し製品化したり、そのほかに主にみそ、うどんなどの食品を中心として流通させる会社なのだが、買い付けの交渉に出かけて数日留守にすることもある。朝が早かったり、夜が遅かったり、生活のリズムは滅茶苦茶だ。

 でも、その生活自体に特に不満はなかった。惰性…、といえばそうかもしれないが、それはそれでいいだろう。

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