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2 殺意

お食事中の方、ご注意ください。


「草の根分けても探し出してぶち殺してやるううぅぅぅ!!」


王女の王女らしくない台詞には目を瞑り――いや、耳を塞ぎ。

騎士見習いは黙ってそのドアの前から少しだけ離れた。


それは暗殺者として育てられた騎士見習いが、初めて他人に向けた優しさだった。



***



事の始まりはほんの三十分前。


「終わったあ!」


執務机に積み重ねられていた書類に目を通し終わり、王女は分類された書類をそれぞれの官吏に差し戻すように女官に命じる。

――どうせまたすぐに山が出来るのでしょうけど。

王女は十歳にしては些か達観しすぎた眼差しで女官たちが退室するのを見送り、一転してうきうきとバルコニーに移動する。

当たり前のようにくっついてくる騎士見習いにも席を勧め、強制的に座らせた。


「今日のおやつは何かしら~」


リズムを付けて歌い出した王女。

騎士見習いはいつものことだと反応もしなくなった。


「見ればわかりますよ」


けっ、とくっつきそうな口調。

無理矢理暗殺者から騎士見習いにしてわずか数週間。

まだまだ心の距離は遠く離れていた。


「それもそうね」


言った直後、お茶とおやつを乗せたカートを押して侍女が現れる。

幼い頃からよく見知った侍女に、王女は爛漫と笑いかけた。


「ご苦労様! さあ早く並べてちょうだい!」

「ふふっ。はい、王女様」


王女の侍女は見目麗しい貴族令嬢が揃っている。自国他国問わず、王女に面会する人間に侮られないようにだ。

王女の側に立つ人間の見目が良くないと、この程度の者しか用意できないのかと侮蔑の対象となる。

いちいち重箱の隅をつつきたがる輩はどこにでも居るのだ。

そんな見目麗しい侍女が、王女の反応を微笑ましく見ながら銀製のプレートの蓋を外す。

並んでいたのはバラエティ豊かな小さめのケーキたち。


「今日はパティシエ渾身のケーキですわ」

「わあ……!」


銀食器に移され差し出された芸術的なケーキを、にこにこと食べ始める王女。

騎士見習いにも同じように差し出されたが、食べる気はなかった。職務中にそんなことしたら、騎士見習いの後見人をしている男にボコられるからだ。

本当はこうして椅子に座っているのも問題だったが、王女に無闇に逆らうのも得策ではない。

いつか隙をついて逃げ出してやる。

色々あって王女を暗殺することは諦めていたが、そんな思いが常に心の片隅にあった。


「食べないなら私が貰うわよ?」

「どーぞどーぞ」


そうして二つ目を食べ終わり、三つ目を選んでいると――。


「王女様ああぁぁ! ご無事ですかああぁぁ!?」


ドアを蹴破る勢いで、侍女が駆け込んできた。

髪はぼさぼさ、侍女服はよれよれ。

その手足には何故か縄が絡みついている。


「……えっ!? あれっ!?」


王女が動揺して、目の前で給仕をしている侍女と駆け込んできた侍女を見比べる。

どう見ても同じ顔。同じ声。


「双子だったの?」

「ちっげえよ! 片方が暗殺者――多分こっちの給仕が変装した暗殺者だろ!」


にこにこ微笑む給仕侍女から距離を取るように、騎士見習いが素早く王女を片手に抱えて後ろに下がる。

それから腰の剣を抜き、緊張感を持って給仕侍女に突きつける。


「まったく気づかなかったわ……! あなた変装の達人?」

「お褒めに与り光栄です、王女様」


うふふ、と嬉しそうに笑い声を上げる給仕侍女――いや、変装した暗殺者。


「ワタクシ本当は毒殺を得意としておりますの。変装は趣味ですわ」

「まあ……! ケーキを食べてお茶を飲んでしまったわ」

「くそっ! 吐き出せ!」

「無茶言わないでちょうだい! でもそうしないと……う゛っ」


唐突に王女が口元を押さえて身体を抱え込んだ。真っ青な顔でしゃがみ込んでしまう。

騎士見習いが焦りを隠さずに、しかし王女ではなく暗殺者に向かって声を上げた。


「解毒薬を寄越せ……!」


がやがやと、駆け込んできた侍女の常ならぬ様子に異変を感じ取った兵士や騎士が王女の部屋に入り込んできた。更に、バルコニーの緊張感に気づいた者たちが剣を抜いて構えている。

このままバルコニーでの死闘が始まる――と思いきや。


「いだだだだだだだ! おおおお腹痛いぃぃぃ! やばいやばいこれやばいぃぃ」


王女の悲鳴じみた声が響いた。


「……お腹?」


首を傾げたのは暗殺者。


「アレ? おかしいな。盛ったのは遅効性の殺傷能力の高い毒……あっ」

「アレとかあっとか一体何なんだよ!?」


ごそごそと自分の身体をまさぐっていた暗殺者がぺろっと舌を出した。


「何か間違えて別の薬盛っちゃった!」

「はっ? ……いや、何でもいいから解毒薬出せ!」

「う~ん。放って置いても大丈夫じゃないかな? いや、確かにしばらくは苦しむだろうけど、水分補給さえしっかりすれば死にはしないんじゃない?」

「水分補給……?」

「王女に盛っちゃったのは強力な下剤(試作品)だから」


その言葉に、うずくまって苦しんでいる王女を振り返る。

脂汗が浮いて、うーうー唸っている。


「つまり……」


騎士見習いは剣を納め、王女を揺らさないようにそっと抱き上げた。


「ど、どけどけえぇぇ!」


バルコニーの出入り口を塞ぐように囲んでいた他の兵士騎士たちを蹴散らし、騎士見習いは暗殺者に背を向けてご不浄室に駆け込んだ。つまりはトイレに。



***



そして冒頭の絶叫。


さらにそれから既に二時間。

王女はトイレの妖精になりつつある。


「う~ん、う~ん。お腹痛いお尻痛い」

「…………そうだな」


女が、しかも王女がそんなこと言うなよ。

そんな突っ込みは封印し、今度はしっかりと毒味を済ませた、下剤を中和する薬草を煎じたお茶をドアの隙間から差し入れる。


「殺す殺す殺す奴は絶対殺してやる。いやむしろ私と同じ苦しみを味合わせてやる半永久的に繰り返し繰り返し……」


ぶつぶつと怨念をどこぞに送り続ける王女。

暗殺者は騎士見習いが王女を抱き上げて部屋に戻った直後、中の人間の意識がそれた瞬間に姿をくらましたらしい。

この毒殺騒ぎは箝口令が敷かれ、公式な記録には残らなかった。

理由は推して知るべし。


「……うっ。また来た……!」


引いた波が押し寄せてきて、王女は呪いの言葉を再び呻き声に変えて苦しむのだった。


王女十歳、騎士(見習い)十四歳です。



お読みくださった方、

ブックマークしてくださった方、

ありがとうございました。


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