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日ノ下への誘い

 昼食を終え、学院長室へ入るとイヴが来ていた。あの少年は居ないようだ。学院長は机ではなく床に座っていた。


「早いな」


「遅かったわね」


 イヴはくるくると髪を弄っている。


「今日は聞きたいことがいくつかあるんだ」


「こっちもよ」


「私達を日ノ下に招待するために来たと言っていたな」


「ひのもとって日本?」


「日・ノ・下って書いて日ノ下よ、日ノ本じゃ無いわ」


 イヴが紙に書いた文字はこの国の文字とは違うようだ。日本のものか?


「日ノ下にも神は来たのか?」


「来て無いわ、日ノ下には外の事を見れる道具があるから知ってるだけ」


「今私達に会いに来たのはその道具で見たからか?」


「何でも見れる訳じゃないから、運が良かったわ」


 制限があるのか。


「今すぐにでも日ノ下に来て欲しいんだけど、駄目なの?」


「わたしはもうちょっとここに居たいけど、でも日ノ下の国にも行きたい」


「少しなら待てるけど」


「急ぎの用事なのか?」


「そうだけどそうじゃないっていうか……」


 歯切れが悪いな。


「ナコに会いたがってる人はどんな人なんだ?」


「私の友達よ、でもとてつもなく長い時間独りぼっちで」


 独りぼっちなのは昔の私みたいだな。


「私は友達って思ってるけど、私じゃ寂しさを癒せない」


「そうなのか?」


「何百年も日ノ下を護りながらずっと修行してるのよ。私のお母さんもお父さんもお祖父ちゃんもお祖母ちゃんもご先祖様もみんな友達で、みんな死んじゃった。人はいつか死ぬのよ、私も……」


 人はいつか死ぬ、か。この体はいつか朽ちるのだろうか。ナコはいつか……いや、考えたくもない。


「それでは人では無いのか?」


「人間よ!」


 イヴが声を荒げる。


「もし違かったとしても、関係無いでしょう?」


「……そうか、いらない質問だったな」


「わかればいいのよ」


「それで、ナコならその孤独を癒せると?」


「そうよ、私は日本人じゃないから、どんなに日ノ下で日本の事を勉強しても決して日本人にはなれないんだから、本当は寂しいはずよ」


 本当にそうだろうか。本当なんて本人にしかわからないだろう。だから私が考えても大して意味は無いのだが。


「ナコ、どうする?」


「わたし行くよ」


「本当?」


「うん、もちろん」


「出発はいつにするんだ?」


「すぐにでも……って言いたいけど、やっぱり明日まで待ってもらえる?」


「なぜだ?」


「ちょっと用事があるのよ」


「わかった」


「明日の朝また来るわ」


 イヴが去り際に振り返り、ぬいぐるみのように動かなかった学院長に声を掛ける。


「ちゃんと施設の管理はしておきなさいよ」


「はい、申し訳ないですな……」


「それじゃあ、また明日」


 イヴが扉を閉め、足音が遠ざかっていく。

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