好きなところ
「高さん、聞いてる?」
はっとして目を上げると茗くんの不安げな顔があった。ごめん、考え事してた。
「考え事ってなに。俺のこと?」
「そうだよ」
こともなげに返す。実際そうだった。嘘は言っていない。自分で振ってきたくせに茗くんはさっと赤くなる。そういうの高さんさらっというよね。赤くなった顔を手で覆いながら恨みがましい目で見てくる。予想通りの反応だが可愛らしい。
「それで何を考えていたの?」
「ん?」
「俺のこと考えていたんでしょう。俺の何を考えていたの?」
まっすぐな瞳。茗くんのさらさらの髪、優しい性格、コロコロと変わる表情、ふざけているように見えて実はとても繊細なところ。どれも好きだけれど一番好きなのはこの目かもしれない。えぐりだして口に含んだらどんな味がするのだろう。口に含みたいからその瞳を頂戴と言ったら、茗くんはどんな顔をするだろうか。
「ふふ、内緒」
唇に指を当てる。
「ちょっと恥ずかしくてこんなところでは言えないな。二人っきりになったら教えてあげる」
違うことを想像したのか茗くんはさっきよりも赤くなって私の腕をばしばしとたたいてきた。多分茗くんは私が欲しいと言ったら、困った顔をしつつもその瞳をくれるだろう。腕時計を見る。上映開始まであと三十分。
「そろそろ向かおうか」
二人同時にカップに入った珈琲を飲み干す。立ち上がって何も言わずとも歩調を合わせ、手を合わせる。
「俺、高さんの手好きだな」
茗くんの手にぎゅっと力がこもる。ひとまずはこのぬくもりだけで我慢しよう。
「高さん、聞いてる?」
俺の目をじっと見つめたまま、ぴくりともしなくない高さんをつっつく。
「ごめん、考え事してた」
ちっとも悪いとは思っていない顔で高さんは謝る。こんなことはしょっちゅうなので怒ったりはしないけどさ。こういうとき俺ばっか高さんのことが好きな気がして少しさみしくなる。
「考え事ってなに。俺のこと?」
「そうだよ」
即座に予想外の言葉が返ってきた。高さんを照れさせようとした俺のもくろみは失敗したけど、その言葉はちょっと嬉しい。高さんにとっては大したセリフではないんだろうけど。顔を手で隠して指の隙間から高さんの顔を見る。高さんは悠然と微笑むだけだ。
「それで何を考えていたの?」
「ん?」
高さんが髪を耳にかける。綺麗な形の耳が姿を現した。
「俺のこと考えていたんでしょう。俺の何を考えていたの?」
「ふふ、内緒」
高さんが唇に指を当て小さく笑う。高さんの桜色の薄い柔らかい唇。どうしてここが外なんだろ。二人きりだったらその唇に触れることができたのにな。
「ちょっと恥ずかしくてこんなところでは言えないな。二人っきりになったら教えてあげる」
考えていることを読み取られたのかな。恥ずかしくて顔に血が上る。高さんの察しがいいところ嫌いだ、逃げてしまいたい。
「そろそろ向かおうか」
高さんの言葉で慌ててスマホを見る。映画の時間が迫っていた。急いで珈琲を飲み干す。マグカップ二つを返却棚に返し高さんの元に帰る。高さんが俺を置いてどこかに行ってしまいそうで慌てて手をぎゅっと握る。
「俺、高さんの手好きだな」
思わず口に出す。高さんは聞こえなかったのかちらりともこちらを見ないけど。映画館では高さんの唇に触れられるかな。高さんは少しくらい顔色を変えてくれるかな。