3 呼び出し
いつもの退屈な朝礼が終わり、私は自席に着こうとした。
「空本ちゃん、ちょっといい?」
そう呼び止めたのは、直属の上司に当たる服部マネージャーだった。
普段から人当たりのいい定年間近のこの上司は、部下達から親しまれており、私も彼を慕う一人だ。
いつものごとく何か用事を頼まれるのだろうと、呼ばれるまま彼の席へ歩み寄ると、
「空本ちゃん、何かしでかしちゃった?」
彼はからかう様に笑みを浮かべた。
思い当たる節がひとつもなく、私は首をひねる。
「朝一の内線でね、所長からお呼び出し」
「所長!?」
これまでの会社生活5年余り、挨拶程度しか声を交わしたことのない上層部からとあって、かなり驚いた。
そうだ、きっと私は何かしでかしたに違いない。自分が優秀な社員ではないことは誰よりも分かっている。
「空本ちゃん、今から抜けても大丈夫?そう時間はかからないと思うけど」
「あ、はい。大丈夫です」
「じゃあ、行こうか」
私は、マネージャーに連れられ応接室へ移動した。
「空本さん、連れて来ましたよ」
そう言いながら中に入るマネージャの後に続いて中に入ると、こじんまりとした商談室に、革張りのソファが四面に向かい合って置かれ、手前には眼鏡を掛けた大柄な人物が、奥には白髪の小柄な紳士が座っていた。
すぐにその紳士が社長であることに気づき、どうして社長までもがいるのかと、私は内心びくびくしながらソファへと近づいた。
「お、来たね」
所長がそう言って手を挙げた。
「まあ、ここに座って」
所長は、自分の真向かいの席に私たちを座らせると、マネージャと私を交互に目つめ、
「空本さん、やるね」と、にんまり笑った。
何のことだ?首をかしげると、マネージャーもにやりと笑った。
マネージャーも何か知ってるのか!?
どうりで社長もいるというのに、落ち着いているわけだ。
すると社長が横から口を開いた。
「先日は、私に代わってキム社長のお相手をして下さり、助かりました」
「え、いえ。そんな、大したことはできていませんが…」
社長はにこりと笑った。
「それがどうやら、キム社長は喜ばれたみたいですよ?」
「え?」
何か嫌な予感がした。
「昨日の夜、コリアン・ビックスター・カンパニー社から、直々にお電話がありましてね。空本さんは礼儀正しく、ご自分の我儘にも快く応対してくれたと、えらく感心されてまして。どうやら、君のことが気に入ったらしい」
社長は満足そうに頷いた。
「それで今度、キムさんの会社でプロジェクトを企画しているらしいく、ぜひ君の意見を参考にしたいと言われました。明日、半日ほど空本さんをお借りしたいそうなんです」
芸能プロダクションが、他企業の意見を参考にするようなプロジェクトを立ち上げたりするのか?
そう思った時、はっとした。
検査の結果が出たのかもしれない。
あれからキムと別れた後、連絡先を教えていなかったことに気が付き、どうやって報告してくるのだろうかと思ってはいた。
だが、こんな大そうな連絡をしてくるとは…
「それがね、びっくりなんだよ!」
所長がそう興奮したように身を乗り出す。
「今回の件に君が協力してくれるなら、あちらさんがチャン・ヨンウォンとの契約金いらないと言ってるんだ!」
「ええっ!?」
私は耳を疑った。
今回ヨンウォンにイメージモデルを引き受けてもらうために、何千万と払う予定らしいと社内では噂だった。それがチャラになるのなら、会社にとって好都合なのは間違いない。
私ひとり、平社員を貸し出すだけでそれだけの利益になるのだ。社長たちにとって願ってもみないことだろう。
「えらく空本ちゃん、気に入られちゃったね」
マネージャーが茶化すようにそう言った。
こうなってしまった以上、出向かわなければいけないのだろう。
私は、仕方なく了承した。




