終焉の魔神
ナコを下ろして魔神と向き合う。
「ナコ、少し下がっていてくれ」
「う、うん」
こくりと頷いて壁際に下がったナコの足は震えていた。
立っていられるだけでもすごい。
それほど、私でも少しは感じるほど、魔神は恐怖というものを撒き散らしていた。
「キヒヒッ」
相変わらず耳障りな声で笑い続けている。
魔法を撃ち込んでみるも、全く効いた様子は無い。
手加減したつもりは無いのだが。
「キヒュッ、苦しまずに、死なせて、やる、まずは、そこの、お前だァ!」
魔神が指差したのはナコだった。
「やめろ!」
不味い、ナコっ。ナコの足下には魔方陣が輝いてる。
このままでは死の魔法が発動して……とどけぇ!
「ナコォォォ!!」
「シャロンさ――」
魔方陣の黒い輝きが増し、ナコはこちらに手を伸ばした格好のままゆっくりと倒れていく。
油断、いや違う。
わからなかったのだ、自分より強いものなど今までいなかった。
だからわからなかった。
「ナコ、嘘だろう? ナコ、おい」
暖かだった鼓動はもう感じない。何故、どうして。こうなった。
私が……、私が守らないといけなかったのに、私なら死んでも構わなかったのに、どうしてナコが。
「許さないぞ、絶対に!」
殴りかかれば軽くいなされ、魔法を撃てば無効化される。
遊ばれている。どうすればいい。
「キヒッ、少しは、やる、な、だが、終わりだ」
何なのだ、あれは……あんなものに敵うはずが無い。
黒く輝く魔方陣を背にこちらを面白そうに眺めるそれは、絶望というものを体現していた。
だが、私は負ける訳にはいかないのだ。
願いを叶えると言っていたあいつはナコを生き返らせられるのだろうか。やるしかない。
私が決意すると、それに答えるように私の中で何かが動いた。
これは、いつも近くに感じていた『根源』の力だ。
「全ての生と死が終わり始まる『根源』よ、私に力を、全てを終わらせ始めるための力を与えよ!」
私の体から暖かな光が溢れ出す。もう、何も恐れるものは無い。私が全部終わらせて見せる。
「キヒャッ!? ありえん、『根源』、だと? 我が、手にするはず、の、力を……! おのれ、おの、れぇ!」
「『根源』へ行きたいのだろう? ならば送ってやろう。対価は、貴様の命だ!」
光を魔神へ向け、魔方陣ごと跡形も無く滅する。
……早くナコを。
『やって下さったのですね』
ナコを優しく抱き上げ、頭に響く声の発生源へと向かう。
玉座の後ろの扉を蹴り飛ばし、塔を登る。
最上階の部屋には女が一人居た。
『来ましたか』
目を伏せ今にも泣き出しそうな顔をしているが、何が悲しいのだろうか。
『ナコさんが……』
他人の心を勝手に読むな。
お前にナコの死を悲しむ権利が有るのか?
早く生き返らせてくれ。願いを叶えてくれるんだろう?
『心、ですか』
「何かおかしいのか」
『……いいえ。ナコさんを生き返らせる事は出来ません』
少しだけ気になったが、私の事はどうでもいい。ナコを。
「何故」
勝手に連れ去っておいて、勝手に命令して、勝手に苦しませて、勝手に死なせて。
『私にはその権利が有りません』
「何を言っている!」
『その子はこの世界の住人では有りません。ですから、命のあり方もまた違うのです』
「だから何だ、誘拐しておいて放置して死んだら、そいつの勝手とでも言うつもりか」
ならば何も、お前に望むことなど何もない。
塔を降り、さらに階段を降りて見覚えの有る門の前に座り、ぼんやりとナコの事を考える。
ナコの頬が濡れた。私の涙だ。今日一日だけで感情というものをだいぶ知る事が出来た。
辛くて痛くてもやもやして、暖かくて優しくて、全部ナコのお陰だ。全部、全部。
「ナコ、ナコ……すまない、私が……ナコ……すまない……」
全部、終わってしまったんだろうか。人は死んだら全部終わりなんだろうか。
『根源』は魂で満ちている。産まれた魂、死んだ魂。ナコはその中にいるのだろうか。
違う世界なんて想像もつかないけれど、ナコはこの世界の人間とあまり変わらないように見える。魂の形は同じなのだろうか。
魂が見つからなければいくら『根源』でも生き返らせられない。新しい魂をつくることは出来るが、それではナコでは無くなってしまう。
この辺りは魔法で封印してある。私が解かなければ誰も入れない。誰にも入らせはしない。まだ終わらせたくない。
そして私は、時間を止めた。
もうとっくに終わっていたのに。
次を始めなければいけないと、わかっていたのに。
一章完