1 出会い
「王女様って何度も暗殺されかかってはしぶとく生き残ってますよね。中でも記憶に焼き付いている暗殺は?」
暇を持て余したのか、無言に耐えきれなくなったのか。
二十歳そこそこの精悍な騎士は、執務机に山のように積み重なっている書類にぺったんぺったん押印していく王女に問いかけた。
「いきなり何て質問するのよ。……そうね。未だに夢に見る事件がいくつもあるわ」
王女は仕事を邪魔されたと怒るでも、不真面目な勤務態度を叱るでもなく、あっさりと答える。
「へえ。本当にあるんですか」
意外そうに目を丸くする騎士に、王女は悪戯めいた視線を向けて、印章を置く。
気分転換にちょうどいい。
そんな気持ちで、王女は数年前の出来事に思いを馳せた。
「あれは私が十歳の頃……」
***
「あら、貴女見ない顔ね。どこの家の者かしら?」
私の問いに過剰に反応したその侍女は、そばかすの浮いた可愛らしい赤毛の少女だったわ。
何となく怪しいなと思って名前を聞こうとしたの。
だって私の侍女になる娘なら、侍女長が紹介するはずでしょう?
そうしたらその娘は私の方に素早く駆け寄ってきて。
私は椅子に押しつけられる形で口を塞がれてしまったわ。
「動くな。騒ぐな」
そう言って侍女のお仕着せの裾を捲り上げ、服の中からナイフを取り出したのよ。
焦ったわ。
私は暴れて、無理矢理手を引き剥がしたの。
そのまま執務机の引き出しを漁って、ペーパーナイフを取り出して……。
「私を殺すならこちらをお使いなさい!」
慌ててその侍女に投げつけたわ。
ぽかんとしながらも受け取った侍女は、ペーパーナイフをまじまじと見ながら、私に問うたの。
「……何で? あんた何考えてんの?」
って。
問われる理由がわからなかったわ。
でも、本気で不思議がっていたから懇切丁寧に説明してあげたの。
「あなた今どこからナイフを取り出したか覚えていないの!? 股間よ? それも下着の中から取り出したナイフよ? そんな物で殺されるなんて絶っっっ対にイヤッ!」
ええ。
私からはしっかり見えていたの。
捲り上げたスカートの中の男性用下着と、その中を器用にまさぐる手の動き。
じっくり観察して確信しました。
紛うことなく、一物の辺りだったわ。
「そもそも何故スカートを捲り上げたの!? そういう時はポケットに穴を開けておいて、腿に付けておいたナイフを取り出すのが常識でしょう!」
「し……っ、仕方ないだろ! この部屋に来るまでに何度も身体検査されたんだから! ポケットに穴なんて開いてたらすぐにばれるじゃないか!」
顔を真っ赤にさせて言い返す女装侍女。
まあ、確かにそうよね。
思わず頷いてしまったわ。
けど、そんな風に怒鳴り合っていれば、扉の前で警護をしている兵たちに気づかれるのも当然の話。
女装侍女はあっさり取り押さえられ、牢屋行き。
***
「それでも思うのよ。もし、私がスカートの中身をじっくりねっとり観察していなかったら……って」
「………………何をです?」
たっぷり間をとって、騎士は口元をひきつらせながら訊いた。
「長時間、下着の中で一物とぴったり接触していたであろうナイフで殺されていたかも知れないのよ。……恐ろしいわ」
体をぎゅっと抱きしめて、ぶるりと震える王女。
そんな王女に同情するでもなく、騎士はわなわなと拳を握りしめ、ゆっくりと口を開く。
「――というか」
「なあに?」
「それは、俺の、初任務失敗の話、ですよね……?」
一言一言を強調するように、あるいは絞り出した声で、騎士が言った。
「ええそうよ。ところで硬いナイフを下着の中に隠してて、動く度にぶつかったであろう一物は痛くなかったの?」
「痛くねえけど別の意味で刺激がヤバかったよ! けどそこ以外に隠せる場所がなかったんだよコンチクショー!」
「内腿とか詰め物した胸の谷間とかに隠せば良かったのに。それはそうと、あの時の女装はよく似合っていたわ。またやって見せてね」
「内腿の場合はベルトの感触でばれるし、胸の場合は形で詰め物ってばれるんだよ! っつーか、今のこの体格で女装したらただの変態だろうが……!」
反射的に答えた言葉は乱暴なもの。
その顔は怒りと羞恥で首まで真っ赤に染まっている。
――武器なしで首の骨折ったらよかったのに。
……なんて言わないであげましょう。
そんな今更な感想を心にしまい、王女は久々に聞く騎士のその口調に、嬉しそうににんまりと笑った。
「うふふ」
「うふふじゃねえよ! このボケ王女!」
「おほほ?」
「笑い方の問題でもねえ!」
「あらあら。王女付きの騎士がそんな言葉遣いではまた怒られるわよ?」
「くっ……」
王女によって騎士に強制的にジョブチェンジさせられた元少年暗殺者。
王女は今や立派な青年に成長した専属騎士が慌てて口を噤むのを見て、楽しそうに目を細めた。




